進んだ時は戻らない 肆


 氷炎地獄ひょうえんじごく。そんな言葉が相応しい。そこはもう人間の生きる場所じゃなかった。世界は溶けては固まり爆ぜた。

 世界は二色に振り分けられた。九尾の赤と白雪しらゆきしろだ。その境に皮肉な事に境殺けいさつが居た。名前の通りか名前の如くか。境で殺されそうになっている。だが二柱の神はそんな事気にしない。いや気に留める隙が無い。隙を見せたら最後、死が待っているからだ。世界を壊すほどの力を使っているのだ。無理もない。矮小なる人の事など考えてなど考える暇も無い。九尾は嘲り笑い、白雪は歯噛みする。氷の牙が音を立てて軋む。


「うああああああああああああああ!!」

「ククッ! クククッ!」


 短刀を軸にして地面に身体を縫い付けている殻器ガラキはその様子をただ眺めるしかなかった。クサレを探す暇も無い。


(どれだけ未来を見ても……死ぬ未来しか無い……!)


 死で埋め尽くされた未来の視界、狐狗狸こっくりの異能を解いて、現在いまを見る。そこにあるのもまた死のイメージだった。世界は死で埋め尽くされている。


(白雪の理の中ならまだ……?)


 その可能性に賭けようとするも凍り付く大地に身体が進まない。あの場所に入ったらどうなるのか、いやでも予想がついてしまうからだ。

 しかし、そこで少年は


 ――世界が死で埋め尽くされているのなら、死んでもいい準備をすればいい。


 そんな思考で埋まった。短く息を吸う。肺が温度差で壊死にそうになる。


狐狗狸こっくりさん、狐狗狸さん、俺の身体くれてやるからなんとかしやがれェ――!!」


 殻器の瞳が金色こんじきに輝く、視界の中に未来の選択肢が泡のように生まれては消えていく。泡沫の夢のようだ。


「この小童! こんな場所に降ろすとは何事か! これをなんとかせいじゃと!?」


 目まぐるしく変わる未来を見ながら狐狗狸はを探す。逃げる隙を。そこに。

 

「おっと動くな、死にたくなかったら言う事を聞け狐狗狸」


 銃を殻器の、狐狗狸のこめかみに突きつける男、それはくされだった。


「またお前か! どいつもこいつも!」

「いいから答えろ、俺が九尾に『逆鱗』を撃ち込む未来は何処にある」

「逆鱗じゃと? まさかその銃、竜神で出来ているのか!?」

「だからなんだ、さっさと答えろ」


 動けない両者、動いたら死ぬ狭間、そこである一点の未来を見つめる狐狗狸。重々しく頷く。


「み、見えた……」

「どうすればいい」

「次の吹雪の時、あの童女が

「……それで」

「説明が必要か!? そこが隙じゃ! そこを狙え!」


 狐狗狸のこめかみから銃の感触が消える、ただ腐は去る前に一言、「逃げたら背中を撃つ」とだけ言った。

 狐狗狸は結局、立ち往生するしかなかった。


 ――吹雪が来る、境が侵される。腐が動く、リボルバーにとっておきの弾を込めて、撃ち放つ。


 その前に、大火炎が白雪を襲う、神が神を取り込む、九尾の大顎が少女の小さな影を飲み込んだ。その瞬間、九尾の首の一点が穿たれる。九尾の首が転がる。炎と氷の地獄が止まる。終わった――


 ――かに見えた。


 パキパキパキ! 氷で九尾の首が繋がる。火柱の半分が氷柱に変わる。氷炎の化け物が生まれる。


「クククククッ!! これが神の味か! 面白い! 面白い!」


 腐は絶望で膝から崩れ落ちる。狐狗狸はと言うと――


「……聞こえたぞ」


 そう呟くのだった。

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