第4話 風間教官と学園ニュース


 ——対魔学園 浜松校 教官 風間 桃子とうこ ——




 神兵科の始業式が終わり職員へと戻ってきた私は、机に座りノートパソコンを開いて武技と権能の実技訓練計画の作成を始めた。


 去年は配属されたばかりということもあり計画書の作成に手間取ったが、正直言ってDクラスのことなど誰も気になどしていない。適当に入力して提出すれば良いことに気付き、それからは先任の教官の訓練計画データを少しいじって提出するだけにしている。


 対魔学園のDクラス。このクラスはいわゆる落ちこぼれや、扱い難い加護を持つ者たちを集めたクラスだ。浜松校も私が卒業した熊本校もそれは変わらない。


 単純に学業の落ちこぼれはいい、卒業後に最前線に配属させればそれなりの成果を生み出すだろう。だが権能の力が弱かったり、前線では使い難い権能だったりする場合は厄介だ。その中には内々にだが、神力を増やさないよう指示をされている生徒もいる。


 そのうえDクラスは戦闘系より支援系の加護持ちが多い。そんな彼ら彼女らを魔界での実戦訓練で生き残らせ、かつ一部の生徒の神力を増やさないように気を配らなければならない。正直言って面倒以外何者でもない。


 そんなクラスの担当教官をやりたいと思う者など当然いない。誰だって受け持った生徒が死ぬのを見たくないし、その責任も取りたくない。だから他のAクラスからCクラスの担当教官と違い、Dクラスは軍の左遷先の一つとなっている。


 そう、私は昨年左遷をされこの学園にやってきた。


 自分で言うのもなんだが、私はエリートだ。生まれた家もそうだし学生時代は対魔学園の熊本校を首席で卒業した。その後は同期の誰よりも早く昇進し大尉となった。そして第四階位の権能を使いこなせるようになり、軍のエリート部隊である首都防衛軍所属の対魔特殊部隊『八咫烏』に配属された。24歳の若さで八咫烏に配属された者は過去にも数例しかない。


 しかし一昨年に命令違反からの大きな失敗をしたことで、この対魔学園の教官として派遣された。


 焦りもあった。早く神降ろしを行えるようになって隊長に認めてもらいたかった。そして伴侶として選んで欲しかった。だから部隊から突出し撤退命令を無視し、魔人の罠にかかった。その結果、多くの熟練の従兵を失ってしまった。そして私は悪魔との戦いから引きはがされ、母校ではなくこの浜松校でDクラスの担当教官をするよう命じられた。


 所属部隊が八咫烏のままであるのがせめてもの救いだろう。隊長が言っていたように、しばらく頭を冷やせということなんだろう。


 隊長は優秀な私をいつまでも遊ばせておくことはできないと、2年で原隊に戻すよう動いてくれると言ってくれている。ならばあと1年。この退屈な場所で我慢すれば私はまた隊長の元で戦える。風神であり軍神でもある私の神。『建御名方神たけみなかたのかみ』と共に。


 そう思っていた私の前にあの男が現れた。


 八神候補生。厄病神の加護を持つ男がだ。


 神力は並だが学科の成績は良い。だがその加護を与えた神の性質から、学園長の鶴の一声により私のクラスに転入が決まった。


 当然私は抵抗した。そんな危険な神は扱えないと。だが私以外の教官は元は軍の第一線で働いていたとはいえ、皆50をゆうに超えている。不測の事態があった際に対応できるのは、若く八咫烏に所属できるほどの実力がある私しかいないと押し切られた。


 確かに私は26歳で教官の中では一番若い。だが2年しかいるつもりのない私が、あと1年無難に過ごせば原隊復帰が叶う私が、なぜあんな爆弾のような者を指導しなければならないのか。もし問題が起これば原隊への復帰が先延ばしになるかもしれないじゃないか。


 今朝のHRで真北候補生にはああ言ったが、2年生の魔界での実戦訓練は安全を第一に行っている。それはそうだ、まだ第一階位の権能しか使えない者たちを、いきなりグールや魔獣の多くいるところに行かせるわけがない。それをやるとするなら4年生時だ。


 だが悪魔が0というわけではない。それでは実戦訓練にならないからな。しかしそこに厄病神の加護を持つ者がいたら? 思わぬ事故が起こるかもしれない。黒闇天の加護を受けた者は過去にいないせいで情報が少なすぎる。八神本人は他人に影響がないと言っているが、裏を返せばそれは本人に影響があるということだだ。ということは私のクラスの者たちや、他クラスの者たちが巻き込まれる可能性がある。


 いや、たとえ巻き込まれなかったとしても、何かあれば周囲のクラスの生徒や教官は八神を疑うだろう。八神とその神である黒闇天が何もしていなくともだ。先入観とはそいうものだ。しかし八神が疑われ責められれば、それは同時に私の評価の低下に繋がる。


 まさか学園長の狙いはそこか? あの豚野郎! 他の学園専属の教官に厄病神を受け持たせたくないからと、卒業まで私に担当させるつもりか!? 


 そんなことはさせない! 私はあと1年で原隊に帰り、隊長と再会するんだ! 厄病神なぞに邪魔などさせはしない! 


 ならどうする? 八神に何か問題を起こさせるか? 対魔学園に退学はない。退学させても強大な力を持つ加護持ちを、通常の高校には行かせられないからな。あるのは停学だけだ。


 ならばなるべく長期間の停学をさせ、来年は留年させればいい。対魔学園は軍の士官学校も兼ねているが、通常の学科の授業の単位は必要だ。それを出席日数不足で取れなくすればいい。


 厄病神の加護を受けた生徒が転入してきたことはすぐに広まる。そして魔界という、命を懸けて戦う場所に赴く生徒たちがそれを許容するはずがない。すぐに孤立し、いずれ我慢ができなくなり暴発するはずだ。なに、暴発せずとも精神を病んで寮に引きこもってくれるだけでもいい。要は授業に出てこなくなればいいのだ。


 八神に対して同情する気持ちはある。彼は別に何も悪いことなどしていないし、見た目も良いし頭も良い。少し陰があるのは黒闇天の影響だろう。強力な神ほど加護を与えた者にその特性の影響を及ぼすものだ。八神が黒闇天の加護ではなく、他の神の加護を得ていたならBクラスに入ることも可能だったろう。


 だが加護を受けた神が厄介過ぎる。恨むなら加護を与えた黒闇天を恨んでくれ。私のクラスに貴様はいらない。いや、日本の未来のためにも貴様は不要な存在なのだ。


 そんなことを考えつつも適当に訓練計画を作成していると、職員室の入口から私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「風間教官、少しよろしいでしょうか?」


 そこには神兵科の生徒が着ている白い学ランではなく、黒い学ランを身にまとった男子生徒が立っていた。その後ろにも焦げ茶色のブレザー姿の女生徒が見える。二人とも従兵科の生徒のようだ。詰め襟の記章やブレザーの上着のワッペンを見ると、3年の生徒であることがわかる。


 何の用かと思いつつ手招きをすると、二人の生徒が中へ入り私の元までやって来て敬礼をした。


「お忙しいところ失礼します。従兵科新聞部の大平です。風間教官のクラスに編入した生徒のことでお話を伺いたく参りました」


 新聞部ということは、学園ニュースサイトの取材か。


 この浜松校には、過去に新聞部の卒業生が構築し残していった生徒だけが接続できるサーバーがある。これは外部のネットとは完全に隔離されており、掲示板などがあり生徒たちのコミュニケーションに使われている。


 その中に学園ニュースというサイトがあり、学園内の様々な出来事を毎日更新している。中でも神兵科の情報は一番閲覧数が多く人気だ。従兵科の生徒からしてみれば、高等部の2年から魔界で自分たちの指揮官となる神兵科の生徒の加護がどんなものなのか興味がないわけがない。


 なるほど、初日から八神のことを嗅ぎつけてくるとはなかなかに優秀だな。これを利用しない手はないな。


 私は新聞部の生徒からの質問に対し、今朝Dクラスの生徒たちに説明した内容よりも誤解をしやすいよう答えていった。


 結果としては成功だろう。二人とも顔を青ざめさせていたからな。


 悪く思うなよ八神。これも日本のためなんだ。



 ♢♦︎♢



『おい、あいつが厄病神の……』

『うわっ! 確かにオーラがあるわ。実は魔人とかなんじゃないの?』

『今年の2年は最悪だな、あんなのと一緒に魔界に行くんだぜ?』

『そうだな、久々に殉職者が出るかもな』

『げっ! こっち見たぞ! 目を合わせんな! 呪われるぞ』

『チッ、なんであんなヤツが俺がいる時に学園に編入してくんだよ』



「や、八神君。大丈夫、一過性のものだと思うから。だからその……」


「ハハッ、まあこうなることは予想してたからやっぱりなって感じにしか思ってないよ」


 授業が終わり夕食を食べに本田君と食堂に向かうと、あちこちから視線とヒソヒソ声が聞こえてきた。そのどれもが俺を恐れ忌避する内容の物だった。


 こうなる可能性も考えて心の準備はしていたから、それほどショックは受けていない。まあ神兵科のレベルの高い女子に避けられるのはちょっとクルものがあるけど。


「そ、そう……強いんだね」


「そんなことないさ。俺の場合は事情が違うだけだ」


 他の生徒と違っていきなり加護を受けたわけじゃないからな。黒闇天と話してこういったリスクも納得した上で加護というか守護を受けた。そのために魔界に無断で入り強くなるための訓練もした。まあ目的の半分以上は宝くじの当選ということで達成したが、それも家から俺へと黒闇天が移ったから得た幸運だ。今さらやっぱり守護を外してくれなんて言えるわけがないし、黒闇天も受け入れるわけがない。


 こうなったらもう一つの夢であるハーレムを築くために、もっと強くなるだけだ。


 だけなんだが、ここまで周囲から嫌われるとな。


 今朝の朝食を食べる時はここまでじゃなかった。昼食の時から視線を多く感じ始め、今じゃ食堂中の神兵科の生徒が俺へと視線を向けている気がする。昨日始業式が終わって今日はまだ授業の初日を終えたばかりだぞ? いくらなんでも早過ぎじゃないか? ちょっと本田君に聞いてみるか。


「しかしなんというか、俺のことが広まるの早くね?」


「え? あ、八神君にはまだ教えてなかったね。従兵科の新聞部が管理運営して、教官が検閲している学園内のネットニュースサイトみたいなのがあるんだ。そこに今朝八神君のことが書かれてさ……掲示板でもかなり話題になってその……」


「そんなのがあんの!?」


 驚いて聞いてみると、外部とは隔離されたサーバーで本当に学園内の生徒と教師や教官しか閲覧できないサイトらしい。これは熊本校にも独自のものがあるそうだ。


 そんなニュースサイトで俺のことが紹介されたらしく、その中身がちょっと誤解を受ける内容なんだそうだ。


 気になったのでそのサイトを教えてもらいスマホで新規登録をした。登録時には名前と生年月日と入学時に付与された個人識別番号を入力した。そして発行されたIDでログインすると、真っ先に噂のニュースサイトが現れた。


 そこには『神兵科2年Dクラスに凶星現る!』という、悪意満点のどっかの世紀末伝説のタイトルみたいな物が目に入った。内容を読むと俺に加護を与えている黒闇天の紹介とその神としての特性、そして編入試験時に発現されたという権能が書かれていた。しかも俺の写真付きで。


 まあここまではいい、だが記事の大部分を占める担当教官のインタビューの内容が、どう見ても俺の側にいるだけで必ず不運が起こるといったものにしか受け取れない物だったことにスマホを持つ手が震えた。


 掲示板は読む勇気がなかった。というか読まなくても何が書かれているか十分に予想できる。


 なるほど、風間教官が言ったのか編集者が歪曲して受け取ったのかはわからないが、これを読めばそりゃああいう反応になるよな。


 確かに俺の権能は他人を不幸にする。それは認めよう。だが側にいるだけで不幸になるっていうのは明らかにデマだ。


 だが黒闇天の加護を過去に受けた者がいない以上、それを証明する手段は俺にはない。当時者がいくら違うと言っても信じてもらえないだろう。昨日と今日のクラスメイトの反応を見れば一目瞭然だ。俺にできることは、俺がいたからといって不幸が起こるわけじゃないと気付いてもらうまで待つだけだ。


 しかしこのサイトは従兵科も見てるんだよな。こりゃ全生徒を敵に回したか?


 正直ブチ切れて全生徒の運を奪いまくりたい気分だが、それをやったらおしまいだろう。噂は本当になり、学園だけじゃなく軍での俺の居場所もなくなる。そうなれば唯一の心の支えであるハーレムだって夢のまた夢だ。懲罰部隊の指揮官にされ、最前線で犯罪者と一緒に特攻させられるかもしれない。


 やっぱ我慢するしかないんだろうな。


 ハァ……こりゃ思っていた以上にハードな学園生活になりそうだ。


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