第2章 対魔学園

第1話 入寮日



 春休みも終わりに近づき対魔学園の始業式を翌日に控えた俺は、ボストンバッグを手に学園の門を潜った。


 春休みに入ってからは忙しかった。


 なんと言っても初めて親元を離れて生活をするわけだ。食と住が揃っている寮に入るとはいえ、色々と必要な物を用意して寮に送ったり俺が家を出ことで落ち込んでいる海音の機嫌を取るために出掛けたりと忙しかった。


 その海音だが、俺が加護持ちだと打ち明けてからは毎日のように神社仏閣巡りをしているらしい。一緒に買い物に出かけた時も、神社を見つけると必ずお参りをしていた。なぜそんなことをしているのかは知っている。神の加護を得るためだ。俺も中学の時はやってたしな。


 海音は加護を得て俺と同じ対魔学園に入学したいそうだ。それで毎日神社仏閣巡りをしているんだと。夏休みは母さんと全国を周る計画もあるらしい。


 海音には軍には入って欲しくないんだけど、厄病神の加護を受けたお兄ちゃんが魔界で酷い目に遭うのを黙って見てられないよ! と聞く耳を持たない。酷い目に遭うのは確定かよと顔が引き攣ったが、可愛い妹が心配してくれているんだと思って反論を呑み込むことにした。


 まあ加護を得られるのは1万人に一人だ。海音と同じように神社仏閣巡りをしてる人は山ほどいる。そんな簡単に得られる物じゃないし、望んだ神の加護を得られる保証などない。俺みたいにな。


 そのほかは佐竹のところに行って増えた奉納する運を回収したり、怒った凛華さんに電話やメールをしてご機嫌を取ったりと忙しかった。


 そう、俺がDクラスに入ることになったのを知った凛花さんは、烈火の如く怒った。


 凛花さんって勤務中は軍人っぽい感じなんだけど、プライベートは結構口が悪くてさ。もうボロカスに言われたよ。


 まあ俺が悪い。実技試験で手を抜いたのは確かだし、Dクラスへ入る通知が来ても言い難くて凛華さんに言えなかった。そんな時に凛華さんが俺がDクラスに入る事をどこからか知ったのも運が悪かった。


 凛華さんは学園に抗議をしちゃったんだよな。不当な評価だって。いや正当も正当なんだけどさ、俺が実技試験の後に『あんま目立ちすぎるのも良くないと思ったので手加減しときましたよ』と親指でグッドってやってる絵文字を添えて送ったもんだから、第三階位の権能くらいにしたと思ったらしい。その結果、学園長に直接クレームの電話を入れたそうだ。


 んで困った学園から送られてきた編入試験の採点表と、実技の動画を送られてビックリ! 学科の成績は問題無かったが、肝心の権能が第一階位じゃないですか。それで2年生のほとんどが第一階位しか使えないとはいえ、過去に加護を与えたことのない神。しかも貧乏神や厄病神という性質の神のため、念のためにDクラスに入れることとなったと言われたら何も言い返せない。


 結果、凛華さんは学園長に散々イヤミを言われ、実家からも東雲家の看板に泥を塗るなと叱られた。その直後、俺に怒りの電話をしてきたことは言うまでもないだろう。


 まさか試験官が不幸のどん底にいる女性だったから、運を奪えなかったなどと言えるはずもなく。体調が悪かったとか言って散々謝った。当然そんな理由で許してくれるわけもなく春休みの間、電話やメールをしてもずっと無視されている。まあ俺の春は当分お休みってわけだ。


 ただまあ完全に見捨てられたわけじゃないらしく、今日家を出るときに『入学おめでとう。私の目に狂いがなかったことを証明しろ』とメールが来た。


 頑張ろうと思ったね。俺のために推薦状まで書いてくれた凛華さんのためにも、優秀な成績で卒業して凛華さんの部隊に配属されるよう頑張ろうと思った。


 そんな意気揚々とした気持ちで送られてきた白の詰襟の制服を身にまとい、休暇の日は必ず帰ってきてねとしつこく言い募る海音をハイハイと言って引き離し家を出た。


 そして黒闇天にお願いして対魔学園の近くまで送ってもらい、正門で送られてきた学生証を見せて慣れない敬礼をして中に入った。それから学生課と言うところに行き、春休みのためか一人しかいなかった職員に声をかけると寮に行くように指示をされ向かった。


 神兵科の男子寮は5階建ての建物で、想像していたよりも新しい建物だった。周囲には似たような建物が複数建っており、中には新築っぽいのもあった。


 寮の中に入って歩いていた同級生らしき人を捕まえて、編入生であることを告げた。するとその男子は少し驚いた表情を浮かべた後、ようこそ対魔学園へと言ったあと寮長を呼んでくれた。


 なかなか感じの良いとこだな。これなら上手くやっていけそうだと考えていると眼鏡をかけた老人がやってきて、寮長をしている三田村だと名乗った。そして編入生が来ることは知らされていたようで、俺を部屋へと案内してくれた。


「へえ、この寮は各学年のC組とD組の生徒が住む寮なんですね」


「ああそうだよ。A組とB組の寮はここより新しくて一人部屋なんだよ。これも生徒に向上心を持たせるための制度のひとつだね」


「ネットでは二人部屋だと書かれていたからそうなんだと思ってましたが、優秀な生徒には良い生活環境が与えられるわけですか。なるほど、確かに頑張ろうって気になりますね」


 一人部屋はいいな。まあ従兵科なんかは四人部屋らしいし、それに比べれば二人部屋でも十分贅沢なんだろうけど。


「加護持ちの子は選民意識が高い子が多いからね。同じ加護持ちの子の中での順位なんかも気になるらしいよ。私は一般人だからそういうのはわからないけどね」


「1万人に1人ですしね。ある程度はやむを得ないのかなぁ」


 神に選ばれたと思ったらそりゃ自分は特別な人間だと思うよな。俺は思わないけど。だって貧乏神だし。むしろ選ばれたくねえってみんな思うと思うよ。


 しかし学生課の人も寮長も普通に対応してくれているな。俺がどんな神の加護を得ているかは知らされてないみたいだな。


 それから階段で5階まで上がり、中央付近にある部屋の前で寮長が止まった。


「ここが八神候補生が今後利用する部屋だよ」


 そう言って寮長が鍵のないドアを開けると、そこは6帖ほどの空間にテーブルと2つの椅子。そしてテレビや冷蔵庫などが置かれている部屋だった。


 ちなみに学園の生徒は全員が士官か下士官の候補生なので、候補生と呼ばれる。


 寮長に促されて中に入ると、部屋の側面にトイレとシャワー室のような物があった。そして部屋の奥には、パーテーションで仕切られた2つのドアが見える。


 なんか便所の匂いがするな。下水でも上がってきてるのか? 


 そんなことを考えていると、俺と寮長が入ってきたことに気付いたのだろう。ドアの一つが開き中から赤いジャージを着た子が現れた。


 男と呼ぶにはその子はあまりにも華奢きゃしゃで、実は美少女なんじゃないかと思えるほど中性的な顔をしていた。髪は長くもなく短くもないのがまた迷うとこだ。しかし胸は真っ平らだから男で間違いないんだろう。ただ、こっちに向かってくる際の歩き方が妙に女らしく感じるのは俺だけだろうか?


「やあ本田候補生。彼が2年から編入してくることになった八神候補生だ。最近加護を得たばかりらしくてね。ここのことを何も知らないから色々教えてやってほしい」


「はい寮長。初めまして八神候補生。ボクは本田 じゅん候補生です。よろしくね」


「あ、ああ。八神 遥斗……候補生です。よろしく」


 可愛い。なんだこの笑顔は……本当に男なのか?


「それじゃあ本田候補生あとはよろしくね」


 俺が本田と名乗るこの美少女じゃなくて美少年に見惚れていると、寮長がさっさと部屋を出て行った。


「ふふっ、男だよボクは。今はね」


 いつまでも俺が自分を見ていることに気付いたんだろう。本田君は怒るわけでもなく笑いながら俺が考えていたことを言い当てた。


「え? あ、いやスマン。ん? 今は?」


「ううん、なんでもない。ほら、送られてきた荷物は八神君の部屋に運んであるから確認してね。そのあと部屋の使い方を色々と教えるよ」


 俺はなんとも意味深な言い方をする本田君が気になったが、教えるつもりはないようなので素直に奥の部屋へと向かった。


 その部屋は4帖ほど広さにベッドと机。そしてロッカーとタンスが設置されているだけの部屋だった。周囲は薄いパーテーションで囲んだだけの部屋とも呼べないほどの造りだったが、ドアには鍵がついておりプライバシーを守るには十分なスペースだと感じた。


 俺が荷物を確認している間も本田君は布団を干す場所などを教えてくれた。その間も俺は本田君の横顔から目が離せなかった。


 うーん、どうみても女にしか見えん。でも胸が……でも貧乳なんていくらでもいるし。


 でも今は男って言ってたよな。今はってことは、いつか女になるってこと?


 うーん……あれ? もしかしてこれってラノベでよくあるあの、女であることを隠して男として学園で生活してるっていうやつなんじゃないか?


 良いとこの生まれで女として生まれたけど、男しか家督を継げないから男として育てられていたっていうやつ。学園側も賄賂か権力による圧力かで了承済みで、男子学生として受け入れていたりして。そして誰も文句が出ないほどの実績を軍で挙げて、そこで女でしたってバラして強引に家督を継いじゃう予定とか? てことは本田は財閥に近い家系の令嬢?


 おいおいおい、マジか! これって同室の俺に女であることがバレて、そのまま二人だけの秘密ってことで部屋で同棲生活をする展開じゃねえか! いいの!? そんな幸運があっていいの? 


「ん? どうしたの八神君。ボクの顔に何かついてるかな?」


「あ、いや。綺麗な顔だなってさ。とても男には見えないっていうか」


「ふふっ、ありがとう。八神君も凄いイケメンだよ。それなのになんとなく影がある感じがしてボクは好きだな」


「そ、そうか?」


 顔を赤らめたりして、この子もしかして俺に気がある? さっそくフラグが立ったか?


 それに男に見えないって言ったのに、怒るどころか喜んでいた。これはもう間違いないだろう。


 焦るな俺。まずは本田さんが女の子だってことを、彼女が否定できないほどの状況で知ることからだ。できれば不可抗力ってのが望ましい。


 着替え、トイレ、シャワー。一緒に生活してれば必ずチャンスはある。そして女だって知った後は二人の秘密にして、あっという間にただれた同棲生活の始まりだ。


 凛華さんごめん。俺の初めてはこの子に捧げることになりそうだよ。


 俺は本田さんのキュッと締まったお尻を眺めつつ、これから訪れるであろう二人の幸せな学園生活を夢想するのだった。




 ※※※※※※※


 第二章開始です。


 更新時間がちょこちょこ遅れてしまっているので、月曜日からは19時に変更させてください。


 引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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