第2話 烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)



「おはよう八神君」


「ああ、おはよう本田君。朝練でもしてきたのか?」


 朝目が覚めて自分の部屋のドアを開けると、玄関で靴を脱いでいるジャージ姿の本田君がいた。


「朝練というか毎日の日課をね」


「ああ、そういえばそうだったな。しかし神力を上げるために、みんな色々してるんだな」


 神力は何も悪魔を倒すだけで上がるものではない。確かに神力を一番上げやすいのは悪魔を倒すことだけど、加護を与えてくれた神へ祈ったり、その神が喜ぶことをしたりすることでも上がる。


 例えば踊りが好きな神なら毎日踊りを奉納したり、食べるのが好きな神なら好物を奉納したりなどだ。あと神の性格や姿に似せようとしている者も多い。気の強い神の加護を得たから気が強く見せたりなどだ。とは言ってもそもそも神は自分の性格や性質に似た人間に加護を与える傾向が強いから、そこまで意識しなくてもよかったりする。


 ん? てことは俺は不運体質……いや考えるのはやめておこう。


 まあそんな感じで、神力を少しでも上げようと学園の生徒は毎日色んなことをしてしている。


 それで本田君だ。昨日入寮してから彼(俺の中ではほぼ彼女だが)に学園を色々案内してもらった。食堂だったり大浴場だったり訓練場だったりだ。その中で当然お互いに加護を与えてくれている神の話になり、加護を受けている神を教え合った。


 本田君は『烏枢沙摩明王うすさまみょうおう』という、強力な火の神の加護を受けているそうだ。ただ、火の神といってもこの烏枢沙摩明王は、『この世の一切の不浄を焼き尽くす』と言われているようにその性質は浄化に特化している。悪魔相手には強いが、人間が相手だとほとんど効果のない権能だそうだ。それでも人類の敵は悪魔だ。強力な浄化の権能を使える神兵は、魔界をこの世界から排除する上ではなくてはならない存在だ。


 そんな存在なはずなんだが、イマイチ知名度と評価が低い神でもある。


 というのも烏枢沙摩明王うすさまみょうおうかわやの神。つまりトイレの神様でもあるからだ。寺で祀られている場所もトイレだったりする。


 それが原因でその加護を受けている者は一段低い評価を受けている。カッコ良くて強い神が大好きな十代からは特にだ。


 そんな神が喜ぶ行動は当然トイレ掃除だ。なので本田君の場合は毎日学園のあらゆる場所にあるトイレを掃除しに行っているというわけだ。


 今日も早朝からどこかのトイレの掃除をしに行っていたのだろう。本田君の身体から漂白剤の匂いがするし。奉納するためとはいえこういった献身的な行動には頭が下がる思いだ。


 このように万人に受け入れられ難い神の加護を得ている本田君は、俺の神に対して忌避するようなことはなかった。


 まあ最初は黒闇天の加護を得ていると言ったら一瞬顔を引き攣らせたが、特に一緒にいるからといって本田君に不運が起こることはないと言ったら素直に信じてくれた。そのあとは避けるでもなく、普通に接してくれている。いい子だなと思ったね。同じ部屋なのに避けられたりしなくて良かったとホッとしたよ。


 そういうわけで他人に受け入れられにくい神の加護を持つ者同士、より一層距離が縮まったというわけだ。黒闇天も同じ仏教神ということもあって知り合いだったらしく、夜の間ずっとリビングで烏枢沙摩明王うすさまみょうおうと話してたしな。烏枢沙摩明王は見た目は炎に包まれた恐ろしい顔をした神だけど、内面は凄く優しいらしい。



「痛っ! ぐっ……」


 そんなことを考えているとリビングのテーブルに足をぶつけてしまい、テーブルの上にあったポットが落ちて足の指の上に落ちた。そしてあまりの痛みに屈んだところでテーブルの角に頭をぶつけた。


「だ、大丈夫八神君!」


「————だ、だいじょ……う……ぶ」


 くぅぅぅ! 痛い! 地味に痛い!


 さ、さっそく朝からやってくれたな黒闇天。


 昨日学園に到着してから結界のせいで外に出れないからな。俺の運タンクである佐竹たちから運を奪えない以上は、俺の運が自動的に黒闇天に奉納されてしまう。


 でもこれくらいの不運で済んでるってことは、ちゃんと25枚必要なラッキーコインを5枚の5回払いにしてくれているみたいだ。いや、気を抜くな俺。黒闇天のことだ。どこかで10枚や15枚払いを混ぜてくるかもしれない。


「本当に大丈夫? 凄い音がしたよ? 血は出てない?」


「あ、ああ大丈夫だ」


 うずくまっている俺に対し、本田君が慌てたように駆け寄ってきた。そして優しく俺の背を撫でて心配してくれている。


 やっぱこうして間近で見るとほんと美少女だよな。こんな子と同棲できるんだ。このくらいの不運なんて大したことない。


 とはいっても早急に生贄を探さないとな。本田君に昨日聞いた感じでは、訓練場など指定された場所以外での権能の使用は禁止されている。が、奉納のため使わざるを得ない無害な権能の場合はその限りではないらしい。事前に申請が必要みたいだが、これはつまりバレなきゃ良いという事なのではないだろうか。


 黒前に黒闇天に聞いた感じだと加護持ちに憑いている神の写し身は、自身が加護を与えている人間に向けて権能を放たない限りは気が付かないそうだ。黒闇天も銀鯱会での加護持ちとの戦闘の時や、佐竹との戦闘の時の不意打ちも俺に向けて権能が放たれたから直前に気付いた感じだったしな。


 ということはだ。


 攻撃性の無い権能なら相手にバレないということだ。


 闇落とか闇落とか闇落とか。


 俺の影の中にひっそりと発現させればバレないんじゃないか? これは一度試してみる必要性があるな。ただ範囲がなぁ……


 神力が上がったことで、身体強化や精神強化以外の祝福の数は増えなかったが、運を奪える範囲が20メートルから30メートルに拡大した。拡大したのはいいんだけど、黒闇天はめんどくさがって特定の相手からだけ運を奪うのとかやってくれない。唯一協力的なのは、周囲に子供がいた時だけだ。その時だけは対象から除外してくれる。


 まあいいか。とにかく早急に運を奪っても俺の良心が痛まない相手を探すだけだ。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「チッ、貴様が厄病神の加護を得ているという八神か。うちのクラスにばかり厄介者を押し付けて……ゴミ捨て場じゃないんだぞまったく」


「…………」


 はい、速攻で見つかりました。


 本田君と一緒に食堂で朝食を食べに行き、俺の後ろを歩いていた女子生徒がつまずいて頭に味噌汁ぶっかけられたりとしたあと。俺は制服に着替えてから一足先に神兵科の校舎へと向かった。そして職員室に行き担任の教官と顔合わせをしたんだが、そこで出た第一声がこれだ。


 Dクラスの担任であり教官らしきこの風間という女。20代半ばから後半くらいと教官としては若く、黒髪のショートカットで背が高い。それでいて細身でモデルみたいな体型で顔も整っている。見た目だけなら健康的な美人と言っていいだろう。


 だが目つきと態度。そして口が悪過ぎる。


 今も俺のことを忌々しげに睨みながらブツブツ言ってる。


 しかもこの女。自分のクラスをゴミ捨て場とか抜かしやがった。本田君から去年からの新任の教官で、ちょっと気が強い人だとは聞いていたけどさ。いくらなんでもこれはねえんじゃねえか?


「貴様は知らないかもしれんが、Dクラスは成績の悪い者、やる気のない者、扱いに困る加護持ちの生徒ばかりが集まっている。それが私が受け持つクラスだ」


「はあ、そうですか」


「貴様は学科の成績は良いが神力は並みだ。それでいて黒闇天という厄災を運ぶ神の加護を得ている。だから私のクラスに入れられたんだろう。貴様の神の特性は他人に影響がないとは言っているが、そんなのは本当のところわかるはずがない。過去に黒闇天の加護を得た者などいないのだからな。そういう目で周囲から見られているということを自覚しておくことだ。当然私からもな」


「わかりました」


 言ってることはわかる。一応忠告をしてくれたんだろう。いや、ただ単に俺はいらない子だと伝えたかっただけか。あと私が不幸になったらお前のせいだと思うぞっていう牽制や脅しもあるかな。恐らく表情には出さないが俺が怖いんだろうな。


 なるほど。それならお望み通りアンラッキーをプレゼントいたしましょう。


 この女からなら運を奪っても良心は傷みそうもないし。


 とりあえず生贄を一人ゲットだな。


 その後、俺は担任のこの教官に連れられ2年Dクラスへと向かった。


 彼女の後ろで闇落を発動しバレないか実験しながら。


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