地下決戦 上


 江戸城に地下があるなど輪廻も空殻からがらも知らなかった。あやだけが。


「お父ちゃん、地下にあらはばき? を運び込むんだ急げ! って言うてた」

「アラハバキ?」

「まつろわぬ神の名ですねぇこれまた物騒な」


 正確には、というかアラハバキ自体はまつろわぬ神ではない。しかし、この世界のアラハバキはかつて起きた『異神戦争』に参加しなかったとして、まつろわぬ神として認定されている。異神戦争とは人史以前に起きたとらわれが囚と呼ばれる前の時代の大戦おおいくさそこで神は善と悪に二分されたのだという。

 輪廻が羅針盤に沿って江戸城の堀を周り、地下道への入り口を見つける。蜘蛛の糸で先の様子を探りながら、堀を下り地下道へ降りる、見張りは無し。静寂が辺りを包む。そこで輪廻が。


「おかしいですね」


 と呟いた。


「なにがですか?」

「この暗さ、境界になっててもおかしくないほどの大空間、なのに囚の臭いがしない」

「なんだ? 臭うだか?」

「……確かに妙ですね」


 あやだけが首を傾げている、二人は腕を臨戦態勢を取りながら、階段を下る。名が長い階段、あやが息切れを起こす。


「大丈夫? 俺の背に乗って?」

「大丈夫だ……ありがとう、お父ちゃんに会うためならこのくらい」

「いい子ですね。ではこうしましょう、あやちゃん」


 すると巨大な蜘蛛が現れあやを背中に乗せる。


「わわっ!? わたし浮いてるだか!?」


 蜘蛛の姿はあやには見えていない。だからふわふわと浮いているように思える。姿が見えていたら卒倒していただろう。苦笑しながらさらに階段を下る三人。


「あの輪廻さん」

「なんでしょう空殻くん」

「本当にあやを連れて来て良かったんでしょうか、命を狙われているのに」

「ですけど、知りたい情報はあやちゃんを連れてこないと得られませんよ」

「そんなのあいつを捕まえて吐かせれば」

「無理ですね」


 即答、だった。唖然とする空殻、輪廻は人差し指を立てて左右に振る。


「自分の実力を課題評価してはいけません。クサレは上位陣です。私達じゃ敵わない」

「!? じゃあどうして此処に!?」

「情報を得るためです、あやちゃんのお父さんの情報を、得たら逃げます」

「逃げるってそんな」

「こんなものは事後処理ですよ。本格戦闘なんて考えちゃいません」


 空殻は納得いかない様子でいて、その頭を撫でる輪廻、あやが羨ましそうにしている。輪廻は顔だけは良い。


「いいですか? 無茶だけは、しないように」

「……はい」


 階段を降り切った時、神々しく照らされる巨体を三人は見た。城ほどの巨躯、その身に着けた火砲。その袂に腐は居た。


「異神戦争の真実を教えてやる。どうして荒覇々奇アラハバキが参加しなかったのか、まつろわぬ神となったのか」

「唐突ですね腐さん?」

「まあ最後まで聞けや、荒覇々奇が参加しなかった理由、それはな、からだ。善も悪も関係無い。世界を壊す神、それが荒覇々奇なんだよ」

「それはまた面白い異説ですね」

「いんや真実だ。此処にまさしく星墜としの荒覇々奇があるんだからな」


 星墜とし、という言葉に引っかかりを覚える空殻と輪廻。境殺が指す星と言えば――


「――凶星マガツボシ?」

「正解だ坊主、如何にもこいつは凶星を撃ち墜とすために作られた偽神なのさ」

「お父ちゃんが作ったんだ!」


 あやが叫ぶ、腐は無精ひげを撫でながら。


「ああ……そういやそうだったな、ほらよ、影法師、吐き出せ」


 すると一人の男が影から現れる、血まみれの男が。


「お父ちゃん!?」

「ダメだ近づいちゃいけないあやちゃん!」

「だけんども!!」

「君のお父さんはもう死んでいます、此処からでも分かる」


 歴戦の境殺、輪廻には一目で息をしていない事が分かった。


「これを誰が?」

「無論、俺だが」

「何故」

「荒覇々奇を造れるヤツなんてこの世にいらないんだよ」

「だからあやちゃんも狙う?」

「如何にも」


 問答はそこまでだった刀を抜き放った腐が三人へ迫る、糸で絡め取る輪廻、空殻の未来視が確かに糸が腐を捕まえるのを見た。


「逃げますよ、まよひが」

「お父ちゃん!!」

「ごめんよ、あやちゃん……」


 そこでだった。階段から足音が聞こえて来たのは。


「腐! 氷の女神を連れて来たぞ!」


 と声が聞こえたのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る