第26話 祝福



「般若さん! 壁に隠されてた金庫にしこたま入ってましたぜ!」


「おおー! 金庫なんてまだ残ってたのか!」


「ヤスの奴が隠し金庫をみつけたんです。いやぁ、運が良かった! 昨日は非番だったんですけど泣きたくなるほどツイてなくて……神酒飲んでやっと包帯が取れたってのにコレですよ」


「そうか、そういう日もあるよな」


 俺は暗闇の中、首から黒い三角巾で骨折した腕をぶら下げている、遠藤という名の20代後半の男に同情をするフリをした。するとグールや魔獣の襲撃が途切れ、探索もひと段落したからか、トラックを守っていた奴らが遠藤に追従して不幸自慢を始めた。


 ったくうるせえな。不幸話はもう聞き飽きたんだよなぁ。やれ建物の瓦礫が頭に当たっただの、看板が落ちてきて足ぎ砕かれただの。骨折くらい乃里子の中級神酒飲めば二日で治るんだからギャーギャー言うなよなよな。


 チッ、彼女にフラれたとか、大喧嘩したって騒いでるのがいるな。泣いてんじゃねえよ、彼女ができるだけいいじゃねえか。こっちは告白されたのにその場でフラれたんだぞ! 


 そんなことを内心で考えていることなどおくびにも出さず、俺は生贄たちの泣き言に神妙な顔で大変だったんだなと頷くのだった。



 1月も中旬となり、佐竹ファミリーの構成員を俺の従兵にして二週間ほどが経った頃。俺は連日魔界でスカベンジャー《ゴミ漁り》をしていた。


 初日と2日目までは俺が率いる者たちだけだったが、佐竹たち重傷組が回復してからは2チームに分かれてスカベンジャーをしている。佐竹のチームが2日置きに丸1日。俺のチームが土日は半日で平日は夜のみといった感じだ。どっちも10人の従兵を引き連れており、残りの人員は休みでそれをローテーションで回している。


 俺のチームの従兵は加護の特性上固定ではなく、佐竹のチームにいる人員と入れ替えて使っている。正月休み中は毎日昼から夜遅くまで魔界に入っていたが、学校が始まってからは終わってから魔界に向かってる。


 ああ、排水管清掃のバイトの方は辞めた。スカベンジャーやってた方が稼げるし。業界が閑散期ということもあってすぐ辞めれたよ。もちろん母さんたちには内緒だ。


 バイトより稼げるといっても、魔界での宝探しは旧紙幣や貴金属や美術品を手に入れれる時もあればタダ働きの日もある。基本的に佐竹たちがまだ探してないエリアで探索しているが、当然過去にこの地域を探索していたスカベンジャーたちもいるのでまったく手付かずの住居や店舗は無い。過去に探索に来た奴らが見落としてたり、嵩張るから持っていかなかったような金目の物を狙う感じだ。


 そういった理由でもあってDエリアで安定して稼ぐのは正直厳しい。今日みたいに奇跡的に手付かずだった金庫を見つけることができれば大金が手に入るが、できなければグールのしている指輪やネックレスくらいしか手に入らない。


 そうそう、グールにも当たりがあってさ、金のネックレスやブレスレットに金歯や、真珠のでかいネックレスやダイヤやルビーの指輪をしてるグールがたまにいたりする。たいていが太ったおっさんかオバサンのグールだ。そういったグールを俺たちは親しみを込めてゴールデングールと呼んでる。


 昼なんかでも瘴気で光が遮られて視界が悪いうえに、夜なんて真っ暗だから近くに来るまでわからないんだけど、見つけた時はみんなが般若さんあそこ! 逃すな! って大騒ぎでさ、倒すと歓声が上がるんだ。そしてその歓声に惹きつけられて、新たなグールが集まってくるまでがワンセットだ。まあ、あいつらの運だから俺は一向に構わないけど。


 そんな運任せの探索をしているのがスカベンジャーの実態だ。確実に大金を稼ぎたいなら、未探索地域がたくさんあるCエリアにいくべきなんだが、DエリアとCエリアでは悪魔や魔獣の数も強さも桁が違うらしい。佐竹も佐竹とライガの二人の加護持ちと、従兵が50人はいたのに半数を失ったって言ってたしな。


 こんな収入が不安定な仕事だから、スラム街の住人から税を取ったりして最低限の収入を得ようとしていたんだと思う。


 俺としては孤児院に手出しさえしなきゃ、近くの街で盗みを働いて来た奴らや、立ちんぼの女性から税を取ろうが何しようが構わない。だからそっちの方はノータッチだ。佐竹も手下への給料や装備品の修復にトラックの燃料など経費がかかってるだろうし。


 そもそも俺の目的は権能の習熟と実戦訓練と神力の増量だ。金稼ぎがメインじゃない。佐竹ファミリーが探索で手に入れた物に対して、8割の上前を跳ねているしそれで十分だ。まあ8割といっても実際に家屋に入って宝探しする奴らのやる気を上げるために、歩合制を導入してるので実質5割といった所だ。本当は一銭もやりたくはないが、そうなるとお宝を真剣に探さなくなるので必要な経費だと思ってる。


 その成果は出ており、佐竹が仕切ってた時より実入りがいいとみんなやる気に満ちてる。そのぶん怪我も多いけど。怪我するのは翌日だけど。


 そういった尊い犠牲の結果、今のところ2週間で旧紙幣を両替した30万が俺の懐にはある。貴金属の換金が終わればプラス100万くらいにはにはなるだろう。もちろん稼いだ金は家の借金返済のために貯めている。


 肝心の権能の修練だが、グールや魔獣との戦闘と1対多数の戦いにかなり慣れてきたと思う。黒闇天いわく神力量も上がってるらしい。ほとんど俺一人で倒してるから増えやすいそうだ。RPGの経験値システムかよって思った。


 まあそんな感じで今日も今日とて魔界で修行兼宝探しをしている。


 さて、次のポイントに向かうとするかね。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「兄ちゃん!」


「お、将司たちじゃないか!」


 1月最後の土曜日の昼の時だった。


 バイトに行く言って家を出て佐竹たちのアジトであるホテルに着くと、そこには孤児院の将司と美香ちゃん。そして清二と高臣の四人が入口にいた。彼らは俺の姿見つけると、笑顔で手を振ってきたので俺も笑顔で振り返した。


 ん? なんで将司たちは武装してんだ? まさかスラム街の奴らに何かされたのか? その助太刀を俺に頼みに来た? 


 将司たちが、俺が万が一の時のために孤児院に持っていった魔槍と防具を装備していることに気付き、何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思い早足で彼らの元へ向かった。


「将司どうしたんだよその格好。なにかモメ事か? それなら俺から佐竹に言っておくけど?」


「違うよ兄ちゃん。今日は兄ちゃんに頼みがあって来たんだ」


「頼み?」


 武装してどんな頼みがあるんだと首を傾げていると、将司の代わりに清二が口を開いた。


「はい、兄さん。実は僕たちを魔界に連れてって欲しいんです」


「はあ? なんで? せっかく佐竹たちから解放されて行かなくて良くなったのに、なんでわざわざ自分から行こうとしてんだよ」


 資金に余裕ができたことで院長さんたちが学校に行けるように手配してくれてんだから、学校に行って勉強をしろよ。


「俺と清二と高臣はさ、将来従兵になって孤児院の皆に仕送りしたいんだ。そのために強い兄ちゃんの側で経験を積んでおきたいんだよ。兄ちゃんを手伝って恩返しもしたいしさ。俺たちはまだ弱いけど、ビルや家の中の探索は得意なんだ。絶対金になる物を見つけるから連れてってくれよ兄ちゃん」


「私も見つけるの得意なんです。お兄さんに恩返しをさせてください」


「お願いします。僕も従兵になりたいんです。足手まといにはならないようにしますから連れて行ってください」


「お、おねがいします」


「従兵にか……でもなぁ」


 将司が拝むように両手を合わせ、美香ちゃんと清二と高臣は深く頭を下げてお願いしてくる姿を見て俺は頭を悩ませた。


 正直将司たちが従兵になりたいという気持ちはわかる。将司たちには悪いが、スラム街の未認可の孤児院出身者を普通の会社じゃまず採用してくれないだろう。日雇いの重労働が関の山だ。


 かと言って今まで学校に行けなかった将司たちが今から猛勉強しても、専門の武術訓練を受けていない彼らが超高倍率の対魔学園の従兵科に合格するのはかなり難しいと思う。俺も落ちたし。


 しかし18になったら一般の従兵として軍の募集に応募することができる。こっちも倍率はかなり高いが、魔界でグールや魔獣を倒したことがあるという経験と自信は役に立つ。ほかの受験生と違うというのは試験官に伝わるはずだ。


 そうして合格して従兵になれば、民間の会社に勤めるより給料は良い。スラム街の孤児院出身でそれだけ稼げるなら成功者と言ってもいいだろう。生き残りさえすればだが。


 ライガの下にいた時は宝探し専門で肉壁扱いされていたみたいだし、将来の将司たちのためにも実戦経験を積ませてやりたいとは思う。けど俺と一緒に行くということは、運を奪われるということだ。翌日には不幸な事故で大怪我をするかもしれない。神酒で治るとはいってもこの子たちにはもう不幸な経験をして欲しくない。


 うん、やっぱ駄目だ。将司たちには悪いが断ろう。


 そう考え断るために口を開こうとした時だった。背後から黒闇天が俺の肩に顎を寄せ念話で語りかけて来た。


《ふむ、遥斗よ。連れてってやってはどうじゃ? 恩返しをしようとは良い心がけではないか。もうグールごときがいくら来ても対処できるじゃろ》


《そりゃできるけどさ。トラックに乗ってる時にグールや魔獣が来たら、将司たちの運も奪うことになるんだぞ? この子たちにはもう不幸な経験をしてほしくないんだよ》


《ならばあの童たちから運をもらわぬばよいのじゃな?》


《えっ!? 運を奪う相手を指定できるの!?》


 俺は黒闇天の口から出た言葉に勢いよく横を向いた。すると思ったより黒闇天の顔が近くにあり、彼女の唇に俺の唇が重なった。


 通り抜けたけど。


 俺のファーストキスは守られた。


 別に守る気なんてないけど。


 ていうか黒闇天からは俺に触れれるのに、なんで俺からは触れれねえんだよ。不公平じゃないか? 


《くふふ、接吻ができず残念じゃったの》


《わ、わざとじゃないし未遂だし! それより運を奪う対象を指定できるのか?》


《妾が吸い取るのじゃから当然じゃ。今まではやる必要がなかったからやらなかっただけじゃ》


《そ、そうだったのか。確かに今まで指定する必要はなかったけどさ》


 全員悪党だったしな。


 でもそうか、将司たちから運を奪わないなら連れて行ってもいいかな。グールや魔犬がいくら来ようと対処できるし、従兵たちもいるから万が一の時に守らせることもできる。


「わかった。ちゃんと言うことを聞くなら連れていってやるよ」


「ほんとか兄ちゃん! やったぜ!」


「ありがとうございます兄さん。必ずお宝を見つけて見せます」


 俺が連れて行くと伝えると、将司たちは飛び跳ねて喜んだ。


「じゃあ祝福を与えるからそこに列んでくれ」


 ライガから祝福を受けていたみたいだしな。みんな髪が長くて首筋が見えなかったからどんな神印だったか知らないけど、アイツは死んだからもう消えてるはずだ。


 魔界に入るのに祝福がなければ数十分ほどで瘴気によって命を失い、遺体をそのままにしておけば悪魔に憑依されゾンビやグールとなる。祝福を与えても、与えた加護持ちが魔界で死ねば3時間ほどで瘴気によって息絶えてしまう。


 祝福を与えられていない人間より、祝福を与えられた後にそれを失った人間の方が生存時間が長いのは、祝福を与えられた時に神力を得るからだ。加護持ちが死んでもその時に従兵の身体にあった神力は残るので、その残っている神力が瘴気をある程度防いでくれる。だから祝福を失っても3時間は瘴気の中で生存できるということらしい。その間に他の部隊の加護持ちに、新たに祝福を与えてもらえば助かるといった感じのようだ。


「兄ちゃんの祝福かぁ。どんなのか楽しみだな」


 将司がワクワクした顔で俺の前に立つ。


「まあライガと同じく身体強化は持ってるから安心しろ。それじゃあいくぞ?」


 俺はそう言って以前黒闇天に教わったように手に神力を込めたあと、将司の頭に手をかざした。


 神力を流したことで黒く光る俺の手を見て将司はギョッとし、後ろに列ぶ美香ちゃんたちの顔が引き攣るのが見えたが、それを無視して心の中で呟いた。


『黒闇天の祝福』


 その瞬間将司の身体が黒い光に包まれ、将司は首を押さえながら顔をしかめた。


 少しして光が収まると将司は首から手を離し、ゆっくりと深呼吸をした。


「ふぅ……なんか兄ちゃんの神力の色がすごい色でびっくりしたよ」


 そう口にした将司の首には黒い蓮の花の神印が刻まれていた。


 俺は将司に色なんて演出だ演出と言ってごまかしつつ、初めて与える祝福が上手くいったことに内心でホッとしていた。


 それから清二、美香ちゃん、高臣へと祝福を与えトラックに乗せ、従兵たちを集めたあと俺たちは魔界へと出発するのだった。

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