すぴヰどすたあ


 後世に江戸幕府と呼ばれるものが開いて数年、徳川家康はひそかに境殺けいさつを集めていた。


凶星マガツボシが輝いたというのは本当か」

「予言師はその言を外した事はありませぬ」

「ではこれから輝くと?」

「如何にも」


 凶星、一度、輝けば人の世はとらわれのものとなると言われている天の星。今もなお、その威容は見えない。


「殺し名持ちは何人来る」

「精々、百人行くか行かないか……」

「治世のために世に広め過ぎたか」

「仕方ありませぬ」


 将軍は慌てる様子を見せながらも。ぽんっと膝を打った。妙案がある様子。しかし予言師は嫌な予感がしていた。


「そこな予言師、お前せがれが居たな」

「……は」

「お前、確か狐の囚を使い魔にしていたな」

「…………は」

「お前、そろそろ引退を考える時ではないか?」

「つまり」


 つまり、家康はこう言っている。お前のせがれを境殺けいさつにせよ、と。それを不承不承ながら承って、今に至る。


 江戸の町並みを見やるお上りさんが一人歩いている。背丈は小さく、まだ子供、傍にふわふわと浮いた何かを連れていた。浮いているというだけで異様だろう。オーバーテクノロジーの風船ではあるまいし。それは狐だった。


「九尾! 此処が江戸の町だぜ!」

「ククッ、楽しそうだねぇ、坊ちゃん」


 懐に短刀を握りしめて少年は浮かれた様に九尾に話しかける。九尾は親しげに笑う。九尾はこともなげに尋ねる。


「で、なんて殺し名を賜ったんだっケ?」

「うぐっ」

「ククッ! 言えよ、これからご同業に挨拶サ」

空殻からがら……なんだよそれ!」

「クククッ! お似合いじゃねーか! 何もない空っぽの抜け殻サァ!」


 親との親しい記憶も、友と遊んだ記憶もない、ただ修行の日々を追想する。そんな彼に幕府は「くうがら」から転じて空殻と名付けた。


「俺だって俺だって……」

「まあ十の小僧っ子にはちと厳しい名前だよナァ」


 十年、ひたすら「神子みこを守れ」と言われ続けて育った。空殻の家系は予言師のはずだった。しかし、突如、幕府の意向で境殺けいさつに任命されたのだ。なんでも凶星が輝いた、らしい。

 らしいというのは詳しい話を空殻も聞いていないからだ。


が輝くねぇ」


 金色こんじきの眼で天を見やる空殻。九尾は不思議そうに。


「人の身にて神の座に立つ。か」

「なんか言ったか?」

「いンや、それより何が見えた?」

「千年の恩讐、その終わり」

「終わり?」

「あっけない虹みたいに消えちまうんだとさ」


 まるでまた聞きのように自分の予言を言い放つ空殻、それは遠い未来の話であり、少年には関係のない話に思えたのだ。

 それが血に定められる因縁だとしても。彼のよすがに今は繋がらない。同い年くらいの少女とすれ違う。一人歩くその姿は儚く見えて――


「路地に入った……?」

「クククッ、臭うな」

「囚か!?」


 短刀を抜き放ち、路地へと入る。そこには倒れ込む少女と、鬼が居た。


「ひっ! ひっ!?」

「下がってろ、こいつの相手は俺と九尾がする」

「えっ、あっ? あなたは……?」

「境殺の空殻、って言っても分かんねぇだろうけどさ」

「クククッ、違いねェ」


 九尾が子ぎつねの姿から巨大な妖狐へと変ずる。路地を埋め尽くさんが巨体。


「俺の狐火だけで十分だがなァ」

「俺にも戦わせろよ」

「狐!? 刀!? なにこれ!?」

「逃げなって言ったろ嬢ちゃン」


 九尾が威嚇してやれば、娘はすぐさまに逃げ出した。鬼と対峙する空殻。


「速き事、流星の如く、天雷」


 空殻は短刀で鬼の首を掻っ切る。その速度は瞬く間であった。九尾が呆れた声を出す。


「全く予言師の動きじゃあねェよナ」


 金色の軌跡はまさしく流星の如く、瞳だけが路地の常闇で光っていた。それを見て一人の少女が「きれい」と呟いた。


「誰だ……って」

「ククッ、逃げなかったのかいお嬢ちゃン」

「あ……はい」


 それが空殻と「あや」の出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る