第2話 もう遅い!

「どうしてと言われてもな……。学園だってボランティアで運営されてるわけじゃないんだ。人気のない教師をクビにするのは当然のことだろ」


「だとしてもよ! 少し校長と話してくるわ!」


 それだけ言うとミアは教室を飛び出していく。


「おいミア!」


 僕は慌てて後を追う。エマとクラリッサもついてきた。


 ミアは校長室の扉をバンと勢いよく開け、中へと駆け込んでいく。僕たちは扉の前に突っ立って覗くように内部を伺う。


「おやミアお嬢様、どういたしましたかな?」


「ラスター校長、レオンをクビにするというのは本当なの?」


「ええ、お嬢様にご迷惑をお掛けして申し訳ありません。平和なご時世なだけあってある程度は学園の人員を整理せねばならんのですよ。世知辛い世の中ですなぁ」


「あら、あなた確か学園の資金を横領していたような気がするのだけど。なのによくもそんなことが言えるわね!」


「な、何を根拠にそんなことを仰っているのですかな」


「証拠ならあるわ。ほら、あなたが学園の予算に関する書類を改竄かいざんした証拠書類よ」


 ミアはポケットから紙切れを取り出すと机の上に広げる。ラスターはそれを見て驚いた。


「どうしてこれをお嬢様が!?」


「この学園は私の実家から資金援助を受けているでしょ。援助されている金額の割に学園の予算が少ないようで前から不思議に思っていたのよ。だからあなたの行動を徹底的に監視していたの。そうしたら横領した金をギャンブルに溶かしているのを私は見てしまったのだわ! とは言え、レオンのいる学園が潰れたら困るから今まで黙っていたのよ。だけどレオンがクビになるならもう関係ないわね。このことは父上に伝えておくわ」


「待ちたまえ! いや、待ってくださいお嬢様! レオンくんの件は撤回する! 引き続き教師を続けさせるのでどうか言わないでくれたまえ!」


「ダメよ。そんなことを言われてももう遅いわ! あなたのようないい加減な人のところにレオンを置いておくのは危険だもの」


「私はもう終わりなのか……」


 ラスターは肩を落としうなだれる。


 ミアはつかつかとこちらへ歩みよると、僕の手を掴む。


「さぁ、行くわよ」


「行くってどこにだ?」


「ラスター校長の悪行について、実家に手紙を送るわ。まずは寮から荷物を持ってくるわよ」


 ミアに連れられて僕は男性寮の前へと連れて行かれる。


「私も荷造りしてくるから、終わったらここで待ってなさい」


 ミアはそれだけ言うと隣にある女子寮へと入っていった。僕は急いで荷物をまとめて寮の前に戻る。暫くするとミアがリュックを背負ってやってきた。


 その後、僕たちは冒険者ギルドに行く。1階にある受付でミアは手紙をしたため、ランバルト公爵家に手紙を送るよう依頼した。これで依頼を受注した冒険者がランバルト公爵家まで赴いて手紙を渡してくれるだろう。


「待たせたわね」


 受付からミアが戻って来た。


「それは別に良いんだが……。少し良いか? ミアはラスター校長の不正を俺が学園にいるから今まで告発してこなかったと言っていたが、どうして俺のためにそんなことをしてくれたんだ?」


「な、あれはその、別になんでも良いでしょ! レオンの馬鹿!」


 ミアは顔を真っ赤にして怒りだす。いや、俺は単に理由が知りたいだけなんだがな。どうしてこんなに怒るのか不思議でしょうがない。まぁ、本人は僕に教えたくないようだし、無理に聞き出すのも悪いか。


「ふふふ、本当レオン先生は鈍感なんだから〜♪」


「ミアが可哀想」


「お前たちは何を言ってるんだ? というかなんでお前たちも荷物まとめて僕達と一緒にいるんだよ!」


 そう、ここに居るのは僕とミアだけではない。さっきから金魚の糞みたくエマとクラリッサも僕たちについてきていたのだ。


「そうよ! あんた達は別についてくる必要ないでしょ!」


 ミアが僕の右腕にすがりつきながら2人を睨みつける。女の子特有の香りと柔らかな身体の接触によって僕は思わず赤面する。


「だってラスター校長が投獄されたらサンタリア学園はどうなってしまうか分からないでしょ〜。なら私たちも一緒についていく」


「私も。実家に帰ったところで政略結婚の道具として適当な男に嫁がさせられるだけだから嫌」


 なるほど。エマはとある男爵と愛妾との間にできた子供だ。一方、クラリッサは貴族ではないものの、父親が自由市の議員を勤めているので特権階級の一員といえる。


 サンタリア学園はランバルト公爵家から多額の資金援助を受けている。その大事な資金を横領されたとなれば公爵家は激怒するだろう。


 最悪、入学者の減少と相まって学園は閉鎖されてしまうかもしれない。そうなったら在籍している生徒たちは故郷に帰還させられるだろう。2人とも実家に帰ってしまえば顔も見た事のない貴族に嫁がされてもおかしくはない。


 だから今のうちに逃げだそうという魂胆なのだろう。


「それは理解できるけれど、別に私たちについてくる必要はないわよね」


「ついていく必要は無いけど、ミアだけが先生を独り占めするのはずるい」


「うんうん♪ 私もレオン先生から離れたくないなぁ〜」


 クラリッサが僕の左腕に両腕を絡め、エマが後ろから抱きついてきた。美少女3人に囲まれているため、僕は理性を保つので大変だった。特にエマは後ろから抱きしめられている上、胸がでかいので正気がごりごり削られていく。


 ちなみにクラリッサは幼児体型なのでその問題は無い。まあ、美少女なので身体を密着されたら緊張はするが。


「むぅ。先生今とんでもなく失礼なこと考えてたでしょ」


「ははは。そんなわけないだろ」


 危ねぇ。これが女の勘というやつなのだろうか。


「君たち、取り敢えず離れてくれないか? そんなに密着しなくても、僕は居なくなったりしないからさ」


 理性を保つのが大変なのはもちろん、さっきから周りの冒険者たちからじろじろ睨まれているのが辛い。


 男性冒険者たちは僕にまるで親の仇を見るかのような視線を浴びせてくる。そして女性冒険者たちは僕を金で女を侍らせている成金か何かだと思ったのか、僕に対して汚物を見るような目で蔑んでくるのだ。


「仕方ないわねっ! あんた達も離れなさい」


「え〜。しょうがないなぁ〜」


「今回はこのくらいにしといてあげる」


 ふぅ。ようやく解放された。しかし、周りからの視線は未だに感じる。勘弁してくれ。僕と彼女たちはあくまで教師と生徒の関係なんだぞ!やましいことなんてあるわけないのだ。


 僕はエマとクラリッサに身体を向ける。


「さて、これから君たちはどうするつもりなんだ? 学園にも実家にも戻れないとなると、何かしらの仕事をして食い繋いでいく必要があるが」


 彼女たちは黙りこくったまま顔を俯かせてしまった。おいおい、なにも考えずに学園を飛びだしてきたのかよ。


「私に良い考えがあるわ。2人とも冒険者になれば良いのよ」


「それは難しいんじゃないか。エマは回復に特化した白魔法士で、クラリッサは遠距離攻撃に特化した狙撃魔法士だ。近距離から攻撃されたら一溜りもないだろ」


「あら、近距離戦なら私がなんとかするわよ」


「はぁっ? まさかミア、お前も実家に帰らないとか言い出すんじゃないだろうな!?」


「もちろんそのつもりよ」

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