第34話 年上のお姉様



「え、ええええええええ!!」


「は、遥斗! それは本当なの!?」


「ああ、軍の敷地以外で権能を使うことは禁止されているから、証明しろと言われても困るけどね。去年の暮れに夢枕に黒闇天って名乗る神が立って、俺に加護を与えるって言われてさ。多分どっかの寺にいたんじゃないかな。それでたまたま通りがかった俺に加護を与えたんだと思う。あ、日本では貧乏神とか呼ばれてるけど、周囲の人には影響がないから心配しないで欲しい」


 東雲しののめ隊長と別れた翌日の夜。宇都宮駐屯地に加護の申告に行く日程の連絡があったので、俺はいよいよ母さんと海音に黒闇天の加護を得ていることを話した。一部嘘が混じってるけど、二人を思い悩ませないための嘘だから許して欲しい。


 すると案の定、二人ともひっくり返るほど驚いていた。


「そんなこと心配なんかしてないよ! 影響があったら宝くじが当たるわけないもん! それよりお兄ちゃんは大丈夫なの!?」


「そうよ、貧乏神って厄病神でもあるのよ? 遥斗が病気や怪我をしないか心配よ」


「大丈夫大丈夫。加護を与えた者を不幸になんかするわけないだろ。それどころか海音が当てた宝くじの恩恵をこれでもかって受けてるんだし。良いことばかりだよ」


 本当は他人を犠牲にしないと、加護を与えた相手にも容赦なく不運を起こす奴なんだけどな。だがここでそんなことは口が裂けても言えない。


「た、確かにそうだけど……本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だよ海音。ただ加護をくれた神が神だろ? だから言い難くてさ、2ヶ月以上も黙っていてごめん」


「いいのよ。お母さん遥斗の気持ちはわかるから。ずっと悩んでいたのね、気づいてあげられなくてごめんね」


「何かお兄ちゃんの様子がおかしいってことは気付いてたのに……ごめんなさいお兄ちゃん」


「お、おい二人とも……俺は大丈夫だって」


 目に涙を浮かべながら俺をぎゅっと抱きしめてくる母さんと海音に、胸に込み上げてくる熱いものをごまかすように頭を掻いた。


 東雲隊長たちとは違い、自分のことよりも俺のことをこんなに心配してくれるなんて。やっぱ家族なんだなぁ。


 そんな俺たちの姿を台所から味噌を手にした黒闇天が優しげに見つめていた。



 それから加護持ちである以上は軍に申請をしないといけないこと。すでに軍には連絡しており、明日学校から帰ったら申請に行く予定であること。そして春から対魔学園に編入するための手続きをしないといけないということを二人に話した。


 対魔学園に入らないといけないというくだりで、海音は俺と離れたくないって盛大に嫌がった。いっそ二人で海外に逃避行をしようとかのたまう始末だった。休暇の時には必ず帰ってくるからと必死になだめても効果がなく、母さんに怒られても駄々をこねるばかり。終いには私も加護持ちになるって言って部屋にこもってしまった。


 ブラコンの妹にも参ったもんだ。でもこれを機にブラコンを治していって欲しい。


 そして海音たちに説明を終えた後、深夜に俺は佐竹のアジトに顔を出した。そして佐竹たちに、軍に見つかったのでもう魔界には入れなくなったことを伝えた。稼ぎに関しても軍の所属となる俺がスカベンジャーから金銭を受け取るのはまずいので、今後は受け取れないといえことも。これはまあ春に対魔学園に入る予定だったので、元々予定していたことでもある。それが少し早まっただけだ。


 佐竹たちは必死に残念そうな表情を取り繕おうとしていたけど、喜んでるのが見え見えだった。だが俺が無条件でコイツらを解放するわけがない。内心で喜んでいる佐竹たちに、スラム街の子供を集めて孤児院に入れること。その子供たちが腹一杯飯を食えるように経営を助けること。そして子供たちを命懸けで守るよう命令した。まあ盛大に嫌な顔をしてたよ。


 なので休みの日に神酒を回収しに来るつもりなので、守られていなかったり逃げたりしたらインポになるだけじゃ済まさないこと。どこに逃げても必ず見つけ出して串刺しにすると黒闇槍を出現させながら脅したら、顔を青ざめさせながら首を縦に振っていた。


 実際一度会った神の居場所は、黒闇天がなんとなくわかると言っていたしな。逃げたらどこまでも追いかけて脱走兵として軍に突き出すつもりだ。その方が俺の功績になるし。ただ神酒を作れる乃里子だけは確保しておきたい。


 ちなみに軍では神酒と似たような効果がある、携行タイプの回復薬的な物が支給されている。日本は乃里子に加護を与えている少名毘古那命すくなびこのかみのように薬系の神が割と多いので、こういった即効性は薄いが携行できる回復薬には恵まれているそうだ。


 そうはいっても各部隊に十分な数が支給されているかと言うとそうでもないらしい。現に東雲隊長の部隊は回復薬が尽きていて、部下を救出しに行った際に出血が止まらず困っていた。そんな彼女に俺は、その場で使い切ることと出どころを探らないことを条件に神酒を何本か渡したりもした。


 そんな神酒を安定供給できるツテが俺にはあるわけだ。これを大量に黒闇天に保管しておいてもらえば、いずれ部隊を率いることになっても安心だ。隊員から運をもらう以上は、その命を悪魔に奪わせないことが俺の責任だと思っている。死なれたら奪える運が少なくなってジリ貧になるしな。


 そんなことを考えつつ佐竹のアジトから出て、権能の練習だと言って入口の警備をしている奴から足りない分の運をもらって家へと帰った。


 そして翌日になり学校から帰ると、宇都宮駐屯地から前席に三人は並んで乗れるんじゃないかってくらい横幅の広い高機動車が家の前に停まっていた。それには東雲隊長の部下である下士官の男性が乗っており、俺を迎えに来たということだったのでそのまま宇都宮駐屯地に申請に行くことになった。

 

 本来小学生や中学生の時に申告に行く場合は保護者同伴なんだけど、俺がもう高校生2年になるということもあってそこは母さんに同意書を書いてもらうことで勘弁してもらった。絶対海音も付いてくるって言いそうだしな。駐屯地で騒がれたら恥ずかしいし。


 母さんと海音は軍の車両と軍人を見て、本当に俺が加護持ちになったんだと実感したのか心配そうな表情で俺を見送っていた。


 宇都宮駐屯地は、東部方面軍の北の守りの要の駐屯地なだけあって大きかった。連れてきてくれた下士官の人が言うには、ここには第4対魔師団と第5対魔師団。そして第3魔導機甲大隊が配属されており、内務や軍務をする人員を合わせるとおよそ3千人がいるらしい。


 ちなみに東雲隊長は静岡の浜松にある東部方面軍本部に配属されている第2対魔師団所属らしいのだけど、彼女の所属する連隊が現在臨時で宇都宮駐屯地に配属されているそうだ。こういったことはよくあるらしく、若い指揮官に様々な土地で経験をさせるというのが目的らしい。


 駐屯地に入ると人気のない5階建ての建物に案内され、そこの1階の会議室みたいな所で事務官の男性に説明を受けたあと色々な書類にサインをさせられた。内容は事前にネットで調べていた通り、権能を許可された場所以外では使ってはいけないことや、民間人に権能を使い怪我を負わせた場合は重い罪に問われることなど法的な物ばかりだった。


 後は家族や親族が反社会組織と関係してないかの身辺調査が入るとかも言われた。まあクーデターが起こる前の旧政府の支持者は未だにいて、中には過激派もいるからな。そこと関係してないか警戒するのは仕方ないとは思う。俺的には無能な政治家たちによってなす術もなく悪魔に本土を蹂躙され、何百万人もの国民を死なせた旧政府の何を支持してるのか疑問だけど。


 そんなことを考えながらやたらビクビクしている事務官にサインと印を押した紙を渡すと、彼は逃げるように会議室を出ていった。そしてしばらくして少し疲れた顔をした東雲隊長が現れた。


 俺は彼女の姿を見て思わず息を飲んだ。


 今日の東雲隊長は戦闘服ではなく軍の白い制服を身に纏っており、黒く艶のある髪を頭頂部付近でまとめていた。そんな彼女の顔立ちは、見事な逆三角形の輪郭に少し釣り気味だが切れ長の目。すっと通った鼻筋と艶のある小さな唇をしている。


 そして身長170センチはあるであろう彼女の膝丈ほどの長さのスカートから伸びる長い足に、内側から上着をこれでもかというほど持ち上げている胸部。そう、胸部だ。


 デカイ……赤武者の防具越しに盛り上がっていた胸部を見て、そうじゃないかなとは思っていた。だがこうして制服の布越しに見ると予想していたより遥かにデカイ。


「ふふっ、女は男の視線に敏感だぞ?」


「あ、いえ……し、失礼しました!」


 俺は東雲隊長の胸を凝視していたことに気付き、慌てて椅子から立ち上がり頭を下げた。


「気にするな、慣れている。思春期の男の子の視線にいちいち目くじらなど立てはしない」


「す、すみません。あまりにも立派なものでつい」


「ぷっ、物怖じしないのだな。なるほど、それくらいストレートに言われれば悪い気はしないな」


「あ〜そういえば最近は軍もセクハラとか厳しいんでしたっけ? 聞かなかったことにしてください」


 学校じゃ女子とあまり話さないし、バイト先はおばちゃんばかりだったからついうっかりセクハラ発言しちゃった。訴えられないかな。


「くくく、セクハラとは女性が嫌だと感じたらそうなるものだ。同じ言葉でも加齢臭の漂った中年と、君のような若く顔立ちの整った男が言うのとでは違う。君の場合は素直に褒め言葉として受け取れるからセクハラにはならん」


「はあ……そういうものなんですかね」


 セクハラにならなかったのはいいけど、喜んでいいのか世の理不尽さに憤ればいいのかわからないな。


「そういうものだ。それよりすまなかったな。皆君に加護を与えている神の名を知ったら席を外してしまってな。嫌な思いをさせた」


「あ、やっぱりそうだったんですね。人が全然いないからそうじゃないかと思ってました」


 まだ勤務時間内だってのに、1階にほとんど人がいなかったしな。それにさっきの事務官の態度。やっぱ避けられてたか。こういうのにも慣れるしかないんだろうな。


「影響はないと説明したんだが、なかなか信じてもらえなくてな」


「まあそれは仕方ないかなと諦めてます」


「本当にすまない。だが君の功績はしっかりと報告した。上層部は半信半疑だったが、対魔学園の編入試験や在学中の君の活躍を知ればすぐに信じてくれるだろう。本当はここで権能を披露してもらいたかったのだが、駐屯地の司令といい事務官たちといい、皆が忙しいなどと言い出してな。人を集めることができなかった。これから日本の救世主となる君を、起こりもしない厄災を恐れ避けるとは情けないばかりだ」


「ま、まあもう外も暗くなりますし。俺の権能は暗闇だとわかりにくいですから」


 駐屯地司令たちは、なかなかに勘が良いようだ。


 しかし日本の救世主だとか、東雲隊長はずいぶん俺を高く買ってくれているな。


「そう言ってもらえると助かる。お詫びと言ってはなんだが、対魔学園の学園長に私の名前で推薦状を書いて送っておいた。実技試験で第三階位権能を見せれば間違いなく最上位クラスに編入できるだろう。そうなれば君に加護を与えてくれた神への偏見も少なくなるはずだ」


「おお、そんなことまでしてもらえるとは。ありがとうございます。編入試験では期待に応えられるよう頑張ります」


 こりゃ推薦してくれた東雲隊長のためにも、試験ではいっそ第四階位権能でも披露するかな。首席で卒業した4年の生徒でさえ第三階位をやっと発現できるレベルの学園で、2年生から第四階位を使えるなんて注目されまくるだろう。将来有望な若手としてモテまくるかもな。


「ふふふ、本当は実家の名前を出すようなことは控えるべきなんだが、君なら自信を持って勧められる。私には厳しく辛い学園生活だったが、君ほどの実力があれば楽しい学園生活が送れるだろう。だがそれでも中等部から在籍している生徒がほとんどの学園に、高等部の2年から編入するとなれば不安もあるだろう。もしわからないことや不安なことがあれば、いつでも私に連絡してくるといい」


 そう言って東雲隊長は俺の手を取り紙を渡した。そこには携帯の番号とSNSのアドレスらしきものが書かれていた。


「あの、これって」


「私のプライベート端末の番号とアドレスだ。八神君とは個人的にも親しくなりたいからな」


「あ……は、はいっ! 俺も東雲隊長のような美人と仲良くなりたいです!」


 うおおおお! マジか! 家族以外初めての女性の携帯番号ゲット! しかも個人的に仲良くなりたいとか! こんな美人で巨乳でデカ尻のナイスバディの女性からそんなことを言われるなんて! 東雲隊長は確か3年前に学園を卒業したって言ってたよな? ということは今は21歳? 4歳年上か……アリだな。全然アリだ。


凛華りんかだ。プライベートではそう呼んでくれていい。私も遥斗と呼ばせてもらう」


「は、はひ! 凛華さん。よ、よろしくお願いします!」


 キタッ! 名前呼び! 家族以外初めての女性の名前呼びいぃ!


「ふふっ、可愛いな。こちらこそよろしく。遥斗とは長い付き合いになりそうだな」


「ぜ、是非そうなりたいです!」


 それからは凛華さんと一緒に軍の食堂で食事をして、帰りは彼女が家まで送ってくれた。正直舞い上がっていて何を話したかあんまり覚えていない。


 ただ、魔界から生還した翌日に断れない相手から見合いの話が来て最悪な気分だったとか、その日は朝からコーヒーをお気に入りの服にこぼしてしまったりして嫌な予感があっただとか、小隊の者たちも元気がなくて丸一日暗い雰囲気だったとか言っていたのを冷や汗を流しながら聞いていたことは覚えている。


 これは絶対俺のせいだとバレるわけにはいかない。年上のお姉様との初体験のためにもだ。


 こうして軍への申請を終えた俺は、対魔学園の編入試験へと挑むのだった。

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