進んだ時は戻らない 弐


 東京中で雪が降る。それは白雪しらゆきことわりだった。炎尾えんびの暴走を止めるための苦肉の策、今、白雪は全力で異能を振るっていた。


「これをあの嬢ちゃん一人でやってると思うとおっかねぇよ俺は。都市機能を麻痺させかねない」

「でも街を守ってくれてるんですよ?」

「お前には『アレ』が善良なものに見えるのかよ」

「少なくとも炎尾よりは」


 今の白雪はさながらであった。氷で出来た角を生やし、氷で出来た爪を伸ばし、氷で出来た牙が伸びる。両手を広げ、その瞳は金色こんじきに光っていた。


「俺にはどっちも同じくらい恐ろしく見えるよ」


 クサレが白い息を吐く。殻器ガラキはただ白雪を見守る。雪に染まる東京は歩く人々でごった返していた。


 東京タワーの袂から火の手が上がる。暗いくらい、闇の中。境界を越えて炎尾が湧いて出る。これで五匹目。そいつは何かに怯えて陽炎に消えた。雪化粧はほどけない。世界は炎に揺らがない。六匹目の炎尾が現れたのは、さらに数日後の事だった。

 雪が降り積もり、白雪の顔に冷や汗が浮かぶ。


「そろそろ休んだ方が……」

「炎尾はいつ来るか分からないんだ。続けてもらうしかない」

「白雪……」


 九匹目が現れるまでついぞ七日間、雪は降り続いた。倒れ込む白雪、受け止める殻器は手が冷たくなるのも気にはしない。ただ抱きとめる。白雪の瞳から金色の輝きは失われ角や牙も壊れ崩れる。


「大丈夫か!? 悪い……俺のせいで……」

「えへへ、しらゆき、やくにたてた?」

「ああ、おまえのおかげでどこにも被害がでなかった。ありがとう。本当にありがとう」

「じゃあわらって? そんななきそうなかおしないで?」

「ああ……ああ……」


 殻器は白雪を抱きしめる。白雪も殻器の背に手をまわす。


「あったかい……」

「白雪は……つめたいな……」

「えへへ……」

「笑うとこかよ……」


 わずかに笑みを浮かべる殻器、憎しみ以外に彼がリソースを裂くのは珍しい事ではなかろうか。彼の人生はそれほど虚ろなものだった。腐は物珍しい様に二人を眺めていた。


 九尾現出まであと一日。


 白雪を工房のベッドに寝かしつける。殻器と腐は絡繰り細工の最終調整に入っていた。


「一応、ガワは取り繕いましたけど……」

「それで上々だろう。後は機関の降霊術師が悲しみ炎尾の残滓を降ろしてくれる」

「それで騙しきれますか? だって嘲りは俺が悲しみを殺すところを見てる」

「化けて出るって言うだろ? 死んでも蘇るのがとらわれだ。疑いやしねぇさ」


 殻器は不安だった。炎尾の完全体。九尾なる者が顕現してしまったら。あの悲劇がもう一度、繰り返される。殻器の家族を奪ったあの惨劇が。それがとてつもなく嫌だった。殻器は己の持つ狐狗狸の短刀を見つめる。


「勝てるでしょうか……」

「機関が混ぜる毒は特級だ。九尾がただの化け狐くらいに変わるだろうぜ?」

「蟲毒……でしたっけ」

「そう、毒の中の毒、殺し合わせて生き残った最強の毒蟲。そういう呪いを仕込む。流石の九尾もそんなもの体内に混ぜ込まれたらたまったもんじゃないだろうよ」


 理解は出来る、納得に及ばない。殻器はこと炎尾の話になると、とてつもなく慎重になる。そして無鉄砲にもなる。


「俺が中に隠れて融合の瞬間に殺すとか……」

「馬鹿じゃねぇの」


 真顔で否定された。腐は呆れたように殻器の頭をぽんぽんと叩く。殻器はそれを鬱陶しそうに振り払う。それを避けてなおも頭をぽんぽんする腐。


「あのな小僧」

「誰が小僧だ」

「お前はちょっと気負い過ぎなんだよ。もっと気楽に考えろ。それにな? 仕留めるのはあくまで俺の『逆鱗』だ。お前はサポートに徹してればいいんだよ」

「それじゃ俺の復讐はどうなるんですか!?」

「そんなもの俺が代わりにやってやるから捨てちまえ」


 そう言って偽炎尾を持ち出す腐、殻器は白雪と共に工房に取り残された。

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