第30話 モンスタートレイン


 バレンタインデーの夕方。


 この日の俺は魔界の中だというのにごきげんだった。違うな、宝くじの当選を知らされてから十日間はずっと機嫌が良かったかも。


 当選を知ってからは毎日家族とお金の使い道について楽しく語り合い、当選金が入金された日は母さんの通帳を前に家族全員で大はしゃぎした。


 そして一昨日の土曜日には念願のスマホを家族全員で買いに行き、番号交換をしたりSNSデビューを果たしたりした。毎日の食卓も今までとは月とスッポンだ。


 今朝なんて母さんと海音から、今までで一番豪華な手作りチョコをもらった。海音は昨年同様に首にリボンを巻いていたけど、これも昨年同様に見なかったことにした。


 学校では相変わらず避けられてはいたが、放課後に佐竹のとこで将司たちと合流した際に美香ちゃんから手作りチョコをもらった。ロリコンじゃないけど、家族以外から手作りのチョコをもらったのは初めてだったから嬉しかった。


 キテると思っていた。家族の宝くじ当選のおこぼれに授かり、借金が消え欲しかったスマホもチョコもたくさんもらえたんだ。さらには冬休み以降、俺に不運らしい不運は起こっていない。やっと普通の幸運が来た。そう思っていた。


 だがそれは俺の勘違いだった。確かに黒闇天の加護を受けた俺は他人の運を奪うことで、彼女から幸運を吸い取られたことによる不運は起こっていない。だがそれはマイナスがプラマイゼロになっただけだ。


 なのになぜか幸運が続いている。俺は海音や母さんと違って、八神家から過去に黒闇天が吸い取った幸運の払い戻しの対象外なのにだ。


 運とは天秤だ。幸運に天秤が傾けば、それと同じくらいの不運が起こり天秤を元の位置に戻そうとする。


 当事者では無いが、2億円という宝くじの当選によって俺は少なくない幸運を得た。欲しいものも手に入ったし、2ヶ月近く不運に出会ってないうえに初めて家族以外からチョコをもらった。


 それらの幸運のあとに何が起こるか? 


 言うまでも無いだろう、相応の不運が起こるだけだ。


 そして今日、その不運が突然訪れた。



《遥斗! 悪鬼の大群がやって来るぞ!》


 前橋市の工業団地の5階で宝探しをしている将司たちを護衛している途中、黒闇天が少し焦った様子で悪魔たちの来襲を告げた。


《なっ!? 大群ってどれくらいの数だ?》


 グールが二、三十体来ようがなんとかなる。今日はまだ従兵たちからはそれほど運を回収していないし。


《まだ距離があるゆえすぐにここにはやってこんと思うが、ちんまいのも合わせると百、いや百二十ほどはおるの》


《百二十だって!? なんでそんな数のグールがここに!?》


 なんでだ? 昨日連れてきた従兵とは人員を入れ換えてあるぞ? なのになんでこんな不運が起こるんだよ!


《悪鬼の近くに他の神の気配を複数感じるゆえ、恐らく追われておるのじゃろう。む? おお、遠くにおったから気付かなんだが、よく知った気配もおるの。悪鬼より先にこっちにやって来そうじゃ》


 知り合いの神の加護を得ている者が近くにいるからか、黒闇天は口もとに笑みを浮かべ東の方角を見つめていた。


《複数の神の気配って、まさか軍?》


《恐らくの。それとグールは二十程度じゃ、残りは遥斗らが魔人やインプと呼んでおる悪鬼じゃ》


《ぶっ! Cエリアの悪魔がなんでDエリアに来るんだよ!? あっ! まさか軍が引き連れて来たのか!?》


 だとしたらふざけんなよ!? なんでわざわざCエリアから百体もモンスタートレインしてくんだよ!


 って、そんなこと言ってる場合じゃない! 早く逃げないと!


「将司! 悪魔の大群がここに向かってる! 逃げるぞ!」


 俺は将司たちが宝探しをしている部屋に向け大声で叫んだ。


 するとすぐに将司たちが俺のいる玄関へと駆けてきた。


「に、兄ちゃん! 大群ってホントなのか!?」


「ああ間違いない! 急いで逃げるぞ!」


 俺の言葉に将司や美香ちゃんたちは素直に頷き共有廊下へと出た。


 廊下に出ると、ちょうどほかの部屋で宝探しをしていた従兵たちがいたので悪魔の大群がここに向かってきていることを伝え皆で急いで階段を降りる。


 しかし1階に降りて団地から出た所で運悪く数体のグールと遭遇した。


 俺はすかさず黒荊でグールを拘束し、将司たちと従兵たちには団地前に待機させているトラックに先に向かうように命令した。


 そして急いでグールの首を腰に下げていた魔剣で切り落とし、将司たちの後を追おうとした時だった。


 団地の敷地の入口近くから20人以上の武装した集団が現れた。


 彼らは軍の正式装防具である黒武者とその女性版である赤武者を身にまとい、手には魔剣と魔槍。そして赤い光を放つ棍棒のような物を持っていた。


 そんな彼らの後方の空に、まだ距離はあるが複数の人影らしきものが見える。恐らくあれが30体いるというインプだろう。さらにあの下には百近くの魔人とグールがいるはずだ。


 インプは人間の幼児の遺体に憑依した悪魔だ。その身体の大きさは幼児のままだが、肌の色は青白く顔は醜悪で、額からは一本の角がある。そして背中には蝙蝠のような羽と、尻からは尖った長い尻尾が生えている。


 性格は凶暴らしく、やたらと魔力弾という魔力を固めた玉を打ってくるらしい。


 クソッ、間に合わなかった! 空を飛ぶ悪魔があんなにいるんじゃトラックで逃げてもすぐに追いつかれて狙い撃たれる! いくら俺でも走ってる最中にあの数を対応するのは無理だ。


 とにかく将司たちを守らなきゃと思った俺は、トラックが停まっている場所へと全力で駆けた。


 それと同時に入口にいた軍の兵士たちも、トラックが停まっている場所へと向かってくる。


 こっちくんじゃねえよ! 団地の入口で肉壁になってろよ!


 そう心の中で悪態をついていると、先頭を走る女性が俺に向かって声を張り上げた。


「そこの般若の面をしている男! 魔人とインプの群れがこちらに向かっている! ここで悪魔を迎撃するから協力しろ! トラックは接収し子供はこちらで保護をする!」


「チッ、アンタたちが連れて来た悪魔だろうが! こっちを巻き込むんじゃねえ!」


 悪魔を引き連れて来たのは自分たちのくせに、あまりにも勝手な要請をする女に俺は怒りをぶつけた。


 そんな俺の反応に女はトラックの前で立ち止まり、赤いヘルムを脱いだあと収まっていた長い黒髪を左右に振ったあと俺に冷たい眼差しを向け再び口を開いた。


「フンッ! 魔界には軍以外は立ち入り禁止だ。勝手に危険な場所に入ったのだから、当然こうなる覚悟くらいはできていたんじゃないのか?」


「くっ……」


 痛い所を突いてくる。


 確かに魔界は一般人は立ち入り禁止だし、そこに無断で入った以上は何が起こっても文句は言えない。


 というかこの女、美人だけどめちゃくちゃ怖いな。


 命令し慣れている感じだし、防具の赤武者は一人だけ最新式だ。胸部がやたらと盛り上がっているのが気になるが、手には神武器っぽい赤く光る棍棒を持っているし、肩にある階級章は確か中尉の物だったはず。だとしたら彼女が指揮官なのだろう。


「わかったなら協力しろ。貴様の処罰は全てが終わった後だ。貴様の実力は知らないが子供たちを死ぬ気で守れ」


「……わかったよ」


 こうなったら仕方ない。逃げるのは諦めて戦うか。


 そう覚悟を決めていると、団地の敷地の入口に30体のインプと魔人とグールの集団が現れた。


 真っ直ぐこっちに突っ込んで来るのかと身構えたが、魔人はインプと共に団地を囲むように展開を始めた。


 包囲して逃げ場を無くそうってわけか。Cエリアからずっと追いかけっこをして来たからもう御免ってことか? なかなか賢いじゃねえか。さすが人間と同等の知能を持つ悪魔なだけはあるな。あーでもグールはそんなの関係ねえって感じてこっちに向かってくるな。グールは馬鹿だからな。


 団地の敷地の入口に立っている魔人は、若い個体だらけで人間に近い容姿をしている。ただ悪魔らしく浅黒い肌と長く尖った耳をしているし、口には短い牙を生やしている。男性型の魔人はマッチョ系で、上半身はほぼ全員が裸で下半身は様々な生地のズボンを履いているようだ。それと手には鹵獲した錆びた剣や槍などの武器を持っている。


 対して女性型の魔人の身体は細く、出るところは出て引っ込んでいる所は引っ込んでいるなかなかグラマー体型をしている。上半身は残念ながら布で乳房を隠しており、下半身はボロボロのズボンや短パンや短いスカートなどを履いている。手には武器を持っていないな。確か女性型は魔力が多いらしく、遠距離からの魔力弾での攻撃がメインだと本に書いてあったっけ。


 そんな70から80近くいるの魔人と30体のインプが、俺たちを包囲しようとしている。


「逃す気はないということか。総員迎撃体勢! 来るぞ! 分隊はグールを先に処理をしろ! 般若面! 貴様は荷台に登り子供たちの盾となれ! 神力が残っているなら出し惜しみはするな!」


「りょーかい隊長殿」


 俺は指揮官らしき女の指示に従いトラックの荷台の上に登った。


 トラックの下では軍の兵士がグールと戦っているが、うちの従兵はみんな魔人とインプを見て顔を青くして震えている。


 魔人とインプは包囲が完成していないせいかまだ動かない。団地の入口ではリーダーらしきガタイの良い男の魔人が、女の魔人を両隣に侍らせてニヤニヤした顔でグールと戦う兵士たちを見ている。


 悪魔にもハーレムとかあんのかよ。あの魔人むかつくな。よし、真っ先に殺そう。


 さて、上手いこと全員がトラックの周囲に集まってるな。全部で36人か。悪いな、そこは俺の権能の範囲内なんだ。


 美人隊長殿から出し惜しみをするなとの命令なんでね。隊長殿も恨まないでくれよな? アンタがした命令なんだからさ。


 使える運は長期入院や恋人を寝取られたり離婚を覚悟してもらえれば600枚分はある。俺の対集団戦の最強の手札である第四階位権能15回分だ。


 そしてここは魔界で周囲は廃墟。壊したい放題やりたい放題ときたもんだ。


 いずれ入ることになる軍の先輩たちと指揮官が見ていることだし、将来のためにいっちょアピールしときますかね。

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