第11話 急襲!銀鯱会事務所



 ——愛知県名古屋市南部 銀城埠頭倉庫街 八神 遥斗——




「黒闇天……あそこに銀城埠頭って書いてある標識が見えるんだけど?」


「ふむ、この港はそういう名がついておるのか」


「それとコンテナの向こう側にある倉庫の前に黒服を着た厳つい男が二人と、その横に『銀鯱会ぎんしゃちかい』て看板が見えるんだが?」


 間違いない。黒闇天に連れてこられたここは名古屋市南部にある埠頭の今は使われなくなった倉庫群で、銀鯱会の事務所があることから地元の人間は誰も近づかないことで有名な埠頭だ。そしてその銀鯱会の事務所兼倉庫みたいな建物から、50メートルも離れていない場所にあるコンテナの後ろに俺はいた。


「それがどうかしたのかの?」


「どうかしたじゃねえよ! まさかあそこを襲撃しろってんじゃないだろうな!?」


「遥斗が人目の無い場所をと言ったのではないか。妾はその希望を叶えてやったまでじゃ」


「確かに人の目はないけどさ! 銀鯱会って言えば名古屋と一部大阪まで縄張りがあるビッグマフィアだぞ? 当然拳銃だって持ってるはずだ」


 テレビで放映され目立ってしまった上に軍が動いている以上、繁華街でこれ以上の運の回収は厳しいからどうしようと黒闇天に相談はした。でもだからっていきなりマフィアの事務所の一つに乗り込むとか、さすがに自殺行為だろう。


「拳銃とは火縄銃のようなものじゃろ? 大丈夫じゃ、遥斗なら多少当たっても死にはせん」


「火縄銃より強力だよ! ライフリングもしてあるし、火薬も黒色火薬よりずっと爆発力があんだよ! 1発でも身体に当たれば死ぬって!」


「そうなのか? まあ頭に当たらねば大丈夫じゃろ。身体強化の祝福を信じるのじゃ」


「頭に当たったら死ぬってことじゃじゃねえか!」


「うるさいのう。ならば権能を上手く使えば良いだけじゃろ。ほれ、来たぞ」


「あん? なに言って……」


 黒闇天が銀鯱会の事務所兼倉庫へと指を差し、そちらに視線を向けた時だった。



『いやっ! やめて!』


『お願い離して! 離してよおぉ!』


『くはははっ! 騒いでもここには誰も来ねえよ。サツですらな!』


『だ、誰か助けてー!』



 倉庫の前に黒のワンボックスカーが止まったと思ったら、車の中から両腕を縛られた20歳くらいの若い女性2人が6人ほどの男たちに車から引きずり出され、倉庫の中に連れていかれた。


 派手目な格好をしていることから、恐らく繁華街を歩いていたところを攫われたのかもしれない。治安の悪い繁華街ではよくあることではある。このあと彼女たちがどんな目にあうのかも想像するまでもないだろう。


 そんな最大の不幸に出会ってしまった彼女たちを、俺はコンテナに隠れながら遠目から見ていた。


「ほれ、どうするのじゃ? 目の前でおなごにとって最大の不幸に遭おうとしている者を見捨てるのか?」


「うぐっ……で、でも……くっ……わ、わかったよ! やりゃあいいんだろやりゃあ!」


 くそっ、怖え……でもこのままだとあの子たちは大勢の男たちの慰み者にされる。見ちまった以上見て見ぬふりもできそうもない。


 俺は深呼吸をしてから気持ちを落ち着かせた。そして倉庫の中に見張りの二人を残し全員が入っていくのを見届けたあと、隠れていたコンテナの影から飛び出し女性たちが連れ込まれていった倉庫へ向け駆け出した。


 すると入口に立っていた二人の黒服の男が俺の存在に気づき、懐に手を入れた。


 うげぇ! やっぱり銃を持っていたか!


「な、なんだテメエ! 変な仮面なんか付けやがって! ここをどこだと思ってんだ!」


「おい、なんかやべえぞアイツ! う、撃てっ!」


『闇刃』


 俺は懐から銃を取り出そうとした二人をギリギリ権能の有効範囲内に収め、すぐさま第一階位権能を発現させた。その瞬間、俺の手から3枚の半月上の黒い刃が飛び出し、二人の男の身体から飛び出した5枚の金色のコイン。昨夜からラッキーコインと呼ぶことにしたんだが、そのラッキーコインと闇刃がすれ違うように交差し、懐に手を入れている二人の肘の辺りを切りつけた。


「ぐあっ!」


「ぎゃっ!」


 二人は痛みに懐から手を離し、残った方の手で切りつけられた肘を押さえた。二人の足元には取り出さそうとした拳銃が転がっている。


黒荊くろいばら


 俺は間髪入れずに第二権能を発動し、二人の男の口から下。首を避けつつ全身をいばらでグルグル巻にした。それと同時に10枚のラッキーコインも黒闇天の手の中に吸収される。


「「————っ!!」」


 口や頬、そして首から下に荊の棘が突き刺さり、男たちは声にならない悲鳴をあげた。


 そんな男たちを尻目に俺は倉庫の中へと駆け抜けた。


 倉庫に入るとそこには夜の店の看板や木箱が乱雑に置かれており、中央付近には複数のマットレスが敷かれていた。そのマットレスの上では上半身裸の男が4人掛かりで先ほどの二人の女性を押さえつけ、無理やり服を脱がしている所だった。女性たちは抵抗して殴られたのか、顔を腫らし鼻から血が垂れている。


 そんな彼女たちを、入口に背を向けるように半円で囲むよう15人くらいの男たちが立っていた。中には三脚で固定したビデオカメラを回している男もいた。


 女性たちに夢中で外の男たちの声が聞こえなかったんだろう。俺が入ってきたことに気づいていないみたいだ。


 げっ! こんなにいるのかよ! 


 どうする!? 全部で20人近くはいる。ここは第三階位……いや、それじゃあ殺してしまうかもしれない。いくら悪人でも俺には殺す覚悟なんてない。


 仕方ない。上手くいくかどうかわからないけどやってみるか。


《黒闇天! いくら運を吸い取ってもいい! 広範囲で黒荊を!》


 俺は最近覚えた念話。と言っても黒闇天を思い浮かべて心の中で話すだけなんだけど、その念話を使って黒闇天に指示をした。


《ククク、期待通り今夜は大漁じゃな!》


《ずいぶんと嬉しそうだなこの厄病神め!》


『黒荊』


 黒闇天に悪態を返しつつ、マットレスが範囲から外れる位置で両手を前に突き出し権能を発動した。するとギャラリーの男たちの足もとから黒い荊が出現し両腕と両足へと巻き付いた。そしてそれと同時に男たちの身体から、数十枚ものラッキーコインがものすごい速度で飛び出し黒闇天の手の中へと吸収された。


「うおっ!? な、なんだぁこりゃあ! イデッ、イデデデデデ!」


「カ、カチコミだ! 加護持ちがい……ああああぁぁ!」


「テメエ! ここを銀鯱会の事務所だと知って……うおっ、痛え! このっ! 死ねっ!」


「ちっ、やっぱぶっつけ本番は無理か」


 初めて20本近くの荊を出現させたせいか、足だけで腕を巻き取れていないものをいくつも出してしまった。そのせいで痛みに耐えつつも懐から拳銃を取り出し、こちらに向けている者が5人ほどいた。


 マズイな。闇刃は間に合わなさそうだ。もう一つ対抗できる権能もあるが、失敗したら俺の額に穴が空く。


 とりあえずこれに賭けるしかなさそうだ。


「くっ、頼むぞ! 『黒荊』!」


 俺は既に銃口を向けている構成員に闇刃を放っても間に合わないし、全員に狙って当てる自信がなかったので黒荊を俺の目の前に発動した。


 黒闇天も空気を読んでくれたのだろう。構成員から飛び出したラッキーコインの速度は光の速さで彼女の手に吸い込まれていった。そして目の前に太い荊が幾本も現れ、それは縄のように絡まり構成員たちから俺の身体を隠した。その瞬間。


 パンパンパンパンパン!


 キンッ! キキンッ!


 5つの銃声が聞こえたかと思ったら、その全てが黒荊によって弾かれた。


「怖え! 良かった防げた……こ、この野郎! 撃ちやがったなぁぁぁ! 『闇刃』!」


 俺は撃たれたことに頭に血が昇り3枚ではなく10枚の闇刃をイメージし、現れた10枚の半月状の黒い刃を拳銃を持っている5人の男たちの腕へと放った。それと同時に構成員の身体から、10枚のラッキーコインが飛び出し黒闇天へと向かってくる。


「ぐあっ!」


「ぎゃあああ!」


「ぐっうぅぅ! う、腕が! 俺の腕がぁぁぁ!」


 撃たれたことで頭に血が昇ったからか、闇刃を上手くコントロールできず男たちの腕を切断してしまった。


「うっ……ま、まだだ!」


 俺はその光景を見て一気に頭が冷え、それと同時に吐きそうになったがなんとか堪えた。そしてマットレスの上にいて、黒荊の範囲から逃れた男たちの姿を探した。


 いたっ! 


 上半身裸だった男たちは、マットレスの横に脱ぎ捨てていた服から慌てた様子で拳銃を取り出そうとしていた。


『黒荊』


 俺はすかさず黒荊を発現させ、男たちの両腕を地面へと縫い付けた。


「ハァハァハァ……これで全部……だよな?」


 俺はあちこちから聞こえる構成員の悲鳴と、怒声とも呼べるほどの怒りの声を無視し周囲を見渡した。


 なんとか全員を無力化できたみたいだ。


 そう安堵した時だった。


「ぬっ!? 遥斗横じゃ!」


「え? ぐはっ!」


 黒闇天の声が聞こえたと思ったら、右肩に何かの塊が当たり俺は吹き飛ばされ夜の店の看板が集積されている場所へと突っ込んだ。


「痛え……」


 右腕は痛いし少し痺れてはいるが一応動く。銃声が聞こえなかったことから、銃で撃たれたわけではなさそうだ。


 ん? 肩が濡れてる? なんだこりゃ?


「遥斗大丈夫かの?」


 看板に埋もれながら右腕の状態を確認していると、黒闇天が宙に浮きながら心配そうに俺を見下ろしていた。その際にはだけた着物から白い太ももが見えて一瞬凝視しそうになったが、今はそれどころじゃないと気合いで目を背けた。


「あ、ああ。いったいなにが?」


「あそこじゃ。あの気持ち悪い髪の色の男じゃ」


 俺は黒闇天の指差す方向。倉庫の二階に続く階段の上を見上げた。するとそこには濃い青。群青色のスーツを着て、パーマのかかった長めの髪の一部を紫に染めた30代くらいの男が気持ち悪い笑みを浮かべながら階段を降りてきていた。


「あいつが? でもあんな所からどうやって?」


 手にはなにも持っていない。鉄球でも投げつけたのか?


「あやつは神道の神の加護持ちじゃ。水の権能で遥斗を攻撃したんじゃ」


「権能だって!?」


 マジか! 銀鯱会には加護持ちまでいるのかよ!


 勝てるのか? 相手は恐らく脱走兵だ。同じ加護持ちとはいえ魔界で悪魔と戦っていたような奴に、昨日今日加護を得た俺が太刀打ちできるのか?


 俺は初めての加護持ちとの戦いを前に、不安な気持ちを抑えられないでいた。


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