手練れ


 境殺けいさつを二、三人殺したところで雪姫とくうは苦戦を強いられて

いた。敵の異能による摩耗が始まる。多勢に無勢。ことわりを敷く異能持ちが現れる。雪姫の氷と拮抗し、境が現れる。そこに滑り込み、安全地帯から異能を放つ。未来視と氷の壁でかわし防御する。しかし空の肌が裂け、氷の壁は砕かれ、損耗する。


「お前と心中した方がマシではないか?!」

「雪姫、滅多な事言うな、お前だけでも生かして帰す」

「お前、まさか」

「傾国の大妖、白面の者、狐の尾、六本開放……!」


 空の背、尾骶骨から狐の尾が生える。狐火を放ち、境殺けいさつを燃やして行く。氷炎地獄ひょうえんじごくが展開される。敵が広げる理は乾季の砂漠、砂の異能、しかして砂漠に潜む異能を見破るのに腐心する。


「蟻地獄か……吸い込まれたら終わりだねぇ」

「捕縛するにはうってつけか」


 蟻地獄自体は凡庸な囚だが、理を敷く程となると牛鬼からの派生系かもしれない。狐火は砂に効果が無く、雪姫の氷の理は拮抗するばかりで手が届かない。

 万事休す、であった。敵兵力、いまだ減らず。そこに一人。大女が現れる。鬼の角を生やし、金色こんじきの瞳。生成りだ。般若の面を被り、筋骨隆々の身体で雪姫を捉える。


「つかまぁえたぁ」

「離せ下郎」

「誰が下郎だ、ブス!」

「お面で顔を隠した醜女が何を」

「殺してやる」

「まて! 半鬼! そいつは炉心だ! 殺すなら、男の方にしろ!」


 不承不承と言った様子で空を殴りつける半鬼、未来視でもかわせない巨大な鬼の拳、もろに喰らう。空は吹き飛ばされる。


「空!」

「お前は来てもらうよぉ」

「くそっ離せ……!」

「囚なら少し力込めても死なねぇよなぁ」


 雪姫を握りつぶす半鬼、血を吐く雪姫、空はもう意識が薄らいでいる。単なる力押しで負けるとは思えなかった二人。しかし負け戦は覚悟の上、白雪を逃がす事には成功した。それで十分だった。


(後は任せたぞ……息子よ……)


 偽神ぎしん荒覇々奇アラハバキ起動のピースは揃った。しかし空の未来視は確かに見た。荒覇々奇の前に現れる息子の姿を。


(なんの因果か知らないが、雪姫はお前が救ってくれるんだろう……?)


 血反吐を吐いて前へと進む、せめて一矢報いる。狐火を再加熱させる。変色する炎。紫の炎が半鬼を襲う。背中から撃たれた半鬼は炎上し絶命する。意識を失った雪姫を他の境殺が回収する。その最期の一撃を放って空は息を引き取っていた。

 

「半鬼が死んだ!?」

「クソッ、手間かけさせやがって!」


 もう二人にまで減った境殺の集団。雪姫が意識のないうちに山を下る。


 一方、江戸には異能による念話で雪姫確保の通信が入る。


「おっと、いよいよ手間が省けたが……ちょっと困った事になったねぇ」


 クサレは無精ひげを撫でる。彼は自分で自分の敵を招き入れてしまっていた。そこに炉心がやってくる。つまりはといえば。


「こいつの前で戦闘か……やんなるね」


 荒覇々奇、その御前で、将軍の命とは関係のない戦闘が始まろうとしている。父娘殺し、私怨と言えばそれまでだが、こんなもの作った対価を払わってもらわなければならない。腐は少なくともそう思っている。しかし場所を江戸城に指定したのがまずかった。これでは計画が露呈する。


「まあ、なるようになれだねぇ、星墜としの悲願、宿業の終わり、全部が全部この刀で叶えてやろうじゃないの」


 腐の決意は固く、その瞳は鈍い赤色をたたえていた。


 江戸の城下町。空殻からがらと輪廻とあや。江戸城を示す羅針盤。輪廻が溜め息を吐く。空殻が苦笑する。あやは首を傾げながらも。


「なんだお父ちゃんお城いっただか」

「……みたいだね」

「では夜が明ける前に行きますか、善は急げと言いますし」


 輪廻の言葉に頷き、三人は江戸城を目指す。しかしそこで羅針盤が斜め下に傾いた。


「おや?」


 それは城の地下を指示していた。

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