第18話 イレギュラー



 さて、とっとと四階に向かうとするか。


 そう言って黒荊で芋虫状態になった男を、蔦を操作して通路の端に寄せた時だった。


 突然目の前のドアが開き、ボサボサ頭の男が顔を覗かせた。


「ん? なんか剣を打ち合う音が聞こえ……タ、タツオ!? どうし……ガッ!」


 俺はその男へと一気に間合いを詰め、手に持っていた槍の柄で男の顔面を殴り飛ばした。


 男はまるでもぐらたたきのように顔面を打ち据えられ、部屋の中へと吹き飛んだ。


 吹き飛んだ男に続き俺も一緒に部屋に入りドアを閉めると、部屋にはもう一人ガタイのよい坊主頭の男がいた。


「お、おいテツどうした!? だ、誰だテメエ!」


『闇刃』


 倒れ込む仲間を見て咄嗟に部屋の隅に置いてあった剣へと手を伸ばす坊主頭の男へ、俺はすぐさま闇刃を発現し伸ばされた腕へ向かって放った。


「ぎゃっ!」


 男の腕が3枚の黒い刃に切り刻まれるのと同時に、次の権能を部屋にいる二人へと発動する。


『黒荊』


 その結果、最初に殴り飛ばした男と坊主頭の男の口から下を拘束することに成功した。


「ふう、危なかった」


 廊下から物音はしない。他の部屋にいる構成員は気づいていないようだ。


「ん? なんだそれ?」


 俺は拘束した男の横に落ちていた、10センチほどの透明な容器が気になり拾い上げた。


 中身は濁った水で、蓋を開けると酒の匂いがした。


 俺は腕を切られ拘束され、痛みに顔を歪めている男へ神力を流した魔槍を向け口を開いた。


「もしかしてこれは神酒か? イエスならゆっくり二回瞬まばたきをしろ。答えなきゃこのまま突き刺すぞ?」


「ゔーゔー」


 坊主頭の男は禍々しい光を放つ魔槍を見た途端に顔を青ざめさせ、ゆっくりと二度瞬きをした。


「どうやら神酒で間違いなさそうだな。ほかには?」


 俺がそう尋ねると男は部屋の棚へと視線を向けた。その視線を頼りに棚を開けると、そこには2本の神酒の入った容器が置いてあった。


 どれくらいの効果があるかはわからないが、骨折したり肩がえぐれたりしている将司たちが欲しがってたくらいだ。それらを治せる効果はあるんだろう。


 俺は儲けたなと思いつつコートのポケットに神酒を入れ、隣で浮きながら味噌煎餅をかじっている黒闇天へと声を掛け部屋を出ようとした。


 その時だった。


 ドーン!


 ホテルの外から轟音がし、その後すぐに建物が揺れた。


「な、なんだ!? なにがあった!?」


 俺は急いで部屋の窓へと向かい、貼られていた暗幕を引き剥がし外を確認した。


 するとそこにはホテルの入口付近で筒のような物を肩に担いでいる見覚えのある少年たちの姿があった。


「なっ!? 将司!?」


 隣にいるのは美香ちゃんか!? その横にいるの腕に包帯を巻いてるのは清二?


 それにさっきの音、もしかしてあの筒はロケットランチャーか何かか?


 くっ、アイツなんであんな物騒な物を!? まさかあれが孤児院の兄貴分たちが残していったっていう武器か!? 


 というか付いてくるなって言っただろうが! どうすんだよこの後!


 俺はロケットランチャーまで持ち出し付いてきた将司たちが現れたことで、襲撃計画が破綻したことを確信した。


 そんな俺の都合など知る由もない将司たちは担いでいたランチャーを投げ捨て、魔剣と魔槍を手に敷地内を走り出した。


 しかし轟音と衝撃で外に飛び出してきた10人近くの構成員たちが、あっという間に将司たちを取り囲む。


 その光景を見てこれはマズイと思った俺は、窓を槍で叩き割りサッシに足を掛け思いっきり蹴って飛び降りた。


 その瞬間、将司の剣が弾かれ肩から袈裟斬りにされる姿が目に映った。


 その場に崩れ落ちる将司。


 その将司にトドメを刺そうとする構成員。


 その横では美香と清二も持っていた武器を弾かれ、魔槍で貫かれようとしている。


 その光景を落下しながら見てた俺は、後先など考える余裕がなど無かった。


「将司ぃぃぃ! 第三階位権能 『黒槍山こくそうざん』!」


 その瞬間、将司と美香たちを中心に百本の黒い槍が地中から生えた。


 その黒槍は将司に剣を振り下ろそうとしていた男だけではなく、その周囲にいた15人ほどの男たちを串刺しにした。


 将司たちを囲んでいた男たちは、慌てて武器だけ持って出て来たせいか防具を身につけていなかった。そのせいでなんの抵抗もなく太ももや腹部や腕を黒槍によって貫かれ、中には股間から脳天まで串刺しにされ絶命している者もいた。


 ホテル前に着地したと同時に、俺の目にはそんな凄惨な光景が広がっていた。


 うっ……こ、殺した? お、俺が人を?


 仕方なかったんだ。あの時はああするしかなかった。でなきゃ将司たちが殺されていた。だから広範囲の権能を使うしか無かったんだ。でもそれでも第三階位の権能を使えば人を殺すかもしれないことは知っていた。現に目の前にいる構成員のうち二人は間違いなく即死している。なのに……


 くそっ! なんで俺は平気なんだよ! 人を殺したんだぞ!? 黒闇天から受けた精神強化の祝福の影響か!? それとも黒闇天の加護のせいなのか!?


《遥斗、何をぼーっとしておる。早く治療せねばあの童が死んでしまうかもしれぬのだぞ?》


《あっ、そ、そうだ! 将司!》


 黒闇天に言われ斬られた将司のことを思い出した俺は、精神的ダメージが無いことはとりあえず後回しにして、将司たちのもとへ駆け寄り傷の具合を確認した。


 肩の傷と太ももに受けたは切り傷はかなり深い……だが胴部分は鉄製の鎧のおかげで浅そうだ。


「大丈夫か将司?」


「うぐっ……その声は……八神の兄いちゃん?」


 意識はあるな。良かった。これなら神酒で出血を止めれば死にはしないだろう。


「ああ、訳あって般若の面をしてるが俺だ」


「兄ちゃんごめん……心配で……だから陽動をしようと……思って」


「ごめんなさいお兄さん。いっぱいご飯もらえて、だから将司が恩返しをしようって」


「すみません八神の兄さん。僕がもっと強く止めていれば」


「ハァ……ったく、俺一人で大丈夫だって言っただろ。それにたかだかあの程度の食い物をもらったくらいで命をかけるなよな。とりあえずこれを飲んで下がってろ」


 俺はさっきの部屋で回収した、神酒の入った瓶を将司と清二に渡した。


 将司たちが驚きつつも神酒を飲み干し後方に下るのを確認した俺は、ホテルの入口へと向き直った。


 するとちょうど青いハーフプレイトメイルを着た金髪のチャラ男。ライガと名乗る男と、20人近くの構成員がホテルから駆け出て来た所だった。


「チッ」


 俺はライガが雷でできたような武器を手に持っている事に気付き舌打ちをした。


 既に権能を発現済みか。しかし変な形の武器だな。まるで先端が長方形のシャベル? いや、それにしては幅が狭いな。


 ライガの持つ武器がなんなのか首を傾げていると、俺の肩の上辺りに浮いていた黒闇天から念話が届いた。


《あれはすきじゃな。畑を耕す時に突き刺して土を掘り起こすのに使う農具じゃ》


《農具が武器なのか? そういえば神話の神には農耕を司る神が多かったっけ》


「オイオオイ! なんだよこりゃ! 孤児院のガキがなんでいやがんだ? いや、それよりそこの般若の面を被ってるお前、テメエが俺の手下を殺ったのか?」


 農具が武器かよとか考えていると、ライガたちが20メートル以ほど先で止まり話しかけて来た。恐らく俺が加護持ちだと思って警戒しているのだろう。


「だったらどうだってんだ?」


「余裕ぶっこきやがって!テメエは脱走兵か? いや、こんな禍々しい権能を使う奴なんて聞いたことねえし、単独で突入してくる馬鹿はいねえ。まさか八咫烏やたがらすじゃねえだろうな?」


 ライガはどうやら俺を軍の特殊部隊『八咫烏』の神兵だと疑っているようだ。


 八咫烏とは、首都防衛軍直轄の日本最強の神兵部隊だ。所属する神兵は全員強力な神の加護を得ているらしい。彼らは主に大規模な反攻作戦時に投入されることが多く、それ以外でも強力な権能を持ち犯罪を犯した脱走兵の処理をしたりと脱走兵からは死神の如く恐れられている存在だ。


「ライガさん! あの般若面はこの間テレビに出てました! コンビニ強盗をあの般若面の男が、あれと同じ黒い蔦を使って倒す映像が流れてたんです! 確か未申告で長年潜伏していた加護持ちらしいです」


「あ〜そういうことか。コイツはスラム街で育った孤児で、俺たちの縄張りを狙ってるどっかのスカベンジャーチームが送ってきた刺客か威力偵察要員てとこか。マズイな、モタモタしてたら本隊がやって来るかもしれねえ。お前ら! とっととコイツを倒して防備を固めるぞ!」


「「「おうっ!」」」


 なんか勝手に勘違いしてくれているが……


 俺は武器を抜き包囲しようとしている男たちから一瞬視線を外し、将司たちの様子を確認した。


 この状況から逃げれるほど動けそうもないか。となると将司たを守りながら、加護持ちと祝福を得ている従兵20人と正面から戦わないといけないようだ。


「将司に美香ちゃん! すぐ終わらせる! そこから動くなよ! 『黒荊』!」


 俺はまず最初に後方で動けない将司たちを覆うように荊で覆い尽くした。


 そのタイミングで半包囲を終えたライガが吠えた。


「殺せ! 魔人狩りと同じだ! 相手は加護持ちだが俺が援護してやる! 縄張りを荒らす野郎を生かして帰すな!」


「「「「「おおおおおお!」」」」」


 ライガに指示をされた従兵たちは、左右に5人ずつ、正面に10人で時間差をつけて突撃してくるようだ。


 なるほど、魔人は魔法を使うらしいからな。飽和攻撃で接近戦に持ち込む戦術か。


《黒闇天、頼むぞ》


《うむ、もう呆けるでないぞ?》


《さっきはショックを受けなかったことがショックだっただけだ》


《なんじゃそれは?》


《ほんと、なんなんだろうな》


 自分で言っててわけわからねえわ。


 だからもう考えるのをやめた。殺らなきゃ殺られる。だから殺る。ハハッ、シンプルでいいじゃねえか。


「来いよ! テメエらにとびっきりのアンラッキーをくれてやる!」


 俺は襲い掛かってくる男たちに腕を伸ばしそう叫ぶのだった。

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