第19話 『黒死槍』



「来いよ! テメエらにとびっきりのアンラッキーをくれてやる! 『黒槍山』!」


 俺はまず左側から向かってくる従兵へ、第三階位の権能である黒槍山を発現させた。


 すると向かって来る男たちの足もとが闇に染まり、そこから百本の黒い槍が勢いよく突き出た。


 それと同時に男たちの身体から25枚ほどのラッキーコインが飛んで来て、隣に立っている黒闇天の手に吸収される。


「ぐふっ!」


「ぎゃああ!」


 真下からの攻撃ということもあり、黒槍は防具で覆われていない男たちのふくらはぎや太ももの裏部分を貫きその場に縫い留めた。腹部に刺さっている黒槍もあるが、それは防具を砕きはしたが貫通するに至っていない。


 そんな光景を目の当たりにしてもライガが率いる正面の従兵と、右側から来る従兵は足を止めない。


「今だ! 奴は権能を発動したばかりだ! 間合いを詰めろ!」


 ライガは今がチャンスとばかりに右側と自らが率いる正面の従兵を鼓舞した。


「残念、連発できるんだよ! 『黒槍山』!」


 俺は間近に迫っている右側の従兵たちに権能を放った。


「なっ!? 早っ……ぐああ!」


「よ、避け……ぐっ」


 従兵たちは一度目にしていることから避けようとしたが、5人に対して百本の黒槍が広範囲に展開されている。下手に避けたことで首を貫かれる者や、防具にかすり空中に吹き飛ばされ落ちたところで四肢を串刺しにされる者がいた。


「と、止まれ! クソッ! どうなってやがんだ! 散れ! 散って今度は一斉にかかる!」


 ライガは俺がノータイムで権能を連発したことに驚愕しつつも、黒槍山を警戒し残りの従兵たちに散るように指示をした。


『闇刃』 『闇刃』


 俺は今度は全包囲しようとする従兵たちへ闇刃を放ち牽制しつつ、このままでは将司たちを巻き込むと思い移動することにした。


「に、逃すな! 追え!」


 熱くなっているのだろう。ライガはこちらの思惑に気付くことなく、ホテルの裏へと走る俺を追いかけて来た。


 ホテルの裏に着くとそこは広い駐車場だった。月明かりに照らされた駐車場には、何十年も前に放置されフレームだけとなった車の残骸が何台もあった。


「囲め!」


 駐車場に入りホテルの壁を背にしようと走ると、従兵たちに行手を遮られた。周囲を見るとライガたちが追いつき俺を包囲しようとしていた。


「逃さねえぞ般若野郎! 出し惜しみはなしだ!」


 ライガが怒り心頭といった顔で手に持った雷のすきを地面に突き刺した。


「テメエらやれっ! 『掛けまくも畏き阿遅鉏高日子根アヂスキタカヒコネ神よ。我に力を貸し与えたまへ。眼前に蔓延る悪鬼妖魔を討ち滅ぼす力を貸し与えたまへ』」


 ライガが祝詞を唱え始めたことでマズイと思ったが、俺は全周囲から突撃して来る従兵への対処を優先した。


 もう少しだ……もう少し引きつける!


 そして従兵たちの持つ魔槍の間合いにもう少しで入ろうとした時。


「『黒槍山』!』


 俺は自分を中心に全方位へ黒槍山を発現させた。


 これまで前方向にしか発現させていなかったことで、従兵たちは予想していなかったのだろう。魔槍を突こうと踏み込んだ者や、剣を振りかぶっていた者がことごとく串刺しとなった。


「死ね、般若野郎! 『地雷蛇』!」


 俺が権能を発現する瞬間を待っていたのだろう。ライガの雷の鋤が突き刺さった地面から、雷でできた大蛇が地を這い黒槍を避けながら高速で向かって来た。


 やっぱこの技か。情報をくれた将司には感謝だな。


『闇落』


 俺は雷蛇が到達する前に足もとに出現させた黒穴へとその身を落とした。


「なっ!? ぐああぁぁ! くっ!」


 そしてライガの背後の闇から現れ、奴の腹部を神力を込めた魔槍で突いた。


 しかし不意打ちを優先して踏み込みが甘かったのと、ライガの身につけている防具が高性能だったこともあり抵抗が強く、穂先がずれて脇腹をえぐるに留まった。


 俺は魔槍を抜き再び突こうとしたが、ライガが側面に飛びながら雷の鋤で俺の魔槍を打ち払った。


「うぎっ! あ、やべっ! 魔槍が!」


 打ち払われた際に魔槍を伝って電撃が体に走り、手に持っていた魔槍を手放してしまった。


 マズイと思い拾おうとしたが、体勢を立て直したライガが雷の鋤を俺へと突き出す。


「くっ!」


 俺は魔槍を拾うことを諦め後方へと大きくジャンプしてその攻撃をかわし、さらにライガから大きく距離を取った。


 ビビったぁ! なんだよ魔槍って電気を通すのかよ! そんなの聞いたことないぞ!?


 確か魔法金属は耐熱耐冷耐電だったはずだ。


《遥斗、権能で顕現させた武器には、同じ権能で顕現させた武器でなければその能力を打ち消せぬ。あのような武器では無駄じゃ》


《マジか! 知らなかった!》


 危ねえ、普通に打ち合っていたら黒焦げになる所だった。


 確かによく考えてみれば、魔剣や魔槍で悪魔の魔法を斬ったとか聞いたことないしな。魔力でできた魔法と神力で作られた権能との差はあるが、性質は同じってことか。


 勉強になったけど、もっと早く教えて欲しかったぜ黒闇天。って言ってもどうせ無駄なんだろうな。


「ぷはっ……この野郎、いったいどうやって俺の背後に現れやがった?」


「さてな」


「チッ、厄介な権能を持ってるみてえだな。だが武器はもうねえぞ? それにいくらなんでも神力はもうねえはずだ。強がってんのがミエミエなんだよ。クソッ、痛え……切り刻んで黒炭にしてやる」


「ところがどっこい。第三階位権能『黒死槍』」


 武器を失いもう不意打ちはできないと思ったのだろう。神酒を飲み余裕を取り戻したのか、嗜虐的しぎゃくてきな視線を向けるライガの前で新たな権能を発現させた。


 するとライガと倒れている従兵たちの身体から25枚のラッキーコインが黒闇天の手に向かって来るのと同時に、俺の手に黒く禍々しいオーラを放つ槍が現れた。


【黒死槍】


 闇によって作られたこの槍は、所有者の意志によりその長さを自在に伸縮させることができる。そしてこの槍で傷つけられた者は、悪魔や魔獣にも有効な神力によって作られた毒により身体を蝕まれる。さらにこの毒はより多く、より深い傷を与えるほど強い毒となっていく。


 これも強力ゆえに普通の人間相手では使い所がなかった権能だが、俺が顕現できる武器はこれしかない。


 長さを自在に変えられて毒まで付与するとは、相変わらずエグイよな。まあ黒闇天が言うには、悪魔や加護持ち相手だと多少傷を付けることができても魔力や神力。そして祝福によって毒の付与は抵抗されるらしいけど。でも逆に深い傷を与えたり、相手の魔力や神力が少なくなったら毒を与えまくれるってことだ。長期戦が得意な黒闇天の加護にうってつけの武器だと思う。


「なっ!? それは神武器……なのか?」


 俺が突然漆黒の槍を顕現させたことで、ライガは驚きつつも困惑した表情を浮かべてる。


 わかるよその気持ち。こんな禍々しい見た目をしたの槍が、権能によって発現させた神武器とは思えないよな。


「一応な」


「クッ!」


「うおっ! せっかちだなお前!」


 武器を手にした俺にライガはまた不意打ちを喰らう可能性を危惧したのか、即座に間合いを詰め雷の鋤を連続して突いてきた。


「くっ、あぶっ……っとと、うがっ! く、『黒荊』!」


 ライガの流れるようなすきによる連続突きを黒死槍でさばこうとしたが、いかんせんライガの武器は農具なだけあって鋤の先端部分は平べったい。そのうえ初めて相対する武器ということもあり、俺の技術では捌ききれず腕や肩にかすってしまう。


 このままでは押し切られると思った俺は、咄嗟にライガとの間に黒荊を発現しそれを盾に後方へ飛び退いた。


 痛え……最後のは結構深く斬られたな。あー、いきなりだったとはいえ、元軍人なんかと打ち合うんじゃなかった。


 俺は斬られたジンジンと痛む肩からから流れ出る血を感じながら、もう打ち合わないと心に決めた。


「チッ、浅かったか。相変わらず権能の発動だけは早いな。それにこれだけ権能を使って神力が底尽きねえとか、いったどうなってやがんだ」


「お前の権能の発動が遅すぎんだよ。ほら、悔しかったら俺より早く権能を使ってみろよ」


 不意打ちを警戒し左右にステップを踏みながら苛立っているライガへ、俺は挑発するように言った。


「馬鹿が! 槍の腕がたいしたことがねえってわかった以上、この神武器で仕留めるに決まってんだろうが! 死ねっ!」


「ですよねー! なら! 『黒槍山』!」


 俺は再び向かって来るライガの進行方向に黒槍山を発現させた。


「それは何度も見たって言ってんだろ! 舐めるな!」


 しかしライガは地中から飛び出す黒い槍を、雷の鋤でまるで畑を耕すように刈りながら進んでくる。


「げっ! さすが農具だな。ならこれはどうだ! 『黒荊』!」


 あっさり刈られた事に驚きつつも俺は、再び目の前に黒荊を発現させた。だが今度はさっきよりもぶっとい蔦をイメージしたやつだ。その分、黒闇天へと向かって来るラッキーコインは10枚ではなく15枚に増えている。


「その程度の権能! オレの神武器には通用しねえって言ってんだろうが! ぐっ、硬え……」


 狙い通り一撃で蔦を断ち切る事ができず、ライガは足を止めた。


「止まったな! じゃあな『闇落』! 伸びろ黒死槍!」


 俺は黒死槍の穂先を足もとに現れた黒い穴に突き刺し、一気につかを伸ばした。


「なっ!? あ……ゴフッ……な……なに……が……」


 ライガは背中から貫通し胸に現れた漆黒の槍を、吐血しながら信じられないと言った表情で見つめている。


「なにって? 権能だよ」


 さっき覚えた闇落を使った応用だ。敵の近くの闇からならどこからでも攻撃できるとか、やっぱチートだよなこの合わせ技。


「こ……んな……の……しら……ねえ」


 そこまで口にしたライガはその場に崩れるよに倒れた。手にはもう雷の鋤は持っておらず、恐らく毒の付与に成功したのだろう。手や顔など肌の部分が黒く変色していた。


 今まで試したことがないから毒がどれほど強力かはわからないが、あの傷だ。かなり強い毒になっているかもしれない。このまま放っておけば死ぬだろうな。


 それでも相手は加護持ちということもあり、俺は念のため黒荊でライガを拘束しておこうと腕を前に出した。


 しかしその時だった。突然駐車場が明るくなったことで、俺は権能の発動を中断した。


《遥斗、上を見よ》


《上? うおっ! なんだよあの金色の玉は!》


 黒闇天あの声に上を見上げると、ホテルの屋上辺りに直径2メートルはありそうな金色に輝く玉が浮かんでいた。


 そしてそれは見上げている俺に向かってものすごい勢いで落下して来た。


《遥斗、避けよ!》


「っ!?」


 黒闇天の警告に従い俺は全力でその場から飛び退き、近くにあった車の影に隠れた。


 その瞬間爆発音が鳴り響き、爆風のあと顔を上げると俺のいた場所のコンクリートがえぐれ地面が燃えていた。


 あの金色の玉って火球だったのかよ!


 俺は金色の玉が降って来る前にあった屋上を見上げながら、内心で紛らわしいなと愚痴った。


 月明かりに照らされたホテルの屋上には、紅の革鎧を身に付け腕を組んでいるヒゲを生やした中年の男と、その隣に白衣姿の地味な女がこちらを見下ろしていた。


 確かボスが炎の権能を使うとか言ってたな。ということはあそこにいるのはボスとノリコって女か。


 戦闘中に出てこないから逃げたのかと思ったけど、どうやら屋上で見てたようだ。


 まあいい、ノリコって女は治癒系の加護持ちだから、実質あと一人だ。


 ならとっとと倒して終わりにするか。


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