九つ裂き


 偽神ぎしん荒覇々奇アラハバキが起動する、その操縦権は今、クサレが握っていた。狙いは顕現した大妖たいよう・九尾。


「厄介だなぁ、狐憑き! 使い魔と一体化するかよ!」

『汝、何ゆえ、アラハバキを起こしたか?』

「あん? ああ、そうか、精神が九尾に、いや神に引っ張られてんのか」


 腐は呆れた様に荒覇々奇の火砲を起動する。


「くだらねぇ、撃て、荒覇々奇」

『くだらん、とな』


 火砲が放たれ九尾に直撃する。しかし爆炎の中から現れたのは無傷の九尾だった。流石に眉をひそめる腐、人型に九本の尾を生やした神の化身。しかしこちらはあの凶星マガツボシを墜とそうという代物を持ち出したのだ、無傷はおかしいと彼は考える。

 

『なるほど、あの星か、あんなものにかまけてアラハバキを持ち出すか。愚か者よな』

「将軍様に言ってくれよ」

『今、操っているのはお前ではないか』

「あー……そこ突かれると痛いねぇ」


 腐は荒覇々奇の火砲を九尾に集中させる。撃ち放たれる集中砲火、圧倒的火力、江戸城が崩れ去る勢い。爆炎が火柱に変わり噴炎に変わる。しかし、煙が晴れた後に残ったのは穿たれた大地と無傷の九尾だった。金色こんじきの瞳が荒覇々奇の肩に乗る腐を見つめる。


『子供の玩具よな、アラハバキを模すならば、その炉心を開放したらどうだ』

「……凶星を討つまでそれは出来ん」

『ならばそのまま死んで行け、それがこの器の望みでな』


 九尾が紫色の火炎、その熱量に、荒覇々奇の表面の氷が解けて行く。九つの炎が放たれる。その速度、音速、鎧を砕いていく。荒覇々奇が剣を抜く。本来ならば使用を想定していない、近接戦闘兵装、抜き放ち九尾が斬り付ける。しかしそれを指一本で受け止める。


『炉心を回収して、お前を殺して、アラハバキを葬る。今のままだと単なる作業よな』

「……影法師、炉心を開放しろ」

『ククッ! そうこなくてはな!』

「戦闘狂め」


 炉心が開放された荒覇々奇は氷鎧を身に纏い、三本角の鬼と化す。氷の鎧武者、巨躯が氷の大剣と大砲を右手、左手で持っている。


「……試射だ。凶星を撃て、荒覇々奇」

『届かんよ、炉心が氷の女神程度ではな』

「いいから放て!」


 氷の大砲が轟音を鳴り響かせる、砲撃が星に向かって飛ぶ、しかし――それは届かない。途中で弧を描き、江戸郊外に落ちて光芒で町を照らした。


「何故だ、出力は足りているはずだ!」

『弱い、弱いな、それこそ、人と結ばれるほどの神よ』

「ならばお前だけでも殺して行く!」

『ハッ! やれるものなら!』


 九尾の爪と荒覇々奇の大剣がぶつかり合う。連撃、巨躯と矮小な神、しかしその一撃は拮抗する。九尾が狐火を振るう。荒覇々奇にかわすという選択肢は出ない。氷の鎧が溶けていく。しかし肩に乗る腐は不敵に笑う。


「影法師、展開。絡め取れ」


 九尾を捉える、影の糸、九尾は身動きが取れなくなる。関心した様に表情を緩ませる。不釣り合いな表情だった。


「荒覇々奇、権能、発動、妖脈剥離ようみゃくはくり!」


 狐の尾が一本、切り離される。妖力が剥がれる。がくんと膝を付く。さらに一本、もう一本と、剥がれて行く。九尾の権能が弱まって行く。九尾と空殻が分離する。

 九尾は分離した身体で空殻を庇う。


「空殻、お前契約は覚えてるか?」

「……けい、やく?」

「昔話してる場合じゃないがナ、お前と俺は契約が終わる時、。お前は泣いて嫌がったがな」

「それが……どうした……」

「今がその時だ。俺は身を九つに裂いて荒覇々奇を焼き尽くす。しかし九つの尾は多分、独立したとらわれになる。だから全員殺してくれ。それが悲願なんだ」


 そう言って、九尾は尻尾を切り離して行く。現れる九つの神獣。感情を分け与えられた者達。それが荒覇々奇を駆け上がる。炎が包み込み、牢獄を作り荒覇々奇を封印する。


「馬鹿な!? 星墜としの偽神が分け御魂如きに!?」

「お前は九尾の覚悟を甘く見た」


 腐の後ろに回り込んでいた空殻が腐の首を掻っ切る。血飛沫を上げ絶命する。荒覇々奇の炎の牢獄が散り散りに消える。荒覇々奇の残骸から、雪姫を回収しようとするが。


「いない……」


 炉心として使い倒されてしまった。そう考えるしかない。あやと輪廻が遠くから駆け寄って来る。


「お前さん! 怪我無いか!?」

「ありがと、あやちゃん、お父さんの仇、取れたよ」

「そんな事よりお前さんが無事なのが良いに決まってる!」


 自分の父親の死の仇より、目の前の命を優先する少女は優しい子だと思うのだった。輪廻は呆れたように。


「あれほど無茶するなと言ったのに」

「すいません」


 こうして荒覇々奇事変は終結する。その後の話は、また次の機会に。

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