第7話 般若面の男
「うおっ! ぐべっ!」
暗闇の中、黒闇天に引っ張られ飛ぶことしばし。突然真上に腕を引っ張り上げられ、明るい所に出たと思ったら地面へと身体を叩きつけられた。
「なにすんだよ黒闇天! って、え? 外? こ、ここは?」
俺は身を起こしながら隣に立っている黒闇天に問いかけた。あれ? 結構な勢いで地面に叩きつけられたのに全く身体が痛くない。ああ、身体強化の恩恵か。
「夜でも人が多くおり、陰の気も多く集まっておる所よ」
「陰の気って……ん? もしかしてここって名古屋駅の繁華街か?」
周囲を見渡すと雑居ビルに挟まれた路地裏のようだが、視線の先に見える大通りは見覚えがある。
「ほう、今は名古屋というのかここは」
「ああ、でも部屋にいたのにこんなに遠くまで? あの黒い穴って俺も教わった権能と同じだよな?」
俺も同じ黒い穴を出す事はできる。けど、こんなに遠くまで移動できるとは聞いてない。
「少し違うかの。これは妾の“おりじなむ”というやつじゃ」
「オリジナルな。まあ黒闇天だけが使えるってことか、いいなぁ」
俺も使えたら色々便利なんだけどな。
「訓練をすれば遥斗も使えんでもないぞ? ただ発現には大量の奉納が必要になるがの」
「それはちょっと厳しいな。というか結局近くに運を奪える人間がいなきゃ使えないしな。それで? なんでこんな所に連れて来たんだよ。めちゃくちゃ寒いんだけど」
部屋からいきなり連れてこられたからジャージ姿で靴も履いていない。12月の寒空でこの格好は堪える。
「すぐに身体が温まるから心配するでない。ほれ、ついてまいれ」
「お、おいっ、どこに行くってんだよ」
俺の腕を取り、スタスタと歩いていく黒闇天に引きずられるように路地裏の奥へと連れられていく。
そして2分ほど歩くと男の怒鳴り声が聞こえてきた。
《払えねえってどういうことだ! なめてんじゃねえぞコラッ》
《がはっ! ぐっ……ビールとつまみだけで30万なんて払えない。け、警察を》
《サツがなんだってんだ、いいから払えコラッ!》
目の前の曲がり角の先から聞こえてくる声にそっと顔を出して確認してみると、そこでは恐らくぼったくりバーか何かに入ってしまったんだろう。三人のガラの悪そうな男に殴られているスーツ姿の若い男性の姿があった。
「こ、黒闇天?」
俺は顔を引っ込め、後ろの壁に寄り掛かって薄っすらと笑みを浮かべている黒闇天に、いったいどういうつもりなのかという意味を込めて声を掛けた。
「ほれ、どうみてもあの三人は悪人じゃ、思う存分やるがよい」
「やるが良いって俺があの三人を!?」
「何を驚いておる。先ほど悪人なら運を奪うのに抵抗はないと言っておったではないか。ほれ、この面を被れば正体を隠せよう」
黒闇天はそう言ってどこからか黒い般若の面を取り出し俺に渡した。
「!? これは爺ちゃんの部屋にあったお面じゃないか。これを被ってやれと?」
確かにあのチンピラたちなら運を奪っても罪悪感は湧かないけどさ。行動が早すぎだろ。せめて心の準備をさせて欲しかった。
「何をしておる。権能を使う良い機会であろう? ほれ、また殴られておるぞ? 早くしないと大怪我するやもな」
「わ、わかった。やるよ」
確かにこのままじゃあのサラリーマンは大怪我するかもしれない。それに相手はどう見ても悪人だ。それなら問題ない。やらなきゃ、そうだよこれは人助けなんだ。
えーっと、確か運を奪えるのは俺を中心に半径20メートルだから、もっと近づかないといけないのか。
俺は般若の面を被り、角からゆっくりと通りに出て三人のチンピラのいる場所へと歩きだした。
「ん? なんだあの変な面を着けてるやつは?」
「あん? ジャージに般若の面だあ?」
「なんだ? こっちに向かってきてるぞ? オイ、なんかアイツものすげえ不気味じゃねえか?」
俺の姿に気づいたチンピラたちは、不気味な物を見るような目でこちらを見ている。
まあ靴も履いてなくてジャージに般若の面を被ってる上に、負のオーラをまとってりゃな。そりゃ不気味だろうよ。
俺はそんなチンピラたちの視線を無視し、彼らから15メートルほどの距離で立ち止まり右手を前に出した。
「黒闇天」
そして黒闇天の名を小さく呼ぶ。するとスッと音もなく隣に現れた彼女は、俺と同じように右手を前に出した。その際に漆黒の着物のはだけた胸もとが目に入り、そこにある白くて大きな胸の谷間についつい一瞬視線を奪われてしまった。
「くふっ、遥斗。乳など見ておらずにはよせんか」
「み、見てねえよ」
俺は胸を見ていたのを気付かれた恥ずかしさを誤魔化すように、黒闇天に教えてもらったように発現させたい権能をイメージし権能名を口にした。
「だ、第一階位権能『黒蝶』」
その瞬間、俺の伸ばした手を中心に無数の黒い蝶が現れ男たちへと向かっていった。そしてそれと同時に男たちの身体から現れた、コイン状の5つの金色の光がもの凄い速度で隣に立っている黒闇天の突き出している手のひらへと吸い込まれた。
「な、なんだありゃ!? ま、まさか権能か!? オイッ! やべえぞ加護持ちだ! 逃げっ、うおっ!」
「なっ!? まさか軍の神兵か!? なんでこんなところに! ヒッ! く、来るな!」
「ひぃぃぃ! ま、前が見えねえ!」
黒蝶は男たちの上半身を覆い尽くし、しばらくするとまるでそこに最初からいなかったように消えた。
「うっ……背中にもの凄い悪寒が……頭もボーッとしてきた」
「か、痒い! 身体中が痒い! な、なんだこれっ! なんでジンマシンがこんなに!」
「ぐっ……腹が痛え……めちゃくちゃ痛えよぉ」
「ハァハァ……やべえ……熱が……これは何かやべえ権能だ……こ、殺される……お前ら……逃げ……るぞ」
リーダーらしき男はフラつき、雑居ビルの壁にぶつかりながら子分たちを連れて逃げていった。その場には何が起こったのかわからず、放心状態のサラリーマンの男性だけが残った。
「あ……ああ……ぐ、軍の?」
俺は地面に座り込み見上げるその男性へとチラリと視線を向けた後、何も言わずその場から去った。
というか何も答えることはできない。全ての加護持ちは軍が管理しているから、軍人じゃないと言ったら定年を迎えた者か脱走兵となる。お面をしてるとはいえ年寄りには見えないだろうから、脱走兵一択だ。そうなると軍がやって来て血眼になって俺を探すだろう。
だからここでの最適な行動は何も答えないことだ。それなら休暇中の軍人が気まぐれで助けてくれたと勝手に思ってくれるはずだ。
そうしてサラリーマンの前から去った俺は、最初にいた路地裏へと戻り壁を背に大きく息を吐いたあと黒闇天へ話しかけた。
「ふぅ……初めて使ったけどなかなかエグいなアレ」
「そうかの? 第一階位じゃから
「いや呪いの中身の話だよ。黒蝶に触れたら呪いに掛かるというのは聞いていたけど、呪いって病気のことだったのかよ。エグすぎる」
呪いっていうくらいだから、触れたら気分が悪くなるとかそういうのだと思ってた。
黒蝶の効果範囲は半径15メートルとそれほど広くないが、蝶に触れたら風邪やジンマシンや腹痛になるなんて絶対に触れたくない。あれならもう一つの権能を使った方が人道的だったかもしれない。
「そう言われてもの。妾の特性は闇じゃからの。呪いや毒や精神の混乱は得意とするところじゃ。なかなかに強力じゃぞ?」
「それはそうなんだろうけどさ」
精神の混乱とか、だから信長は謀反を起こされたんじゃないのか? おっかねえ、使い時を間違えないようにしないとな。背後から仲間に斬られるとか冗談じゃない。
「そんなことはよい、まだたった5つじゃ。もっと運を奉納せい。む? おお、あっちから不幸の匂いがするぞ」
「不幸の匂いって……まあここまで来たらやるけどさ」
とりあえず初めて権能を使うことができた。この調子で練習しないとな。
しかしあの金色のコインみたいなのが運なのか。やっぱ人の持つ幸運を吸い取ってるんだろうな。権能と違って奪う運は対象を指定できないから、殴られていたサラリーマンの身体からも1枚出て来たけど、まあたった1枚なら大した不運は起こらないだろう。うん、俺は人助けをしたんだ、悪くない。
それからまた俺は黒闇天が出現させた黒い穴に落とされ、彼女に腕を引かれながら真っ暗闇の穴の中を飛び次の生贄の元に向かうのだった。
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