ごおるど・らっしゅ


 江戸の城下町。夜も更けてきた。そんな矢先、あやが首を傾げながら空殻カラガラこと空太くうたに尋ね事をした。


「あんの、さっきからきになってたんだけんど」

「なに?」

「なんでお前さんの目ん玉は金ぴかなんだ?」

「……そう見える?」

 

 金色の瞳、それは空殻が狐憑きである証。それは退魔の家系や囚にしか見えないはずなのだが。


「ククッ! 鬼を見て境界に近づき過ぎたのかネ」

「なんか頭の横ももやもやしとる」


 それは九尾の事だろう。元々、とらわれに近い天賦の才があったのかもしれない。もしかして将軍に献上する絡繰りにも囚が絡んでいるかもしれない、とそこまで空殻の思考が及んだ時だった。上の空だった空殻と誰かの肩がぶつかった。


「あっと、すいません!」

「……あ? ああ、いいって事よ……ちゃんと前向いて歩け」

「はい」

「ん」


 そう言って去って行った無精ひげの男は背中に『腐』と書かれた羽織りを着ていた。


「なんだあの悪趣味な羽織りは、クククッ! それにあいつ血の臭いがしたぞ?」

「九尾お前、隠形してただろうな?」

「あん? ああ、ありゃご同業だもんナ」

「……嫌な予感がする、先輩のところへ急ごう、手を離さないで」


 それがマズかった。名前を出したのがマズかった。殺気立つ空気。腐の羽織りの男が振り返る。刀を握っている。


「今。『あや』っつったか?」

「おいおいおい臨戦態勢だぞ、ありゃ!」

「構えろ九尾、戦闘だ!」


 短刀を抜き放つ空殻、金色こんじきの瞳が未来を視る。世界は分散し、いくつもの光景が重なって見える。


(狙いを定めろ)


 九尾が狐火を放つ。それでクサレの行動は制限された。刀を抜き放つ前にその腕に短刀の峰を叩きつける。


「腕が折れてもごめんよ!」

「敵に情けたぁ、豪胆な餓鬼だ」


 刀を手放し空になった手で府は空殻の頭を掴む。力を込める、握り潰すかのように。頭蓋骨の軋む音がした。


「――ッ!」

「これで悲鳴も上げねぇとは、確かにご同業だ」

「なんであやちゃんを狙う……!?」

「あー……説明するのも面倒だし、出来ねぇし、お前も一緒に死んどけや」


 片手で刀を抜こうとする腐、だがしかし、その動きが、いや全身の動きが止まる。


「糸絡め取るは静寂の夜、私は静かなる蜘蛛、輪廻と申します」

「先輩!」

「まーたご同業か、次から次へと」

「後輩にお痛をするのならば先達である私を通していただかないと」

「へーへーそれは悪うござんした。しかし輪廻といやあ、まよひが使いの探り屋じゃあなかったか?」

「そういうあなたは有名な腐の家系のお方でしょう? お江戸になんの御用で?」


 舌打ちが一つ、腐は素性まで知られているとなると厄介だと踏んだのか「影法師」と呟いた。すると腐の影が無精ひげの男を飲み込み消える。


「おや厄介な、この夕暮れ時に影探しは厄介ですね」

「輪廻さん! 後ろだ!」

「おやおや、せっかくの奥の手も狐憑き相手では分が悪いですか、可哀想に」


 未来視で見た世界では輪廻が、腐に袈裟斬りにされていた。しかし今はどうだ。そこに腐はおらず、輪廻は無事だ。


「おや蜘蛛の巣にはひっかかりませんか」

『やめだやめだ。獲物を見つけたなら今日は上々だい。酔っ払いにご同業二人は荷が重い』

「お前! どうしてあやちゃんを狙った!」

『そうさなぁ……それが知りたきゃ江戸城まで来な、あやって嬢ちゃんを連れてな、その方が都合がいいや』


 消え去る腐、輪廻と合流する空殻とあや達。いよいよ町が夜に染まる。江戸城に明かりが灯る。燈台の光が此処からでも見えるのだ。


「また厄介ごとを持ち込んで来たものですね、からくん」

「あっと今は空太くうたって、ああもういいか!」

「どしたんお前さん? さっきの刀のおっかないおっさんは誰だい? そこなお兄さんも」

「お嬢さん、私はこの子の先達である輪廻と申します。お見知り置きを」

「はあ、りんねさん言うだか。かっこいい名前だなぁ」


 袖から羅針盤を取り出す輪廻はあやに目線を合わせると。


「あなた何かを探している様子、その探しものこの針の向く先にありましょう」

「へぇ! そんないいのか!? お金とか持ってねけど……」

「いいですよ、さあ言ってごらんなさい」

「お父ちゃん探しとる」


 針は江戸城を指し示すのだった。

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