第14話 魔界へ



「ただいま遥斗」


「ただいまお兄ちゃん。お肉駄目だったよ」


「あはは、やっぱダメだったか。景品はなんだった? ティッシュと洗剤か? まあいくらあっても困るようなもんじゃないし、タダで手に入ったんだ。喜ぼうぜ」


 商店街の福引を終え、居間に入ってきた笑顔の母さんと少し落ち込んでいる海音を俺は笑顔で迎えた。


 11回も回せばもしかしてとは思っていたけど、さすがにそんなには甘くなかったか。


「ううん、お肉は駄目だったけど、商店街で使える金券は当たったんだ。じゃーん! 2千円分! それと5等の宝くじも!」


「おおー! 凄いじゃないか! 金券は助かるな。それで肉を買えばいいか。なあ母さん」


「ふふふ、そうね。そう言うと思ってさっそく買ってきたのよ。お昼はお肉にしましょう」


「松坂牛じゃないのは残念だけどね」


「そう言うなよ、肉ならいいじゃないか。それと宝くじの方は確か50枚だったっけ? なら千円くらいにはなるんじゃないか?」


 クソ親父が貧乏なのによく買ってたからな。まあ毎回数百円しか当たらなかったけど。そしてその数百円でスクラッチクジをやって0円になる。あの馬鹿はそういう男だ。まだ小学生で育ち盛りだった俺たちは、億万長者の夢より肉が食いたかった。


「そうだね。過去の義父さんの統計からそんなもんだよね。でも、もしかしたらもしかするかも? そしたら1等前後賞で2億円だよ!」


「あははは! ナイナイ。期待するだけ無駄だって。それより肉だ。肉を食おうぜ母さん」


 いくら家が貧乏神から解放されたとはいえ、たった50枚で当たるならみんな億万長者になってるっての。そんなことより腹減った。


「はいはい。今焼くから待っててね」


 そういって母さんは笑いながら台所へと向かった。


 海音も言ってみただけで期待など微塵もしていなかったんだろう。宝くじを仏壇の上に置いたあと、母さんんお手伝いをするべく台所へと向かった。


 その後、家族三人で焼けた肉を美味い美味いと言って食べるのだった。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎


《……次のニュースです。昨夜未明、銀城埠頭にある愛知県指定暴力団の銀鯱会の事務所が何者かに襲撃を受けました。その後、構成員たちに拉致されたという女性から通報を受けた軍と警察により、その場にいた構成員28名と脱走神兵を1人拘束いたしました》


「うわぁ、銀鯱会って名古屋で有名な暴力団でしょ? その事務所が襲撃されるなんて、また暴力団同士の抗争かなぁ」


「この辺りは大丈夫だと思うけど……遥斗、新しいアルバイトは市街地なんでしょ? 気をつけるのよ?」


「え? あ、ああ。大丈夫だよ母さん」


 焼肉を食べながらテレビを見ていると、昨夜襲撃した銀鯱会のことがニュースで流れていた。


 一瞬やっていることになっているアルバイトのことを聞かれて焦ったが、昨日の襲撃の件がニュースになるのは予想していたので動揺することなくテレビを見ている。


《……警察の調べによりますと、般若面の男が銀鯱会の事務所を突然襲撃したとのことですが、軍は拉致され現場にいた20代女性二人の証言から、女性たちを救うために般若面の男が助けに来たとの認識です》


「あっ! また般若の面の男性が人助けしたんだね! 本当なら加護持ちは悪魔と戦って欲しいけど、こうして街の安全のために戦ってくれるのもアリだよね」


「そうね。今回もそうだけど、脱走した元神兵が犯罪に加担することも多いものね」


「そ、そうだよな。警察はアテにならないしな」


 良かった。海音と母さんの印象は悪くないみたいだ。というかやっぱり警察は銀鯱会を庇ったか。軍にも連絡しておいて良かった。でなきゃあの女性たちが今度は警察に酷い目に遭わされるところだった。


《警察及び軍は今回の事件を受け、国民の安全のためにも般若の面の男を必ず捕縛すると意気込んでおり……》


「なんで捕まえちゃうの? 悪いことしてないのに」


「やっぱり怖がる人がいるんでしょうね。たった一人で脱走した神兵のいる暴力団の事務所を壊滅させる力を持っているのだもの」


「まあそうだよな」


 神の力とはいえ超常の力を持つ人間が野放しにされてるんだ。いくら人助けをしようが、一般人には脱走兵と変わらない印象なんだろうな。俺も人助けをしようとしてやってるわけじゃないし、別にそう思われても構わないけど。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「遥斗、尾張と三河の繁華街や暴力団事務所付近は、警察と軍がウロウロしておるようじゃの」


「本気で俺を捕まえようってことか。正月早々にご苦労なことで」


 夜になり家族で年越しそばを食べて新年の挨拶を終え部屋に戻り、黒闇天に今夜の運の奉納をどうしようかと黒闇天に相談すると、彼女は少し見てくると言ってしばらく姿を消したあと再び現れて街の状況を説明してくれた。


 どうやら警察と軍は本気で俺を捕縛するために動いているらしい。放置していてくれれば、春には加護の申告をしに行くんだけどな。俺の権能は防犯カメラ等に映ったことで知られているだろうから、申告時に軍に般若面の男かと疑われそうだけど。


でも俺は顔を見られていないからシラを切り通すつもりだ。捕まりさえしなければどうとでも誤魔化せる。もしバレたとしても、別に犯罪を犯しているわけじゃないから処罰されたりはしないだろう。


 過去にも加護を受け、使い方がわからないまま事故を起こした子供はお咎めなしだったし。その中には意図的にいたずらに使ったと思われるのもあったが、その辺は軍が責任を持って管理することで許されていた。だからバレても精々監視がキツくなる程度だろう。


「でも動きにくくなったのは確かなんだよな」


「ふむ、遥斗も権能に慣れてきたし、同じ加護持ちとの戦いも経験したゆえそろそろかの」


「ん? そろそろって?」


「このままでは第三階位の権能を使えぬままじゃろ?」


「うん、まあそうだけど」


 アレは強力すぎる。ヘタしたら殺してしまう。


「なら第三階位でも第四階位でも遠慮なく使える所を案内してやろうと思っての」


「そんな場所があるわけないだろ。あったとしても第三階位以上の権能を使う相手なんて……ハッ!? ま、まさか!」


「うむ。魔界へ行く」


「ええ!? ま、まだ早いだろ! それに魔界には人間がいないだろ! 悪魔から運は奪えないんだろ? なら俺一人で魔界に入ったら抵抗できないまま殺されてグールになるのがオチだ!」


 一人で戦えないから軍に入るんじゃねえか! 仲間(生贄)無しで魔界化した土地で悪魔と戦えるわけがない!


「大丈夫じゃ、妾に考えがあるゆえ心配するでない。運を回収する人間はたくさんおる」


「魔界に? まさか軍と悪魔の戦闘に乱入するつもりじゃないだろうな?」


 勝手に乱入して兵士から運を奪いながら権能撃ちまくって逃げるとか? 運の通り魔じゃねえか。


「そんなことをすれば魔界でも軍に追われてしまうではないか。まあ信じてついて来るのじゃ。ほれ、はよコートと面を持ってまいれ」


「……本当に大丈夫なんだろうな? 防具とか持ってないんだぞ?」


 自信ありげに言う黒闇天を前に俺は渋々と部屋着からジーンズに黒のハイネックセータへ着替え、黒のコートを羽織り般若の面と靴を用意した。


 魔界にこんな軽装で行って本当に大丈夫なのかなぁ。またとんでもない事をさせられそうな気がする。


 でももう街で運の回収はできそうもないしな。それに対魔学園への編入前に悪魔を倒して神力をできるだけ上げておきたいというのもある。というのも、俺の権能に神力は必要なくても、対悪魔専用の特殊武器を扱う際には必要だからだ。それとこれが一番の理由だが、第五階位以上の権能は『神降ろし』をしなくては発現できない。神降ろしは俺でも神力がないとできないみたいなんだよな。


 神降ろしとは、呼んで字の如くその身に神を降ろす。つまり神を憑依させることだ。神降ろしをすると第五階位の権能が使えるようになる。これはかなり強力で、軍でも使える者は数少ないしその上の第六階位を使える神兵は日本にはいない。


 さすがに在学中に神降ろしができるほどの神力を身につけることができるとは思っていない。4年在学した卒業生でも、戦闘系の加護持ちが第三階位まで使えるようになっていれば優秀と評価されるくらいだし。


 でも俺は守護持ちだ。守護持ちは加護持ちに比べ神力の量は多い。今のうちに少しでも悪魔を倒せば、それだけ早く神降しができるようになる。そうなれば当然優秀な神兵として認められ、早い段階で縁談が来て可愛い嫁さんを複数もらえるかもしれない。そう、これは暗殺から身を守るために必要なことなんだ。俺にはお嫁さんがたくさん必要なんだ。


 よし、どうせいずれ悪魔とは戦うんだ。ここは黒闇天を信じて神力を上げに魔界へ行くか! 


「くふふ、そうじゃの。暗殺から身を守るためには必要じゃの」


「そ、そうだよ。というかまた思考を読んだのかよ!」


「聞こえて来るのじゃ。聞かれたくなければはよ念話を上手く使えるようになれ」


「ぐっ……」


 難しいんだよ。


「さて、覚悟ができたようじゃの。では行くとするかの」


「お、おうっ! 悪魔だろうがなんだろうがぶっ飛ばしてやる!」


 俺の幸せな未来のために!


 こうして俺は生まれて初めて魔界へ挑戦することになった。


 そしてこのあと、俺は魔界で本当の不幸を知ることになるのだった。

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