第3話 守護神は貧乏神



「俺に加護をくれ! 運でもなんでも奉納してやる!」


 俺は目の前でニタニタと笑っている黒闇天の提案を受け入れた。


「おおそうか。これで妾も他の神にうるさく言われることも無くなるの。最近特に姉がうるさくての」


「姉? ああ、吉祥天だっけ?」


 黒闇天は豊穣と幸運の神である吉祥天の妹だったはずだ。2柱で1柱の神とも言われるほどこの姉妹は仲が良いと聞く。方や豊穣と幸運の神で、方や貧乏や厄病を呼び込む神。同じ姉妹でなぜこんな真逆な性質を……俺も吉祥天の方が良かった。


「なんじゃその残念そうな顔は。まあそのうち妾に感謝するだろうから今はいいかの」


「感謝ねえ……それで吉祥天がうるさいというのは魔界の件か?」


「まあそんなところじゃ」


 ん? なんか濁してる? なにか他に理由があるのか?


 そう思って聞こうとした時だった。


「では加護を与えるとしようかの。ほれ!」


 黒闇天がそう口にした途端に彼女の身体が黒く光出した。いや、彼女だけじゃない。俺の身体も黒く光っている。


「うおっ! なんだこ……うぐっ」


 突然光出した自分の身体に慌てるも、その直後に黒闇天の身体から何か黒い物が身体に入ってきて精神を書き換えられるような、何か呪いを受けたような感覚を感じたと思ったら左胸がまるで焼印を押されたかのように熱くなった。俺はあまりの痛みにその場に膝をついた。


 俺はなんともいえない気持ち悪さと胸の痛みに悲鳴をあげる余裕すらなく、ただじっと耐えることしかできなかった。


 それからどれくらい時間が経っただろうか? 次第に気持ち悪さと胸の痛みがひいていき、俺はなんとか顔を上げる事ができた。


 するとそこには黒闇天の姿はもう無かった。


「ハァハァハァ……こ、これで加護を得たのか? 胸が痛くなるとは聞いてはいたが、こんなに苦しいとは思わなかった」


 夢で神に出会い加護を得た者は、左胸に神印という紋章のような物が刻印される。これは加護を与えてくれた神を象徴する武器や防具。もしくは動物や植物などの形をしている。


 先ほどまで黒闇天が立っていた月明かりが差し込んでいる場所に進み、そっと着ていた寝巻きのボタンを外して自分の左胸を確認する。


 そこには直径5センチほどの黒い花のような物が刻まれていた。


「これが神印……あ、加護を得たんだったら写し身は? どこだ?」


 写し身とは、加護を得た者が得られる神の分身のことだ。これは神の姿をフィギュアサイズにしたもので、加護持ちの側でずっと見守ってくれる。ただ、本当に見守るだけだ。会話ができるわけではないし、本人以外には見えない。じゃあなんの為に存在するかというと、この写し身は権能を発動する際の媒体となるからだ。ゲームで言うところの魔法の杖みたいな感じだな。


 俺はその写し身を探すべく左右を見渡した。しかしフィギュアサイズの黒闇天は見当たらなかった。どういうことだ? と思っていると、背後から声が掛かった。


「何を探しておるのじゃ?」


「うおっ! こ、黒闇天!? え? なんで? 小さくなってない? それにしゃべって……」


 いきなり後ろから話し掛けられた俺は勢いよく振り向き、そして驚愕した。


 そこには等身大のままの黒闇天が立っており、そしてしゃべったからだ。


「なんじゃ、何をそんなに驚いている?」


「え? だって加護を与えられたら写し身になるんじゃ……まさかまだ加護をもらえてないとか?」


いや、それならこの胸の神印は?


「む? 既に妾自らが加護を与え守護してやっておるぞ?」


「はぁ!? 守護!? え? ということはまさか黒闇天は俺の守護神になったのか!?」


 守護神とは神そのものが1人の人間を守護することだ。ごく稀にだが神が気に入り、親和性が高い者を守護神として守護すると聞いたことがある。写し身とは違い守護神とは話ができると学校の神仏学の授業で教わった。


 守護神を得た者を『守護持ち』といい、加護を得て写し身を遣わされた者を『加護持ち』という。神界から複数の人間に写し身を遣わして間接的に人間に関わる神よりも、当然守護持ちの方が加護持ちよりも強力な権能を使える。神そのものが側にいるわけだしな。


 まさか俺が加護持ちどころか、軍にもわずかしかいない守護持ちになったというのか?


「当たり前じゃ。お主から大量の運を余すことなく手に入れるには、直接が一番じゃからのう。写し身を派遣するなど無駄なことはせんよ」


「そ、そういうものなのか」


 つまり写し身を使って運を回収するより、本体からの方が効率がいいってことか? だから守護神となったということか。さすが貧乏神。運を奪うことに関しては貪欲だ。


 くっ、これが普通の神の守護だったら……よりにもよって貧乏神が守護神かよ。


「とりあえずこれで家族の運は吸い取られないんだよな?」


「うむそうじゃ。お主……いや妾が守護をする者じゃ、遥斗はるとと呼ぼうかの。遥斗が妾の代わりに運を集めることになる」


「それなんだけどなんで俺が代わりに集めるんだ? 黒闇天が勝手に集めるんじゃ駄目なのか?」


「妾は家にしか住み着けぬし、家にいる者からしか運を吸い取れぬ。ただ、守護神となった場合のみ、守護を与えた者を通して運を吸い取れるんじゃよ」


「ああ、だから運を奉納させると言ってたのか」


 神の特性から家にいる者からしか運を吸い取れないが、人の守護神となればその人間が運を他人から吸い取り、それを奉納するという形で運を手に入れる事ができるってことか。


「そういうことじゃ。くふふ、何百年ぶりかのう。大量の運を得られる機会に恵まれるとは、楽しみじゃのう」


「何が機会に恵まれただ。そうなるように脅迫に近い誘導をしたくせによく言うよ」


 わかってた。黒闇天はこんな3人しかいない、しかも出涸らしの運しか残ってない八神家からよりも、外に出て大量の運を手に入れたいんだと言うことは途中で気づいていた。


 でも俺にはこの悪魔黒闇天と契約するしか道はなかった。


 いいさ、所詮人間が神に敵うわけがない。なら最大限利用させてもらう。俺と家族の幸せのためにな。


「ククク、まあそうじゃの。悪く思うでない。妾の姿を見える者などそういないからの」


「なんでいきなり見えるようになったのかはわからないけどな。まあ結果的に家族にこれ以上不幸が訪れないならならそれでいい。それで? どうやって他人の運を奪えばいいんだ?」


「簡単じゃ。効果範囲内の対象を指定するだけじゃ。奪った運の量によって妾の権能を発動できるようにしてやろう。これなら日の本を救えるし一石二鳥じゃろ?」


「なるほど、運を奪ってその量に比例した権能を使わせてくれるってことか。確かにそれなら俺の良心も……ってあれ? 奪った運を対価に権能が発動できるって、神力を消費するのでは無く?」


「そうじゃが?」


「それって対価型の権能ってことじゃねえか!」


 通常権能を発動する際には、神力という神から与えられた力を使う。ゲームでいうところのMPみたいなもんだ。この神力は神への信仰心を上げたり奉納をしたり、神の名を広め知名度を上げたり神の敵を打ち倒すことで増える。中でも神の敵を打ち倒すことが一番神力が増えるらしい。まあ50年前に魔界からやってきた悪魔から人間を救うために神が加護を与えたわけだから当然だな。


 そうやって神力が増えれば、より強力な権能が使えるようになる。


 しかし極稀に、神力以外の物を対価として使うことにより権能を発現できる神の加護もある。それが『対価型』と呼ばれている。対価型の権能を発現できる者は、いずれも強力な守護神を得ていると言われている。


 肝心の対価だが、現在確認できているのは体力と生命力(寿命)だ。命を削って発現できるだけあってその権能の威力は凄まじいらしい。神力が足らなくても高威力の権能を連発できるんだ、そりゃそうだろう。


 ただ、神力を使わずに強力な権能を発現できることから、過去に対価型の権能を使える者は全て無理をして戦場で命を失った。現在では国の最終兵器扱いとされ、滅多に戦場に出てくることはないので一人以外は対価型の権能を使える人間は公表されていない。


 その一人が京都にいらっしゃる天皇陛下だ。陛下は天照大神の守護持ちで、生命力を対価に権能を発現できる。陛下には過去何度も日本は救われた。そしてその度に寿命を縮められた。国民の誰もが尊敬してやまないお方だ。


 黒闇天の加護というものは、そのとんでもなく強力な対価型らしい。つくづく守護神が他の神だったら(以下略)。


「まあ運を対価に妾の権能を使えるからそうなるであろうな。家に住み着くのとは違い運を吸い取るのも色々制約があっての。妾が直接というのはできぬのじゃ」


「人間の運を対価に権能を使わせてくれるって、ブレないというか本当に厄病神なんだな」


「それが妾の存在理由じゃからの。そうでなければとっくに神では無くなっておる」


「神ねえ……なんで貧乏神が神なのか疑問が尽きないが、まあわかった。じゃあ肝心の黒闇天の能力を教えてくれ」


 俺は肝心の黒闇天の能力を確認するのだった。

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