第9話 福引券


 ——名古屋市住宅街 高見沢宅 銀鯱会傘下 東海連合構成員 木戸 敏夫——



「ひぃぃぃぃ!」


「おいババア! 早く金の隠し場所を吐きやがれ! お前がしこたま現金を溜め込んでんのは知ってんだよ!」


 情報屋からの情報で、このやたらと広い敷地の家に住む婆さんがアパートを何棟も所有していること。そしてその家賃を今時現金で回収している事を掴んだ俺たちは、こうして家賃回収日の夜を狙って覆面姿で仲間と共に押し入り居間にいたババアを縛りあげた。


「トッシー、腹をぶっ刺した方が早くしゃべるんじゃねえか?」


 仕事中はユウと呼んでいる仲間が、俺と揃いのサバイバルナイフを手にしながらそう提案して来た。


「そうだな、そうするか」


 俺はそう言って持っていたナイフを振り上げる。


「ひいぃっ! だ、台所の床下に! い、命だけは!」


「ちゃんと言った場所に金があれば命は助けてやるよ」


 強盗殺人は警察も本気で捜索するし、捕まれば間違いなく死刑だからな。さすがにそこまでのリスクは犯せねえ。


 俺はユウともう一人の仲間に指示をして居間へと向かわせた。


「うほほー! このババアしこたま貯め込んでたぜ! 2千万はあるぜ!」


 しばらくするとユたちが満面の笑みで戻って来て、持って来たバックを掲げながらそう言った。


「マジか! 数百万あればいいと思っていたがそんなにあったのかよ」


 これなら情報屋に手数料を払い、銀鯱会への上納金を収めてもかなり余る。上納金献上日が近ずいてきてどうなるかと思ったが、幸運の女神は俺たちに微笑んでくれたみてえだ。


「んじゃここからおさらばするか」


 俺たちは絶望した表情の婆さん口にガムテープを巻き付け、居間から立ち去ろうとしたその時だった。


 突然背中にとんでもねえ悪寒が走った。それはほかの仲間も同じらしく全員が動きを止めた。


 何かいる……背後に何かが……


 俺はゆっくりと後ろを振り返った。するとそこには般若の面をした黒いコート姿の男が立っていた。


 なんだこの不気味な男……いやそうじゃない! コイツはどうやって居間に入ってきた!? 入口は俺たちが入って来た場所しかない。そもそもこの家は婆さんの一人暮らしだったはずだ。まさかたまたま息子か孫が遊びに来ていて、俺たちが来たのを察して押し入れに隠れていたとでもいうのか? ならなぜ今になって出て来た? 死にたいのか?


 そんな事を考えておると般若面の男が口を開いた。


「今度は強盗か。家の中じゃちょっと狭いな」


「な、なに余裕かましてんだこの野郎! 抵抗するなら殺すぞ! おとなしくその場に伏せろ」


 仲間のユウが般若面の不気味な男へナイフを突き付けながらそう言った。


 すると男は右腕を前に出し一言二言呟いた。その瞬間、身体から何かが抜けたような感覚を覚えたと思ったら、般若面の男の腕から無数の黒い何かが飛び出し俺たちへと向かって来た。


 な、なんだありゃ! ま、まさか加護持ち!? 婆さんの家族に加護持ちがいるのか!?


 マズイ! 加護持ちの権能の威力は銀鯱会の用心棒にさんざん見せられたから知っている。俺たちで敵う相手じゃねえ!


「や、やべえ逃げ……」


 俺は震える足にグッと力を入れ、仲間に逃げるように言いながら般若面の男に背を向けた。


 しかし黒い何かが俺たちを包み込み、その瞬間俺の下腹部辺りに激痛が走った。


「ぐっ……なんだこれ……ぼ、膀胱ぼうこうが……」


「ヘックション! ヘックシッ! クシッ! な、なんだ急にくしゃみが……目もめちゃくちゃ痒い」


「急に胃が……胃が痛えよぉ!」


 俺が膀胱に走る激痛に耐えていると、隣にいた仲間たちも次々と体調不良を訴えて来た。


 なんなんだよこれは! さっきの黒い何かのせいなのか? やはり権能だった? でもこんな権能の攻撃なんか聞いた事ねえぞ。


 だ、だめだ。このままじゃ殺される!


「い、急げ! とにかく逃げるんだ!」


 俺は激痛に耐えながら声を振り絞り、フラつきながら居間から出て玄関へと向かった。


「ぐっ……ハァハァハァ……追っては来てねえか。俺だ! 急いで車を回してくれ!」


 玄関から出た俺たちは広い敷地を塀へと向け走りつつ、外に待機させていたもう一人の仲間へと携帯で連絡した。


 そしてもう塀へと辿り着き、よじ登ろうとした時だった。


「ここまで離れれば十分か」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえ、振り返るとそこには般若面の男が立っていた。


 いつの間に? 追ってくる気配なんてまったく感じなかったぞ? いや、こいつは加護持ちだ。一般人の常識なんて通用しねえ存在だ。


「は、早く塀を登れ! 車に!」


 俺は塀に手を掛けながら震えて固まっている仲間の尻を叩いた。


黒荊くろいばら


 しかし般若面の男が何かを口ずさむと、俺と仲間の足下から黒い棘付きの蔦のような物が現れ足から腕へと巻きついた。


「ぐっ……」


「ぐああああ!」 


「痛てえ! なんだよこれ!」


 仲間の悲鳴が聞こえる。俺は腹部の痛みと、巻きついた蔦の棘が腕と太ももに食い込む痛みとで声が出なかった。


『闇刃』


 身動きが取れずにいると、再び般若面の男が何事かを口ずさんだ。すると10以上の黒い半月状の物が男の前に現れ、それは弧を描きつつ黒い蔦によって磔にされている俺たちへと向かって来た。


 そして俺たちの両手首と両足首を切り塀へと突き刺さった。


「あがっ!」


「ぐあっ!」


「ぎゃああ! あ、足が!」


「お婆さんが警察に連絡済みだ。しばらくそこで待っていろ」


 激痛に耐える俺たちへと般若面の男はそう言って助走もなしに塀を一足飛びで飛び越え、数秒後に塀の向こう側から悲鳴が聞こえて来た。それは車で待機させていた仲間の声だった。


 それから少しして棘の蔦が消えると同時にサイレンの音が聞こえてきた。


 しかし両手両足を切られた俺たちは、その場から動くことができなかった。


 くそっ……何が幸運の女神が微笑んだだ! 加護持ちがいる家だったとか、とんでもねえ厄日じゃねえか! ハメやがったな情報屋!


 俺は警察が門から駆け寄ってくる姿を睨みつけながら、出所したら情報屋を殺してやると心に決めるのだった。





 ——名古屋市住宅街 八神 遥斗 ——



「さて、警察も来た事だし帰るか」


 婆さんの家にパトカーが停まるのを遠くから確認した俺は、般若面を外し隣で味噌煎餅を齧っている黒闇天を見てそう告げた。


「そうじゃの。今日のところはこんなもんかの」


「しっかし毎日毎日犯罪ばっかだな」


「何を言っておるのじゃ、まだまだたくさんあるわ。助けたいなら連れて行くぞ?」


「たくさんの人が傷つく事件とかあるのか?」


「ふむ……妾が探知できる範囲では今のところはないかのう」


「なら帰るわ。小さな事件の被害者には悪いが、俺は正義の味方じゃないんだ。多くの人が不幸になったり目の前で犯罪が起こってるならともかく、自分を犠牲にしてまでいちいち首を突っ込もうなんて思わねえよ」


 ぼったくりバーの被害者を助けてから、この4日間で結構な数の犯罪に介入した。いくら睡眠時間が少なくていいとはいえ、明日は今年最後のバイトということもあり、朝から会社の大掃除がある。それが終わった後は一度家に帰り、家族が寝静まってからまた運の回収に行かなきゃならない。名古屋だけで頻繁に犯罪が起こってるんだ、全部に介入してたら身が持たない。


「くふふ、そうじゃの。この荒れておる世界ではそれくらいがちょうど良いじゃろう」


「基本的に自分のためにしてることだしな」


 もう二度と不意打ちの失恋をしないためにな。アレだけはもう二度と経験したくねえ。


 そんなことを話しながら俺たちは帰路についた。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「皆今年もご苦労様でした。毎年恒例の商店街の福引券を配布しますので、受け取ってから帰ってください。それではみなさん良いお年を。来年もよろしくお願いします」


 押し入り強盗を撃退した翌日の昼。バイト先の大掃除が終わると、人事部の課長がバイトの皆にそう言って去っていった。


「先輩、福引券てなんすか?」


 福引券のことが気になったので隣にいたバイトの先輩に聞いてみる。


「ああ、八神は春から入ったから知らないのか。この会社は商店街の年末の福引きイベントに出資していてさ。ほら、商店街にはお得意様が多いだろ? だから出資している代わりに福引券を大量にもらってくるんだよ。それを毎年バイトに配ってるって訳だ。去年は松坂牛を当てた奴がいたし、何年か前には温泉旅行を当てた奴もいるんだぜ?」


「へぇ、なるほど。それはいいですね」


 うちも毎年1回分の福引券を持ってガラガラを海音が回しに行っていた気がする。ティッシュしか当たらなかったみたいだけど。個人的には確か4等の松坂牛が当たって欲しかったけど、まああの時は家が貧乏神に取り憑かれてたわけだし当たる訳ないよな。


 ん? ということは今なら俺以外が引けばワンチャンあるな。これは是非もらって帰らないとな。


 そして俺は事務室で福引券をもらってから家へと帰った。福引券はなんと10回分もあった。これはもしかするともしかするかも!?



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「すごい! さすがだよお兄ちゃん! 愛してる!」


「ははは、海音に喜んでもらえて兄ちゃん嬉しいよ」


 家に帰って海音に福引券を渡すと、彼女は俺に抱きつきながら喜んでいた。ハハハ、こういうところはまだまだ子供だなぁ。っておい、海音。胸をグイグイ押し付けるな。ほんとマセてきてるな。


「貯めていた分で1回分はあるから、これで11回もガラガラを回せる! きっと1等の首都京都の温泉旅行が当たるよ! 間違いなしだよ!」


「全部ティッシュだったりしても落ち込むなよ?」


「不吉なこと言わないでよ! 数打ちゃ当たるだよお兄ちゃん! 私とお母さんにまかせてよ!」


「ふふふ、旅行が当たったら嬉しいけど、交通費が掛かるのよね。お母さんは4等のお肉がいいわ」


「俺も高級松坂牛がいいな。冷凍しとけば保つし」


「あ、私もお肉がいいかも……」


「あはは、じゃあ松坂牛狙いで行こう」


 交通費と聞いて海音も冷めたようだ。結構かかるし首都は物価が高いしな。


 旧首都である東京が魔界化する前から京都は物価が高かったみたいだし、うちとしては肉の方が嬉しい。


 ちなみに2等は大型テレビ、3等は最新の家庭用ゲーム機と人気のゲームソフトのセットで、4等が松坂牛、5等がお正月宝くじ券50枚だった。それ以下は商店街のみで使える千円分の金券と洗剤やティッシュだ。肉が駄目なら金券をなんとか当てて欲しいもんだ。


 海音と母さんに明後日から行われる福引に俺も誘われたが、一緒に行くと黒闇天の影響があるかもしれないからな。年末年始の新しいバイトの準備があるからと、適当な理由を付けて言って断った。まあそんなバイトはないんだけどさ。夜に運を回収しに行くためにバイトがあることにしないとグレたと思われるからな。


 さて、今夜もみんなが寝静まったら出発するとするか。


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