【休載中】最凶災厄の救世主〜貧乏神の加護を受けた俺は(他人の)運を対価に無双する〜

黒江 ロフスキー

第1章 最凶の加護

第1話 貧乏神との出会い


 西暦2030年


 世界は魔界の悪魔による侵略を受けていた。


 今から50年前の西暦1980年。世界各地の首都や大都市を中心に魔界と繋がる『魔界の門』が現れ、そこから『瘴気』と呼ばれる紫色の霧が噴き出した。この霧は生物にとっては毒であり、吸い込めば意識を失い数十分ほどで死に至った。


 そうして瘴気を吸い込んだ人間や動物に対し、精神世界である魔界よりやってきた悪魔が取り憑きその姿を異形へと変異させた。


 この瘴気に包まれ悪魔や魔獣が闊歩かっぽする土地を、人々は『魔界』と呼んだ。


 魔界の門から噴き出される瘴気は徐々に世界中に広まり、地上の全てを魔界化しようとしていた。


 人類は瘴気を噴き出す魔界の門を閉じるべくあらゆる手を尽くしたが、魔界の門とそれを守る悪魔には核ミサイルを含め一切の現代兵器が通用しなかった。そうしている間にも瘴気に包まれる範囲は広がっていき、いくつもの国が滅び人類は徐々に住む場所を奪われた。


 世界が魔界化し滅びるのも時間の問題かと思われた。


 しかしそんな絶滅の危機に瀕している人類に対し、天界の神々が手を差し伸べた。それは加護という形で現れ、それらを得た者は神の権能の一部を使うことができた。


 ある者は天から幾千ものイカズチを降り注がせ、ある者は煉獄の炎で魔獣を焼き、またある者は瘴気を浄化し魔界化した土地を取り戻した。


 その神の力により、人類は魔界の侵攻を押し留めることに成功した。


 だがそれはあくまでも押し留めることに成功しただけであり、50年経った現在も人類は未だ悪魔と一進一退の熾烈しれつな戦いを繰り広げていた。


 これは最凶災厄と呼ばれた青年と、その生贄となった戦友たちによる戦いの物語である。





 ——愛知県西部 六光クリーン株式会社内 八神やがみ 遥斗はると——



『お疲れさまっした〜』

『お疲れ〜』

『八神お疲れ』

「あっ、先輩お疲れ様ですっ!」


 排水管清掃のバイトが終わり皆に挨拶をしたあと、バイト先の会社を出て自転車にまたがり家へと向かう。


 今日はキツかっなぁ。というか臭かった。作業着から着替えたけどこりゃ絶対身体も臭ってるはず。早く帰って風呂に入らなきゃ。


 しかしもうすぐ冬休みか。もう一個短期のバイトやりたいけど落ちまくったんだよな。やっぱ飲食店はまかない付きだから倍率高い。とにかくもうなんでもいいから早く決めないと。年末年始は稼ぎ時だし。


 別に何か欲しい物があるわけじゃない。いや、欲しい物はたくさんあるが、家にそんな物を買う余裕はない。そう、うちは貧乏なんだ。


 昭和の初めまではこの辺りでは名家だったらしい八神家も、今では没落し日々の生活に困窮している有り様だ。 


 かつては広大な土地や山々を持っていたらしいが、今じゃほとんど残っていない。唯一残っているのは、無駄に広いうえに雨漏りだらけの築80年を超える本宅だけだ。


 20分ほど自転車を漕いで農家を通り過ぎると、割と新しい戸建てが立ち並ぶ土地の中心地にポツンと瓦屋根の屋敷が見える。その門を開け自転車を置き、真っ暗な庭を玄関の小さな灯りを頼りに歩く。そして玄関の鍵を開け家の中に入る。


 靴を脱ぎ真っ暗な廊下を居間から漏れ出る明かりを頼りに向かうと、そこでは妹と母さんがコタツに入ってくつろいでいた。


 八神家は、母さんと二つ下で中学2年になる妹の海音みおと俺の三人家族だ。と言ってもこの中で俺だけが血が繋がっていない。妹は俺が小学3年の頃に親父が連れてきた母さんの連れ子だ。つまりここにいる二人は義理の母と義理の妹ということになる。最初こそ色々あって受け入れられなかったが、今では本当の家族だと思ってる。


 ちなみに俺の本当の母親は俺を幼稚園に預けたまま男を作って出て行ったらしい。祖父と祖母も俺が小学4年になるまでに他界しているし、親父もここにはいない。


 親父は仕事を転々としたあげくに最後に残ったこの家を抵当権に入れて銀行から金を借り、それでも足らなくて親戚からも金を借りて始めた事業に失敗して借金を残したまま3年前に蒸発した。そのせいで残された母さんが一人で俺と妹を育てながら借金を返していく羽目になった。


 返せなきゃ家を失う。親父のせいで親戚中を敵に回しているから親戚は頼れない。家を失えば住めるところなんて、魔界化した土地の外周部である警戒区域だけだ。当然いつ魔界化するかわからないそんな土地に住む者は、浮浪者やワケありの人間だけだ。そんなスラム街と化していて、いつ瘴気が流れてきてみんなゾンビになる分からない土地に住むなんて冗談じゃない。国? この大不況で自爆した国民を助ける余裕なんかあるわけない。大昔は生活保護とかあったらしいが、それは世界に魔界の門が現れる前の失われた平和の時代の話だ。


 こうなったのも全部クソ親父のせいだ。本当の母親が突然いなくなった時は恨んだが、今ならその気持ちがわかる。あんなクソ親父は寝取られて当たり前だ。



「あ、お兄ちゃんお帰り」


「お帰り遥斗」


 居間に入ると少し茶色がかった髪をした明るく活発な印象を受ける妹の海音みおと、おっとりとした癒し系の雰囲気を全身から発している母さんが迎えてくれた。


「ただいま。母さん身体は大丈夫なのか?」


 俺はマフラーとジャンパーを脱ぎながら、体調を崩してパートを休んでいるはずの母さんにそう声を掛けた。


「ただの風邪だったからもう大丈夫よ。明日から仕事に復帰できるわ」


「無理しないでくれよ? もうすぐ冬休みだし、俺もバイト掛け持ちして稼ぐから」


遥斗はるとばかりに無理をさせられないわよ」


「クソ親父の息子である俺が働くのは当たり前だ。そんな俺をここまで育ててくれて、高校まで行かせてくれた母さんには感謝してる。だからもっと身体を大事にしてくれよ」


「遥斗。お母さんは遥斗の母親なの。だからお父さんの借金はお母さんの借金でもあるの。私が働くのも遥斗を育てるのも当然のことなのよ。だからそんな悲しいことを言わないで。家族でしょ?」


「母さん……」


 いつもそうだ。バイトを始める時も勉強がおろそかになるからと反対した。こんな血の繋がらない俺なんかのために、必死に何個もパートを掛け持ちして高校にも行かせてくれた。


 正直高校なんか行かずに働きたかったが、この大不況の世の中で最低でも高校を出ていないと一生アルバイトか日雇いの仕事にしかつけないと母さんに説得され行くことになった。高校が制服じゃなくて私服で登校できるのがせめてもの救いだった。制服は買うと高いからな。


 でも母さんは無理が祟ったのか、俺が高校に入学すると病気がちになった。なんとか俺が高校に通いながらバイトをすることで、ギリギリ銀行へ利息を払い質素ながらも食べていけているというのが現状だ。


 親父の借金さえ無ければ、母さんがパートの掛け持ちをせずとも人並みの生活は送ることができたんだが、あのクズは逃げやがった。どうにかして見つけてぶん殴って地獄を見せてやりたいが、探す手立ても時間も無い今は泣き寝入りするしかない。


 本当に母さんには頭が上がらない。あんな顔だけは良いクズと再婚したばかりに苦労をかけてしまい、血の繋がってる息子としては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「お兄ちゃんまた泣きそうな顔をしてる。ふふっ、中学のみんなは未だにお兄ちゃんのことを怖がってるのにね。お兄ちゃんにボコボコにされた卒業した先輩や、私の同級生の子たちが見たらみんな驚くだろうなぁ」


「何言ってんだ。俺はもともと心優しい人間なんだよ」


 貧乏ってのはそれだけでイジメの対象になる。黙っていれば俺も妹もとことんイジメられる。特に妹は母さんに似て美少女と言っていい容姿だ。卒業生のサイズの合わないお下がりの制服を着て中学に入学すれば、それをネタに同級生や上級生の女子から妬まれ虐められるのが目に見えていた。


 だから俺は自分へのイジメが間接的ではなく直接的になった中2の時に、いじめようとする奴らに対してとことん反撃した。爺ちゃんが元気だった時に、他人を虐めようとする奴は弱い。だから徒党を組んでイジメをしようとすると言っていたからな。


 イジメの対象である俺が人数に怯えず反撃すると、相手はビビるか面倒と感じてイジメをしなくなった。爺ちゃんの言うとおりだった。ただちょっとやり過ぎたせいか、卒業した今でも母校の中学で未だに噂になっているらしい。妹が入学してきた時も、俺がいなくなった時の保険として1年を男女問わず脅したしな。まあそのおかげで妹は虐められていないようだ。だったら俺がなんと言われようが構わない。


「んふっ♪ お兄ちゃんがすっごく優しいのは知ってるよ? ずっと私を守ってくれてたし」


「お、おう……」


 俺は海音の熱っぽい視線に少しドキっとしながら答えた。


 あれ? 俺の妹ってこんなに色っぽかったけ? いつの間にこんな女っぽい顔をするようになったんだ? そういえば胸も膨らんできたような……


 そんな俺の視線を感じたのか、妹がまるで見せつけるようにトレーナーの上から両手で胸を押し上げた。


「ふっふっふっ♪ 今ね、Bカップなの。これからお母さんみたいにどんどん大きくなるから期待していてねお兄ちゃん♪」


「な、なんで俺が期待するんだよ。風呂入ってくる」


 俺は海音から逃げるように風呂場へと向かった。後ろから妹の『うーん、あともう少しかな』という言葉と、母さんの笑い声が聞こえてきた気がしたが気のせいだ。


 風呂はぬるかったけど、追い焚きをするとガス代が掛かるから我慢した。


 そして震えながら風呂を出ると、温め直した俺の分の夕食を妹がコタツのテーブルに並べていた。母さんはいない。仕事の復帰に備えてもう寝たみたいだ。


「今日はね。須山のお爺ちゃんから大根をもらったから味噌の煮物にしたの。どう? 美味しい?」


 コタツに入ってご飯を口にすると、向かいで妹がニコニコしながらそう言った。


「うん、おいしい」


「よかった。あ、そうそう、味噌で思い出した。またお味噌が減ってたよ」


「またか……」


 これで今月何度目だよ。


 我が家は味噌だけが減ってることがたまにある。最初は気のせいだと思えるくらいの頻度だったが、3年前。親父が蒸発したくらいの時期からは、気のせいとは思えないほど頻繁に起こっていた。


 しっかり蓋をしてあるからネズミではないだろうし、かと言ってこんなボロ家に入る泥棒もいないと思う。いたとしても味噌だけ減っているのもおかしい。味噌の保管場所を変えたりもしてみたが、それでも減るんだ。


 味噌だけは味噌を醸造している家に嫁いだ親父の妹である叔母さんから、駄目な兄。親父のお詫びとして旦那さんである叔父さんに内緒で年に数回大量に送られてくる。とはいえこの味噌は近隣の農家から米や野菜をもらうため使っているから、家としては金みたいなもんだ。なんとかして味噌が減る原因を見つけたいんだけどサッパリなんだよな。


「不思議だよねぇ」


「そうだよなぁ」


 そんな事を二人で話しながら夕食を食べ終わり俺は自分の部屋に行き布団に入り、明日は学校のパソコンでバイト募集サイトを見て探さなきゃななどと考えているうちに徐々に眠気が襲ってきて意識を手放した。


 それから数時間後の深夜。寝る前にトイレに行くのを忘れたせいか、膨らむ膀胱に耐えきれず目が覚めてしまい一階のトイレで用を足した。


 その時、台所の方から何やら人の声が聞こえてきた。成長期の妹が冷蔵庫でも漁ってるのかと思い台所を覗いてみると、そこには長い黒髪を無造作に後ろで一纏めにし、黒い着物みたいなのを着ている女性が……台所の床下に保管してあった味噌を指ですくって舐めていた。


「だ、誰だ!? お、お化け!?」


 俺は美味いのうといいながら、一心不乱に味噌を舐めているその女性に震えながら声を掛けた。


「ん? なんじゃ? まさかわらわのことが見えるのか?」


 するとその女性は少し驚いた様子で立ち上がり、俺の方へ視線を向けそう言った。


 美人だ。凍るような冷たい目をしているがその顔は見事な逆三角形で、目鼻立ちも恐ろしく整っている。しかも着崩された着物からは、真っ白な太ももが見え隠れしている。


 思春期の高校生としては、太ももに視線を奪われてもおかしくないんだろうがそれどころじゃない。ヤバイ! この女はなんかヤバイ! 確かに美人だ。けど全身からこれでもかってほどの負のオーラを感じる。ここにいたらヤバイ。逃げなきゃ!


 くっ、足が震えて動かない!


「なんじゃ、震えておるのか? 別に取って食ったりなどせぬ。それより妾のことが本当に見えるのか? 妾の声が聞こえるのか?」


「み、見えるし聞こえる。やっぱり幽霊……いや悪霊なのか?」

 

「失礼な男じゃ。妾らは悪霊などではない。こう見えても神じゃ」


「は? 神?」


 今この女性はなんて言った? 神? これだけ負のオーラを撒き散らしておいて神? まさか魔神とかのたぐいか?


「そうじゃ。妾は黒闇天じゃ」


「黒闇天?」


 なんか学校の神仏学科の授業で聞いたことあるような……どんな神だったっけ?


「なんじゃ知らぬのか? では貧乏神とか厄病神と言えばわかるか?」


「び、貧乏神ぃぃぃ!?」


 俺は彼女の口から発せられた言葉に驚愕するほかなかった。


 この日、16歳になって初めて家に貧乏神が住み着いていたことを知ったのだった。

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