第32話 交渉


 今後の方針を決めた俺は、未だに呆然としている美人隊長へと声を掛けた。


「隊長さん、魔人は全て殲滅したぞ」


「!? さ、散開!」


 俺の声にハッとなった美人隊長は、突然号令を掛けた。


 すると隊長と同じように固まっていた小隊の兵士たちが、トラックから降りて一番先頭にいた俺を慌てた様子で包囲し魔剣と魔槍を向けてきた。権能を警戒しているのか、隊員同士かなりの距離を置いているようだ。


 よく訓練された兵士だなと思いつつ、俺はため息を吐きながら口を開いた。


「悪魔がいなくなった途端にこれかよ」


「……あれほどの力を見せられたなら仕方ないだろう。君はいったい何者なんだ? なんの神の加護を得ている? これほど禍々しく、とてつもない威力の権能など見たことがない。神力の量もそうだ。第四階位に加え第三階位の権能をあれほどの数を放てる神力を保有している者など、軍全体でもトップクラスだ。その若さでこれほどの力をどうやって手に入れた?」


 そう問いかけてくる美人隊長の目には若干だが恐れを感じる。貴様から君と呼び方が変わったのもその現れだろう。


 あとは恐らくだが神力がほとんど残ってないんだろうな。いくら強力な神の加護を得ていても、神力が枯渇していれば普通の従兵と変わらない。それにかなりの距離を逃げてきたことから、兵士たちの顔も疲労の色が濃い。そんな所に百近くの魔人とインプを一人で殲滅した男がいれば、恐怖を感じるのも仕方ないだろう。


 これはちょっと一人でやりすぎたか? ちゃんと敵意がないことを伝えないと、今は見逃されても軍に戻った後に危険人物として討伐対象にされそうだ。


 というかこんな状況だってのに、黒闇天は美人隊長の肩にいるらしき毘沙門天の写し身となにか話してるし。少しは俺を心配しろよ。


 内心で黒闇天に悪態をつきつつ、俺は両手を上げ敵意がないことを示しながら口を開いた。


「まず俺に敵意がないことは言っておく。そして俺の素性を話す前にこれだけは言わせてくれ。俺たちはアンタたちが引き連れて来た魔人の群れとの戦いに巻き込まれ、連れてきた子供たちを守るために仕方なく戦うことになった。そして結果的に俺一人で倒したわけなんだが、悪魔がいなくなった途端に危険人物扱いされこうして剣を向けられている。確かに魔界に無断で入ったのは違法行為ではあるが、それにしたってこの扱いはさすがに酷すぎないか?」


「ぐっ……」


 俺の正論に美人隊長も兵士たちもバツの悪そうな顔をしている。当然だ。俺は法を侵しはしたが、誰にも迷惑をかけていない。それどころか軍に迷惑を掛けられた挙句、その部隊を救ったんだ。感謝こそすれ剣を向けていい相手じゃない。


 でも、だからどうしたと言われなくてよかった。スカベンジャー相手でもちゃんと良心の呵責に苦しんでくれるならいけそうだな。


「そこでだ。少しでも悪いと思うなら俺と仲間たちを見逃してくれ」


「……それは無理だ。子供たちやスカベンジャーはともかく、君のような軍に登録されていないうえに、強力な権能を使う者を野放しになどできない。我々と共に宇都宮駐屯地まで同行を願おう」


 よしよし、将司たちは見逃すのは問題なさそうだ。もともとスカベンジャーに関しては、悪魔を間引きできることから見て見ぬ振りをしていたくらいだしな。


「般若の面をしていることから気づいているとは思うが、俺が軍が探していた般若面の男だ。そしてテレビで言ってたように、俺は未申告の加護持ちだ。明日にでも隊長さんのもとへ申告しに行くと約束する。だから今日のところは見逃してくれ」


「……私のところに必ず来るという保証などないだろう」


 お? なんかいけそうだ。なかなか話がわかるじゃん。


 俺はズボンの後ろポケットから二つ折りの財布を取り出し、中から学生証を抜いて指で写真と名前の部分を隠しながら美人隊長に見せる。


「この通り身分証と素顔を見せる。自宅の連絡先も教える。これなら俺は逃げられない」


「驚いた……スラム街の孤児ではなかったのか」


「ああ、ちゃんと家族がいる。でも加護のことはまだ家族に話してないないんだ。それなのにいきなり軍に連れていかれたら心配をかちまう。だから今日は同行できない。明日、家族に話してから隊長さんのとこに行くからさ」


「……魔界を出た後に自宅に確認を取らせてもらうが?」


「構わない。軍からってことは伏せてくれよ?」


 よしよし、上手くいった。


「いいだろう。あともう一つ、君に協力してもらいたいことがある」


「げっ、まだなんかやらせるつもりかよ」


 まさかトラックはもらって行く、お前たちは歩いて帰れとか言わないだろうな? 


「ここに来る途中で置いていいった部下がいる。その部下を迎えに行きたい。祝福はまだ消えていないことから生きているのは間違いない」


「俺に同行しろと?」


「場所はここから5キロと離れていないが、我々は神力をほぼ使い果たした状態だ。グール程度ならどうとでもなるが、魔人の生き残りや後を追ってきた大型魔獣がいないとも限らない。念のためについてきて欲しい」


「なるほど、そういうことなら同行する」


 確かにさっきの群れからはぐれた魔人がいるかもしれないし、Cエリアから大型魔獣も引き連れてきている可能性もあるな。部下を救いたいと言われ、それを断るのも忍びない。


 何より俺たちを巻き込んだお仕置きがまだ不十分だ。人数換算したら一人当たり3〜4枚程度しか運を奪えてないしな。道中現れた悪魔はグールだろうが魔猫だろうが魔人だろうが全部俺が倒して仕返ししてやる。特にそこのイケメン兵士! トラックの上から見てたぞ! お前が魔人との戦闘前に可愛い女の子と一緒に映ってる写真を見ていたのを! リア充は爆発させてやる!


「私から言っておいてなんだが、あれほどの数の権能を放った後だというのに神力がまだ残っているのか?」


「正直それほど余裕はないけど、救えるはずの人間を見捨てるのは寝覚めが悪い」


 余裕です。そこのイケメンが明日恋人に振られるくらいは権能を使えます。


「……そうか、協力に感謝する。では身分証を見せてもらおうか、あとその面の下にある顔を確かめさせてもらう」


「うちの従兵たちには見せたくないんで少し移動させてくれ」


 俺はそう言って美人隊長の後ろに移動し、トラックを背にした形で学生証を渡し般若の面を外した。


「八神遥斗17歳か……若いとは思っていたがまだ学生だったとはな。それに……フッ、なかなかにいい男じゃないか」


「そりゃどうも。ただ、加護のおかげで怖がられているけどね」


 いい男か? まあ親父似だからそこそこ顔は良いんだろうけど、中高と恋人ができていない以上はそれなりの顔なんだろうな。告白された日にフラれるぐらいだし。おのれ黒闇天!


「ん? ああ、確かに影が差しているというか全体的に暗い感じは受けるが、怖いというほどでもないな。そうか、加護の影響だったのか。ところでどのような神の加護を得ているのだ?」


「それは後で話すよ。うちの従兵に聞かれるとまずいんでね」


 帰る時に睨まれそうだ。失恋したやつ多いし。


 しかし同じ加護持ちからは、そこまで負のオーラは影響しないのかな? それなら対魔学園での生活も希望が見えるな。 


「それほど秘匿したくなる神か……私の神の写し身が、先ほどから何やら君の神と親しげに話していることから同じ仏教系だとは思うが……まあ後で教えてくれるならそれでいい」


 美人隊長はそう言って学生証を返してくれた後、自宅の連絡先を俺に聞きメモをした。それを一人の兵士に渡しながら5人の兵士を連れトラックに乗り、将司たちと俺の従兵をとりあえず軽井沢まで送り駐屯地に応援を要請するように指示をしていた。


 どうやら美人隊長と俺はその間に置いてきた部下を救出しに行き、救出後に将司たちを送った兵士たちが運転してここに戻ってきたトラックに乗って軽井沢に向かう予定のようだ。その後俺は解放され、将司たちと一緒にトラックで佐竹のいるホテルまで帰る流れとなるみたいだ。


 その説明を聞いた俺は般若の面を再び被り将司たちに大丈夫だから待っているようにと伝え、美人隊長と18人の兵士たちと市街地へと向かうのだった。


 イケメン彼女持ちはちゃんと残ったなヨシヨシ。モンスタートレインで、よりにもよって魔人の群れなんか引き連れて来てくれた礼をちゃんとしないとな。みんな仲良く一人者になろうぜピクニックに行くとするか。


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