偽神計画・荒覇々奇


 その計画は江戸幕府成立当初から始まった。凶星マガツボシを討つ究極兵器。偽神ぎしん荒覇々奇アラハバキ

 まつろわぬ神としての名を与えられた吹きすさぶ暴威。炉心にとらわれを設置する事を前提とした異能兵装。

 それはまさしく人の手に余る権能であった。


「あの大戦おおいくさに比べればこんなもの」


 とは家康の言だ。神など恐るるに足りず。そう言って境殺を作ったのは天下の大将軍である。その意を継いで、星墜としの偽神を作らせた。

 その威容、誇る事、城の如く。その戦力、誇る事、一機当万。一度振るえば国崩しが出来る代物。太平の世にはもう必要ないはずだった。

 全ては凶星の照らす輝きがもたらした事、一度偽神が起動すれば江戸の町もただでは済むまいというのに。


「将軍様は神を造るって事がどれだけ恐ろしいか分かっちゃいねぇ」


 そうクサレは語る。退魔の家系に育ち、一度、刀を振るえば、その毒にてとらわれの血肉を腐らせる。そんな家業だった。死んだ囚を回収出来ないという理由で殺すだけに特化した腐の家系は鼻つまみ者だった。

 囚の死骸は良い素材になる。退魔の家系はそうして武器を作って行く。それを腐肉しか作らないのだから当然と言えば当然だった。

 しかしそこに腐の流儀があった。


「そもそも囚の死体で武器を作るなんて時点で間違ってらぁ」


 そう、囚はどれだけ矮小でも神だ。神の死体をまさぐり加工するなど不遜極まりない。それが腐の家系の考え方だった。土に還すのが道理だと。

 それが何の因果か将軍家に拾われ、戦い、偽神計画にまで関わるハメになる。


「いんやまさしく因果応報なのかね、これも」


 家業が積んだ宿業が今の腐に返って来たのかもしれないと苦笑する。敵は凶星。退魔の家系ならば悲願の怨敵だろう。しかしそこに腐はなんの感慨も抱かない。全ては天下の回り者。自分は言われた事を為すだけだとそう心に刻みつけ、刀を一度握れば、囚のみならず人殺しも辞さない。徹底している。

 それがこの世に敷かれたことわりだという意思。そのために刀を振るい。そのために死ぬ。それが腐が己に定めた使命。まさしく腐の命を懸けた計画であった。

 偽神完成のためには炉心が必要だ。そのためには神に等しい囚を一体、生け捕りにしなくてはならない。腐には向かない仕事だった。


「やるしかないのかねぇ」


 無精ひげをさする。見上げるは荒覇々奇の巨躯。城が如く。とは言い得て妙だ。絢爛な武装こそないものの、その威容は鬼をも超えている。


「こいつを、町に」


 出してその火砲を天へと放つ。全ては凶星を討つために。ごくり、と腐は固唾を飲み込んだ。今更身震いがして来た。己が殺した死体を見やる。名前も知らない職人の死体。


「お前さん、なんてもん作ったんだい」


 実は、職人を殺せという命令は腐に下ってはいなかった。そうこれは腐の独断だ。もう二度と偽神なんてものを作り出す輩が出ないようにとその血筋を絶つために殺した。

 しかし――


「あや、だったか」


 娘がいる。家系はまだ続いている。腐は天賦の才という者を信じている。その幼子がいつの日か才を継いで偽神を再現する日が来るのではと恐怖する。


「炉心探しと、どっちを優先しようかねぇ。あんまり将軍様を待たせると怒られそうだ」


 そこで一つ、腐は「影法師」と呟いた。腐の影が伸びる。形が変わる、そして職人の死体を飲み込む。


「証拠は消しておかねぇとなぁ」


 こうしてあやの父親が死んでいるのを知るのは腐のみとなった。偽神の安置所を後にする。地上へ通ずる長い長い階段を上る。城を上るのと一緒だ。天守閣以上まである土で出来た階段を息も切らさず渡って行く。腐の手はまだ震えていた。


「大丈夫さ、大丈夫、こんなの武者震いだぁ。なぁ影法師。酒でもあおればすぐ直る……」


 そう独り言ちで江戸城を出て、町へと繰り出すのだった。

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