千年の恩讐


 あや、と名乗る少女はどうも路地に用がある様子だった。路地など境界の狭間、とらわれの巣窟である。そんなところに一体なんの用があるというのか。


「お、お父ちゃんとそこではぐれてしもて……!」

「あー……」

「ククッ、そら災難なこっテ」


 路地の闇に消えた父を探してあやは此処に戻って来た。しかしそこには鬼がいた。それが示すところは――


「残念だけど、君のお父さんは――」

「クククッ! 鬼に喰われちまったナ!」


 顔をだんだんと青く染めていく少女、今にも泣き出しそう、空殻からがらは思わず手を空中でばたばたさせる。


「ああと! ええと! そうだ! お父さんはとりあえずここにはいない! それはいいかな?!」

「ふぇっ?」

「それでだけど、もしよければ、俺が一緒に探してあげるよ……どうかな?」

「いいの?」


 ぱああと明るくなるあやの表情、安堵する空殻、九尾はにやにやとしている。


「嘘吐きメ」

「うるせぇ」


 空殻は小型になった九尾を殴りつける。それを受けてもなおけらけらと九尾は笑っている。あやはきょとんしながら。


「あなたの名前は?」


 と聞いてきた。空殻と答えようとした少年はそれを躊躇った。九尾が空中をくるくる回転しながら横移動する。無意味に。


「えっと、クウタ。空に太いって書いて空太」

「そらにふとい?」

「あー、気にしないで、君は『あや』でいいんだよね?」

「うん、お父ちゃんを探しとるん」


 空殻は九尾が無意味に縦回転を始めた辺りで尻尾の一本を掴んで引き寄せる。「イテテ」と九尾が棒読みで唸った。


「お前、鬼から人の血の臭いはしたか?」

「……さぁナ」

「ちゃんと答えなきゃ今夜は稲荷抜きだ」

「そんな殺生な、しなかったヨ、ククッ」


 一先ず、不安は一つ消えた。少女に嘘はついていない。父親が生きている可能性はまだある。


「本当にこの路地ではぐれたの?」

「どうだろな……暗かったからな……」

「じゃあ、お父さんは何してる人?」

「からくり? つくってる。今日は将軍様にそれを献上するんだって張り切ってた」


 あやからのまさかの言葉に空殻は絶句する。絡繰り、将軍、献上。そうとうな職人だ。それが囚に喰われたなんて事になったら一大事である。

 ぱくぱくと鯉のように開閉していた口をなんとか閉口すると、深呼吸して一言。


「必ず、見つけよう」


 とだけ言って、ぎこちなく路地からあやを連れて出た。江戸は広い、どこの路地から探せばいいか精査しなくてはならない。そのためにも土地勘のあるの力を借りよう。


 一方、江戸城地下。


「お前さん、娘連れじゃなかったか?」

「いいんでさ、あんな不勉強な娘、遊んでばっかで家業を手伝いもしない」

「可愛い盛りだろうに」

「そんなことよりどうです、私の絡繰りは」


 巨大な木製の人型。表に出れば江戸城ほどあるだろうか? あまりに巨大、どうやって造り、どうやって運び込んだとと言うのか。


「ああ、良い出来だ。支払いに追加しといてやる」

「ありがてぇ、ありがてぇ」

「後は炉心か」

「このデカブツ動かすにゃ、それこそ上物の囚が必要でっせ?」

「そうさな、とびきりの上玉がいい。今夜は一つ、女神狩りと行こうか」


 将軍付きの武士が一人、刀を抱えてその場を去った。絡繰り職人はただひたすら自分の作品に見惚れている。


「ああ、荒覇々奇アラハバキ! 凶星マガツボシを討つ我が愛し子よぉ!」


 まつろわぬ神の名を与えられた偽神。それは将軍直々の命によって造られた。これによりあやの父親は一大財産を築く……はずだった。


 刀が背中から腹へ貫通する。


「は?」

「悪いが荒覇々奇の存在を知る者は少ないほうがいい」


 去ったはずの武士がいつの間にか背後に回り刀を抜いてそれを男に刺していた。血が流れる、男は最期に「あや……」とだけ呟いて絶命した。


「最後の最期で娘の名前か。未練たらたらじゃあねぇか」


 そう武士は吐き捨てた。そんな彼の名は「クサレ」と言った。

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