第27話 宝くじ

 

 ——八神家 居間 八神 海音みお——



「んじゃバイト行ってくる」


「いってらっしゃいお兄ちゃん」


「ええ、いってらっしゃい。遥斗、無理しないでね?」


「ははっ、無理なんてしてないよ」


 お兄ちゃんはそう言って笑いながら家を出ていった。


「遥斗は本当に無理してないかしら?」


 お兄ちゃんの去った方を見て、お母さんがボソリと口にした。


「バイト先が忙しいって休みなしで働いてるもんね」


 前はシフトの関係とかで、週に二回はバイトはお休みだった。でも年が明けてからはバイト先が忙しいとかでまったく休みがないみたい。


 今日みたいに休みの日が土日だった時は、よく駅前の商店街で一緒にデートしてたのに。


 寂しいなぁ。


「お正月の時に様子がおかしかったから心配だわ。ちゃんと休んで欲しいんだけど、いくら言っても稼ぎ時だからって聞いてくれないのよ。海音からも言ってくれる?」


「私だって言ってるよ。でも全然聞いてくれないんだよ」


 神様がいるから不幸になってるとかよくわからないことを口にした時は、私もお母さんも本当に心配した。その時以降は変なこと言ってないけど私、見たんだ。朝お兄ちゃんを起こしに行った時に、側頭部に大きなハゲがあったのを……髪型を変えて隠しているみたいだけど、きっと相当心労が溜まっているんだと思う。そりゃそうだよね。学校にバイトで休みなしなんだもん。ごめんねお兄ちゃん、無理させちゃって。


 でもお兄ちゃんが必死に働いてくれたおかげで、お母さんが前ほど無理しなくてもよくなった。お母さんに俺が稼ぐから、掛け持ちしているパートを辞めて欲しいって言ってくれたし。


 お母さんもお兄ちゃんの説得に負けて辞めてくれた。その結果、家にいる時間も増えたし体調も良くなったみたい。さらには前からやっていた福祉施設の介護のパートの時給も上がったみたい。どうも若くて綺麗なお母さんを長年イジメていたおばちゃんたちが、陰で施設の入所者さんを虐待していたのが発覚して全員クビになったらしいんだ。それでお母さんがリーダー的な立場になって時給が上がったみたい。


 仕事は少し大変になったみたいだけど、嫌なおばちゃんたちがいなくなったからか毎日生き生きとしてる。そうそう、先週パートの帰りにお大金の入った財布を拾ったらしくて、交番に届けたら持ち主からお礼に10万円もらったと言ってた。ツイてるよねお母さん。


 私も学校で今までお兄ちゃんが怖い人と思われていたことから、友達は少なかったんだけど、ふとしたキッカケで結花ゆかちゃんっていう気の合う新しい友達ができた。しかも結花ちゃんの家はお金持ちで、よく家に招待してくれて着なくなった洋服をくれたりおいしいお菓子やケーキをいっぱい食べさせてくれるんだ。


 さらに結花ちゃんには大学生のお兄さんがいて、うちのお兄ちゃんほどじゃないけどカッコ良いうえに、よく二人で買い物にでも行ってきなよってお小遣いまでくれる。ただこれには裏があって、私たちがいると家に呼んだ彼女さんといちゃいちゃできないからみたい。結花ちゃんにその話を聞いた時は、家でナニするんだろうね? って話で盛り上がっちゃった。私もいつかお兄ちゃんとナニしたい!


 そんなこんなで私もお母さんも去年まで良いことなんて一度もなかったのに、今年に入ってから急に良いことばかり起こるから揺り戻しが怖いねって話してる。何か後で悪いことが起きるんじゃないかって。お兄ちゃんの身になにかあったらどうしよう……


 そんなことを考えていると、お母さんはハァと深いため息を吐いた。


「仕方ないわね。私からもう一度遥斗に無理をしないように言っておくわ。それよりそろそろお買い物に行かないと、今夜食べる物が何も無くなってしまうわ。遥斗から渡されたお金も銀行に預けに行かないといけないし」


 そう、お兄ちゃんは今までよりずつと多いお金をバイトの給料が出たと言って昨日渡してくれた。有言実行するカッコイイお兄ちゃんにまた惚れ直しちゃった。


「あっ! 銀行って確かミズチ銀行だったよね? じゃあこの間の商店街の福引で当たった宝くじも一緒に銀行で見てもらおうよ! もう抽選は終わってるはずだし。それで当たったお金でお肉を買おう!」


 50枚もあれば最低でも千円、いや千五百円くらいは当たるはず。それなら安いお肉を買えばまた焼肉ができる。


「ふふっ、そうね。当たっているといいわね」


「50枚もあるんだから大丈夫だよ!」


 そう言って私は仏壇に置いておいた宝くじを持って、お母さんと一緒に買い物に出かけるのだった。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「失礼します。八神様でよろしいでしょうか?」


「あ、はい。そうですが?」


 銀行で窓口に宝くじを調べてもらっている最中。突然高そうなスーツを着た職員らしきおじさんにお母さんが話しかけられた。


「御預金のことでご相談させていただきたいことがございまして。相談室までご足労いただけませんでしょうか?」


「預金のこと……はい、わかりました」


「口座にお金を入れたから毎月の返済額を増やせってことなのかなぁ?」


 今日お兄ちゃんが稼いだお金を口座に入れたのを見てもっと返せってこと? だとしたらこのおじさんは鬼だ! お金の亡者め! 魔界に行っちゃえばいいんだよ!


「遥斗のおかげで少し余裕が出きただけだから、なんとかそうならないようにしてもらうわ」


「私は断固として抵抗するよ!」


 そんなことをコソコソと話しながら、おじさんの後ろをついていった。


「こちらです」


 そう言って職員のおじさんに案内された部屋は高級そうな革のソファーと、これまた高級そうなテーブルや調度品が置かれていて、どう見ても相談室と呼ばれるような部屋には見えなかった。


 貧乏人をこんな部屋に案内して、いったいどういうこと? なんて考えていると、ソファーにお座りくださいと言われたのでおずおずと腰掛けた。


 そしたら少しお待ちくださいと言われ、職員のおじさんが部屋を出ていった。その間に女の人がお茶を持ってきてくれて、お母さんと緊張しながら待った。 


 しばらくして職員のおじさんが戻ってきた。手にはB4サイズくらいの革でできた分厚いクリアケースみたいなのを持っている。


 私はあの中に借金の新しい返済計画書が入ってるのかなと思い、気合を入れ直した。


 すると職員のおじさんが、笑みを浮かべながら口を開いた。


「初めまして、私はこの支店で課長をしております紺野と申します。八神様、この度はお正月宝くじのご当選、誠におめでとうございます」


「「はい?」」


 いきなり頭を下げられて祝福されたことに、気合を入れていた私と暗い表情を浮かべていたお母さんは鳩が豆鉄砲を受けたような顔を浮かべた。


 宝くじが当選? え? ほんとに? まさか100万円とか当たっちゃった!?


「宝くじはどれも封を開けてらっしゃらなかったので、お正月宝くじの1等と前後賞合わせて2億円にご当選されたことはご存知なかったと思いまして、他のお客様に聞かれないよう待合所ではあのような言い方になってしまい申し訳ございません」


「い、1等……ですか?」


 驚いて声が出ない私の代わりに、お母さんが絞り出すような声で確認した。


「はい。1等と前後賞両方ともです。こちらが当選した宝くじ券となります。そしてこちらが当選証明書です。当選金のお支払いには1週間ほどお時間がかかりますので、あらかじめご了承ください」


 そう言って革のクリアケースから取り出された宝くじ券と、2031年お正月くじ当選番号表と印字された紙を私とお母さんは食い入るように見た。


「ほ、本当に……1等と前後賞が当たってます」


「本当だ……こ、これ私たちが持ってきた宝くじ券ですよね!? ドッキリとかじゃないですよね!?」


 ドッキリだったら暴れてやるんだから! 大成功だなんて絶対に言わせない!


「ははは、そうおっしゃる方も過去にいましたが、そのようなことは本行は致しません。こちらは間違いなく八神様がお持ちいただいた50枚の宝くじ券です。改めてご当選おめでとうございます」


「そ、そうですか……」


「や……や……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! お母さん! 私たち億万長者だよ! もう貧乏生活しなくていいんだよ!」


 私はあまりの嬉しさにソファーから飛び上がって喜んだ。


 2億円だよ2億円! 借金を全部返しても一生働かなくてもいいお金が残るんだよ! これだけあれば家の雨漏りも直せるし、お風呂だって新しくできる! お母さんも無理して働かなくていいし、お兄ちゃんもバイトしなくて済む! あっ! スマホだって持てるし、毎日お肉も食べれる! 毎日学校帰りにクレープを買い食いするのだって夢じゃないんだよ!


「こ、こら海音……こんなところでやめなさい」


「でもお母さん2億円だよ!」


 恥ずかしそうに注意するお母さんの手を取ってブンブンと振った。


 テーブルの向かい側で苦笑している課長さんなんて気にしない! あ、でもさっきはお金の亡者だって言ってごめんなさい。おじさんは福の神です!


「わ、わかったから。お願いだからおとなしくしていて」


「うふふふ♪」


 それから何度かお母さんに注意され、なんとか興奮を抑えることができた私は、支払いに関しての手続をするお母さんと課長福の神さんをニコニコしながら見ていた。


 あーお兄ちゃん早く帰って来ないかな。2億円が当たったなんて聞いたらビックリするだろうなぁ。


 これも全部お兄ちゃんがもらってきてくれたあの福引券のおかげだよ。それと初詣の時に、家族みんなが幸せになることをお願いしたからかも。神様は本当にいたんだよお兄ちゃん!


 こうしてこの日、私たち家族は人生で一番の幸運に出会ったのだった。

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