第15話 寝泊まりしよう!

 更に歩みを進めていくと、やがて砂だらけの地帯から、ごつごつとした岩場に辺りの環境が変わっていった。


 幾つもの岩山がひしめき合っているため、日陰が多く、先程よりも過ごしやすい。だからこそ、ここを縄張りにする魔物も多いのだろう。


「なんだか薄暗くて不気味だね〜。幽霊とかでてきそう」


「ちょっと! 変なこと言うんじゃないわよ!」


「あれぇ? ミアって怖い系の話苦手なんだっけ?」


「べ、別にそういう訳じゃないわ……」


「ん? 今そこの物陰でなにか動いたかも」


「ぴぎゃあ!」


 クラリッサの指さした方向を僕は見る。暗くてあまりよく見えないが確かに何かが蠢いている。


「いや、あれは幽霊なんかじゃないぞ。多分魔物だ! ミア、一旦ラクダから降りて武器を構えろ! 視力強化付与!」


 魔法を自分も含め全員に付与する。途端に、暗闇に紛れていた魔物の正体があらわになる。その魔物は、クリオネのような形をしていた。


 色は紫色で、身体の中央には赤い核が存在している。大きさはカラスよりも一回り大きいくらいで、地上から1メートル半くらいの空中を浮遊していた。


 正直、見た目はそこそこグロテスクだ。


「酒精だな」


「うへぇ。結構あれな見た目してるのね」


「中央にある核の部分を破壊してくれ。その周りは傷つけるなよ。体液は売れるからな」


「分かったわ。はあああ!」


 ミアはロングソードを持って酒精に突進していく。酒精は水魔法、ウォーターバレットをミアに向けて放つ。


「任せて! ウォーターアロー生成!」


 クラリッサは魔力で魔法の矢を生成すると、弓につがえ、放つ。


 ウォーターアローとウォーターバレットが勢いよくぶつかり、相殺されて消滅していった。


 その間にミアは酒精に近づくと、ロングソードに魔力を纏わせ、赤い核に突き刺す。


 赤い核が破壊され、酒精は力尽きて地面に落下した。


「あら、思ったよりもあっけないわね」


「そりゃ、魔法は使ってくるものの、ろくに戦闘経験がなくても倒せる魔物として有名なくらい酒精は弱い魔物だからな。物足りなく感じるだろうよ」


「私たちも冒険者としては駆けだしだと思うけど」


「あー、なんというか、一応お前たちは学園で武術や魔法を習っているだろ。だけど、駆けだしの冒険者ってのは殆どが寒村の三男坊以下の若い子供だからな。彼らは実家にいても土地を相続できないから冒険者になるわけだが、貧しい農村出身の彼らにはまともに戦う術を習う機会はない。なので、本当に弱いんだ」


「駆けだし冒険者というのは本来かなり過酷なのね……」


「ああ、しかも、酒精は弱い魔物だが一応攻撃魔法を持っているだろ。魔法を行使する魔物が倒せたことで慢心する冒険者も多い。無謀にも酒精の群れに突っ込んでパーティ全滅なんてのはよく聞く話だ」


「今回の行方不明事件も酒精に全滅させられた可能性はあるんじゃないのぉ? 勿論、紅蓮の風の人たちは別の理由だろうけどね〜」


「可能性はなくもないんだが、今は酒精の繁殖期ではないからな。そんなに酒精が群れているとは考えにくい。しかも、酒精が原因にしては行方不明になった冒険者の数も多すぎる」


「なるほどねぇ」


「いずれにしても、ミスリル級冒険者パーティの身になにかあったことは間違いないからな。何かしらの脅威が待ち受けてる可能性はそれなりにあると思う」


 会話を続けながらも、僕たちは道行く先に現れる酒精を倒していった。繁殖期では無いので群れていることも無く、あっさりと撃破していく。


 やがて日も暮れていき、夕方に近づいていく。未だに岩場地帯は抜け出せていないが、視界の先には小さな湖が広がっていた。


 湖の水面が風に揺れて波となり、湖岸に打ち付けられる音が趣深い。周囲には多種多様な植物が生育しており、草むらからは虫の鳴き声も聞こえてくる。


 ここだけはまるで別世界のようだ。


「随分と大きなオアシスね」


「大きいといっても、直径はだいたい大の大人が歩いて800~850歩くらいしかないけどな。まぁ、オアシスのサイズとしてはペレ砂漠最大ではある」


「もうだいぶ遅い時間だし、そろそろ野営した方がいいんじゃないかなぁ。水も確保できるから紅蓮の風の人たちもここを通った可能性はありそう〜」


「僕もエマの意見に賛成だ。今日はここで野営して、明日は湖の周辺を探索して、彼らの痕跡を探そう」


 僕らはラクダから降りて、近くにあった木々に繋ぎ止めた。


 そして、背嚢はいのうからテント道具を取りだすと、組み立て始める。それを終えると、地面に落ちている木々を拾い集め始めた。


「どんな植物が燃えやすいのかしら?」


「なるべく枯れているものにした方が良いな。植物の体内に水分が残っていると燃えにくいから」


「了解」


 幸い、焚き火をするための枯れ木はすぐに集まった。台風や病気のせいなのか、至る所に倒木が散らばっていたからだ。


 枯れ木に火をつけると、その上に水を入れた鍋を載せる。


「鍋に入ってるのは湖の水?」


「そうだ。こうして煮沸することで殺菌して、飲める水にするんだ。まぁ、煮沸した水にも不純物は残っているから、最後に水魔法で除去するけどな」


「うんうん。それは私も学園で習ったから知ってるよ〜。一見綺麗な清流の水でさえ、獣や魚のフン、土ぼこりなんかが含まれているし、煮沸を怠れば赤痢菌やノロウィルスに感染する恐れがあるんだよね〜」


「そういえばエマって魔法衛生学を受講してたんだっけか。さすがに詳しいな」


「えへへ。そうでしょ〜」


 水の浄化処理を終えると、もう一度鍋の水を沸騰させ、中に乾燥した肉や野菜、塩の塊を入れてスープを作る。


 そんなことをしている間に、完全に日は暮れて暗闇が世界を支配しだした。


「う〜。夜は寒いわね。昼間はあんなに暑かったのに」


 ミアが毛皮の外套を羽織りながら身体を震わせる。


「昼夜の気温差が激しいのが砂漠の特徴だからな。仕方ない」


 僕は出来上がったスープを渡してやった。夕飯はこのスープと、硬くて味気のない黒パンだけだ。


「ぐっ。このパン硬すぎ」


「そりゃ、保存食用に作られたものだからな。スープに浸しながら食べた方が良いぞ」


 そう言いながら、僕も黒パンをスープに浸して齧り付く。うん。黒パン自体はあまり美味くないが、スープが染み込んでいて、案外いける。


 久しぶりに野外で作ったにしては上手くいった方なのではないだろうか。


 黒パンを齧った後、僕はスープを飲もうと器に口をつける。その時だった。


「グギャア!」


「キャア!」


 何かの鳴き声と、エマの悲鳴が聞こえたのだった。

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