第6話 ラブレター



「んじゃ行って来る」


「お兄ちゃんいってらっしゃい!」


 可愛い妹に見送られながら自転車にまたがり、周囲を警戒しながら駅まで向かう。今日はチェーンが外れることはないようで、駅についてからも誰かに押されることなく電車に乗ることができた。


 高校の最寄りの駅に着いてから学校までも、ドブに足を突っ込むこともずぶ濡れになることもなく学校へと到着した。


「今のところ不運はなしか……」


 いつだ? いつ来る?


 俺はまるでヒットマンに狙われているかのように、周囲をキョロキョロと見回しながら下駄箱へと向かった。周囲にいる生徒がこっちを見ているが無視だ。気にしたら負けだ。


 そして下駄箱までたどり着き俺の名前が書かれている下駄箱を開けると、そこにはピンク色の可愛らしい封筒が置かれていた。表には『八神遥斗君へ』と可愛らしい字で書かれている。


 その瞬間、俺の心臓は跳ね上がった。


 も、もしかしてこれはラ、ラブレター? いや、今時手紙で告白とか無いだろ。クラスメイトはメールで好意があることを伝えるのが普通だと言っていた。あっ、俺携帯持ってないや。だからか? だから手紙を? 俺が携帯とか持たないストイックな人間だとか思われたかも。貧乏なだけだけど。


 しかし俺なんかに……まさか!


 俺は誰かの悪戯かもしれないと。ラブレターを受け取った俺の反応を、どこか遠くから見て笑ってるかもしれないと思い至り周囲を見渡した。


 しかし誰も俺のことを見ている様子はなかった。


 と、とりあえず中身を読むか。クラスではどのグループにも入ってないし、メールもクラスのグループチャットとかいうのにも参加してないことから、悩み相談の可能性も無くはないしな。


 俺はそのままトイレへと駆け込み手紙を読んだ。


 そして気がつくと俺は泣いていた。


 間違いなくラブレターだった。しかも入学した時から可愛いなと思っていた、隣のクラスの加山菜穂子さんからだった。どうやら夏に夕立があった時に、持っていた傘をクラスメイトの女子に渡して去っていったのを見かけたらしい。その時から俺のことが気になりだし、いつの間にか好きになったらしい。あの時はバイトに遅れそうで、どうせ自転車で濡れるからと渡しただけだったんだけどな。まさか渡したクラスメイトではなく、それを見ていた隣のクラスの加山さんに惚れられていたとは……


 手紙にはもし付き合ってくれるなら、今日の終業式が終わったあとに校舎裏に来て欲しいと書かれていた。


 オイオイオイ黒闇天。どうしちゃったのかなぁ? 不運どころか人生最大の幸運がやってきましたよ!? これはあれだな。昨日ちょっと不運すぎたんだ。その分の払い戻しなのかもしれない。だから今日は朝から不運が起こらなかったんだ。そうだよ、そうに違いない! いくらなんでも昨日のアレは無いわ。


 ならばこの幸運。しっかりと享受させていただきましょう!


 俺はその後ウキウキ気分で終業式に出席し、ホームルームの間も終始笑顔だった。クラスメイトどころか担任まで、誰一人目を合わそうとしなかったけど。


 そして俺は緊張しつつも約束の校舎裏にやって来た。するとそこには女の子が一人立っていた。加山さんだ。彼女は緊張しているのかうつむいており、よく見ると顔が真っ赤だった。


 確か彼女は気が弱くて恥ずかしがり屋だって聞いた。なのに俺に告白するために手紙を書いて、来ないかもしれない俺を待っているだなんて健気や……


 入学してから廊下で見掛けて可愛いなと思っていた。そんな子が俺を好きだと言ってくれて、こうして勇気を振り絞って1人で待っていてくれている。


 なんだか胸がドキドキしてきた。これが————恋。


 俺は高鳴る胸を抑えつつ、彼女へと近づき声をかけた。


「ま、待ったかな加山さん」


「は、はひっ! や、八神君。あ、あの……ここに来てくれたってことはその……でも……」


 俺が声を掛けると彼女は緊張がマックスになったのか、さらにうつむき震えながらそう聞いて来た。


 ああ、断るために、彼女の告白への誠意を見せるために俺が来たと思っているのかもな。そりゃ顔を上げられないよな。


 こんな可愛い子からの告白を断るわけないよな!


「そ、その告白の返事だけど、俺で良かったら是非」


「ほ、本当に!? え? ヒッ!」


「え? どうしたの加山さん?」


 俺は満面の笑みを浮かべて顔を上げた加山さんの表情が、一瞬で恐怖に染まったことに不信を覚えた。


「い、いやっ! 来ないで! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! や、八神君! こ、この話はなかったことにしてください! 無理です! 本当にごめんなさい!」


「え? ええっ!?」


 俺はいきなり泣きながら謝りだして一目散に去っていく加山さんの姿を、呆然と見送っていた。


 なんでだ? 告白して来たのは彼女の方だろ? それがなんで俺の顔を見た途端に……あっもしかして負のオーラか!?


 そんな……俺の放つ負のオーラは好きになってくれた子でさえ冷めさせる物なのかよ……


 まさか朝から不運が起こらなかったのはこのため? この最悪の不運が待っていたからなのか!? 何が大きな不運が一度に起こらないように、俺から少しずつ運を吸い取ってるだ! どう見ても今回はまとめてじゃねえか!


「黒闇天出てこい! おいっ! 呼んだんだから出てこいよ!」


 しかし黒闇天は現れる気配はない。


 あの野郎、都合の悪い時は出てこないってことか?


「くっ、うううっ……上げて落とすのだけはやめろよなぁぁ!!」


 誰もいなくなった校舎裏で、俺は涙を流しながら空に向かって魂の雄叫びをあげるのだった。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「ククク、残念じゃったのう」


「笑い事じゃねえよ! 俺の青春とドキドキを返せ!」


 学校から家に帰った俺は、やっと現れた黒闇天に文句を言いまくった。しかし黒闇天は終始俺の不幸を楽しそうに笑っている。この魔神め! 


 今日はバイトがないからまっすぐ帰って来たが、途中不運に見舞われることはなかった。やっぱりあの上げて落とす告白が今日の不運分だったようだ。今日に限って分割しないなんて、あれは絶対に黒闇天の仕業に違いない。


 しかしこのままじゃ非常にマズイ。毎日誰かの運を吸い取らないと、俺は一生彼女ができず童貞のままだ。いくら貧乏神に取り憑かれたからって、俺だって人並みの幸せを求めたっていいはずだ。


「どうじゃ、これで運を奉納する気になったかの?」


「うっ……でも何も悪いことしていない人間を不幸にするのは抵抗があるんだよ」


「それによって遥斗が不幸になってもかの? また今回のようなことが起こるやむしれぬぞ?」


「ぐふっ……それは嫌だ。不意打ちの失恋とかダメージがデカすぎる」


「ククク、ではどうするのじゃ?」


「対魔学園の編入を3学期からできるようにする」


「イジメられるかもしれんのにか? 妾も少し調べたが、遥斗が入る対魔学園というところの神兵科は、全員加護持ちじゃろ? 妾の加護を得たと知られれば、間違いなくイジメられるぞ? 抵抗できるのかの?」


「そ、それは強くなるまでなんとか我慢して……」


「まあ複数の加護持ち相手でも、不運で相手を殺すくらいの覚悟があれば勝てるとは思うが、それでいいのかの?」


「そこまで権能を使わないとダメなのかよ……さすがにクラスメイトを殺すのはちょっと」


「では強くなってから入るのが一番ではないか?」


「それはそうだけど……何の罪も覚悟もない人間から運を奪うのは抵抗があるんだよ」


 確かに黒闇天の言う通りではある。対魔学園は能力が強い者ほど上位のクラスに編入できる。上位のクラスに入ればそれだけでイジメの対象にはならない。イジメというのは自分より弱い相手にするものだからな。だから当初俺はそれを狙って編入日までに権能を使いこなせるようになるつもりだったが、その手段が思いつかなかった。


「うむ、では悪人から運を奪うのであれば抵抗はないのじゃな?」


「そりゃあ悪人なら心は痛まないかな」


「よし、ならば付いてまいれ」


 黒闇天はそう言うと、畳の上に人一人が入れるほどの黒い穴を作り出し俺をそこに突き飛ばした。


「うおっ! ちょっ! 真っ暗! 怖い! え? お、おいっ!」


 そして暗闇の中で俺の手を引きものすごい速度で飛んでいった。


 俺は何も見えない暗闇の中で、恐怖から黒闇天の手に必死にしがみつくのだった。

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