止まるような歩幅で 壱
静謐の暗闇、赤々と照らされた東京タワー、それは未来に一般的になるスポットライトではない。炎だ。
圧倒的火力が東京タワーを照らしていた。普通なら消防が殺到する場面だがその様子は全くない。それもそうだろう。此処は境界。
人ならざる者が湧き出る場所。そう定義されて久しい。此処はもう消防の管轄ではない。
境界越境者殺害許可証。国は世界中に散らばる退魔の家系にこれを配った。それは「境界を超える者を殺せ」という赤紙に等しい代物だった。特務を受けた退魔の家系は武器を持ち、己の身体で戦いに出向いた。各地の境界は閉じられ、残すは此処、東京のみとなった。東京に退魔の家系は少ない。焼き払われたからだ。一匹の境界越境者、総称「
それは囚の悲願でもあった。それを叶えんとせんがため、彼らはこの千年を戦って来た。
そして
「ククッ! クククッ!」
「自己紹介は、必要ないよな」
同業からは
「炎尾!」
「容易く名前を呼ぶんじゃないよ小童が!」
炎がまき散らされる、辺り一面が火の海になる。しかしそこに殻器の姿はない短刀を握りしめた殻器が空中を舞っていた。あの一瞬で跳躍したのだ。炎尾は嘲り笑う。
「宙じゃこれはかわせないよなぁ?!」
「
炎尾が放った火の弾を短刀で切り裂く、そのまま火の海の外へ着地し、炎と炎の隙間を縫うように潜って殻器は怨敵へと迫って行く。
「獲った!」
「ククッ! クククッ!」
二つ炎が閃く。一気に二つ。炎尾の異形の四つ眼がこちらを見やる。「お前の負けだ」と視線が寄越す。
落ち着いて浅く呼吸をして殻器は唱えた。
「
二筋の炎の軌跡が見えた。未来視の短刀の異能。狐狗狸さんの牙で作られたそれは持ち主に未来を見せる。しかし、それを変えるためにはさらなる力が必要だ。人の身にて人ならざる境地へと達しなくてはならない。
一つの炎をかわした殻器はもう一つの炎をもろに喰らう。吹き飛ばされ火の海を転がる。このままでは死んでしまうだろう。炎尾が嘲り笑う。
「所詮ここまで! お前達人間は所詮ここまで!」
すると、突然。
「しんしんと」
雪が降り始めた。
白い少女が現れる。揺蕩う彼女は炎を消して歩く。突然の事に炎尾も笑いを止める。
「こいつは、なんだ?」
「ああここでもない。わたしのおうちはどこ?」
雪の勢いが増して行く、吹雪にならんとするその様に炎尾はたちまち纏う炎を縮こまらせた。
「なんだこいつ、なんだこいつ」
「しんしんと」
少年の前に降り立つ少女。殻器の手を取る。
「冷たい……?」
「うん」
炎尾はもうそこにはおらず、東京タワーの袂は雪化粧が施されていた。夜明けが来る。
少年一人がただ残されるだけ。そこに訪れる大人一人分の影。
「うぃっく、酒飲んでたら出遅れちまったか……ん? 殻器? おいお前、殻器じゃないか!」
倒れる少年に駆け寄る男。そいつは殻器の同業で国から渡される
「腐……さん? 俺……」
「あーいい、いい、喋るな今からこの酷い火傷をどうにかしてやるから大人しくしとけ」
こうして腐に背負われ殻器はその場を後にするのだった。
「ばいばい、またね」
と、手を振る少女に気づかぬまま。
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