第19話 泉に向かおう!
「実は……。エマの母親が重篤なのだわ。元々お酒を飲みすぎていて、身体がぼろぼろになっていたのだけれど。流行病によってより危険な状態になっているの」
なるほどな。アルコールの原料となる酒精には、有毒な不純物が多く含まれている。
なのでアル中の患者に対し、回復魔法などで一時的に体調を整えたとしても、有毒な物質が体内から抜けないため、根本的な治療にはならないのだ。
しかし、精霊の泉で採取できる聖水ならば、体内に溜まった毒素を分解することができる。
精霊の泉とは、精霊の発する魔力に当てられて変質した水の湧きだす泉のことだ。
泉から湧きだす聖水は貴重な上、輸送するのに時間をかけすぎるとただの水になってしまう。なので基本的に売られていることは稀だ。
だから彼女たちは聖水を求めて学園内にあるこの森を探索していたようだ。そんな中、オークの群れに襲われてしまったらしい。
エマが白魔法士なこともあって、負傷しながらも速やかに回復することでオークたちと渡り合っていたようだ。
けれど、オークたちは厄介なヒーラーであるエマを狙って攻撃するようになり、先程僕が見たように、脇腹を切りつけられてしまったとのこと。
「事情はよく分かった。君たちを罰するわけにはいかないな」
「じゃ、じゃあ、見逃してくれるというの?」
頭を下げていたミアは勢いよく顔を上げる。
「ああ、ただし条件がある」
「な、なによ」
ミアは思わず両腕を胸の前で交差させ、身構える。
「次になにかあった時は、自分たちで勝手に行動せず、僕に相談すること」
「そんなことで良いの?」
クラリッサは意外そうな顔をする。
「勿論。僕は教師だからね。生徒の悩みを聞くのも仕事のうちだよ」
「そ、そう。ありがとう。それじゃあ、精霊の泉を探しに行って良いかしら?」
「良いぞ。僕もついていって良いか? 教師として、君たちだけで森の中を探索させるわけにはいかない」
「良いと言うかぁ。私は歓迎するよ〜」
「うん。先生のような人がついてきてくれるのは心強い」
「決まりね。よろしくお願いするのだわ!」
「任せとけ」
僕らは森の中を歩きだす。道中で何度かオークやゴブリンたちに出会ったものの、補助魔法によってバフの掛かった僕らの敵ではない。
「本当に補助魔法は便利なのね」
オークを両断しながら、ミアが呟く。
「そうだな。まぁ、あまり人気がないというか、今受講生が全くいなくて困ってるけど」
「嘘……。味方にいればこんなに心強いのに?」
「ああ。一昔前だったら、戦争やら魔物の大量発生やらが多かったために、補助魔法の重要性に気づいていた貴族や冒険者も多かった。でも、今は比較的平和な時代が長く続いてるからな。補助魔法士は地味だからという理由で不人気になっているんだ。真っ当な使い手も減り、質の低い補助魔法士が増えていることも、補助魔法の印象をより最悪なものにしている」
「平和な時代がこれからも続く保証はない。いざなにか起きた時に、補助魔法の使い手が少なかったら困りそう」
「うむ。補助魔法士が以前の戦いで貢献した実績は多々あるからな。僕は補助魔法士がいなくなることを危惧して教師になったけれど……。いやすまない。今は僕の仕事の愚痴を言う場合じゃないな」
「別に良いわよ。他にやることもないしね」
「そうか」
「ねぇねぇ〜。もしかしてあれが妖精の泉なんじゃない?」
エマが指さした方向を眺める。僕はあまりの光景に言葉を失った。泉にはホタルのような生物が色とりどりに発光し、周囲を明るくライトアップしていた。
更に、泉の水も透明度が高く、淡くきらびやかに光を反射していた。しかし――。
「幻想的だが、水量が少なくないか?」
本来、水に沈んでいたと思われる部分には、貝殻や枯れた水草などが張りついている。
「確かに、噂で聞いていたよりもふた周りくらい泉の大きさも小さいような気がするわ」
「まぁ、とりあえず聖水を頂くとするか」
僕は水筒を取り出し、泉の聖水を取り込もうとする。すると、泉の中央が渦巻く。
「なんだ!?」
渦巻いた先からは、1人の麗しき女性が姿を現した。彼女は長身で、下手をしたら2メートル近くあるだろうか。
スラリと細い美脚に、引き締まった腰。そして豊満な胸を持った、絶世の美女だ。
だが、彼女は身体は勿論、衣服やストレートなセミロングの髪、瞳に至るまで、全てが水色だった。
明らかにただの人間ではない。
「おやおや。こんなところに人間とは、久しぶりですね」
「お前はこの泉の精霊だな」
「ご名答。ところで人間よ。あなたたちは聖水を採取しに来たのですか?」
「そうよ。少し貰うけれど良いかしら?」
「構いません。しかし、今の聖水を採取することは推奨できないです」
「ん? どういうことだ?」
その時、エマは「あっ!」という声を上げた。
「ここの泉の聖水、通常のものより質が落ちてる」
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