これが運命だと言うのなら


「聞こえたぞ」


 確かに狐狗狸こっくりはそう言った。それはが殻器ガラキの耳にも届いた。いつの間にか主人格が殻器に戻されている。そして狐狗狸が聞いた言葉と言うのは――


「白雪?」


 九尾に飲み込まれた白雪の声だった。決して断末魔などではない。はっきりとこう言っていた。


『わたしはここにいるよ』


 九尾の胸の中心に氷の華が咲く。それは九尾の意図しない出来事であり、異常事態であった。それはつまり。


「あれが、九尾の弱点」


 主人格は殻器のままだったが、その瞳は金色こんじきに輝いたままだ。未来が見える。迫る氷炎の死。それを紙一重でかわす。走り出す。氷と炎と爆発と、世界を埋め尽くす死の隙間を縫って九尾に迫る。何度これを繰り返しただろう。だけど今、身体が軽い。九尾は己の力を制御しきれずにもがき苦しんでいる。


「ククッ! 何故だ! 我は九尾! 傾国の大妖怪! あんな小娘如きの神性で御せるはずがない――!」

「白雪の覚悟を甘く見たな!」

「覚悟、だとっ!?」

「白雪は、わざとお前に喰われたんだ!」


 そう、聞こえた声、私が弱点を作るから、そこを叩けという言葉を。未来視で白雪の異能だけを見る。手に取るようにその向かう先が分かった。九尾の制御を外れた白雪の異能を前にもはやかわす素振りも見せない殻器。前に進む進む。突き進む。

 炎は出てこない。九尾は己の力を封じられていた。氷の化け物と化した九尾はのたうち回る。未来視の短刀を構え、金色の瞳が迸る。暗い世界で眼が踊る。逆手に構えた短刀を九尾の巨体に突き立てる。痛みに叫ぶ九尾、そのまま九尾の身体を駆け上がる。血飛沫を上げて短刀が走る。九尾が殻器を振り払おうとするも、氷の異能に阻まれる。目指すは九尾の胸、その中心、氷の華を目指す、そこに短刀を突き立てるために。


「人間如きに人間如きに人間如きに!」


 九尾が発狂する。己が首を掻きむしり、血飛沫を撒き散らす、血は蒸発し、地獄が徐々に荒廃した世界が元の光景に戻っていく。

 そこで殻器の傍にうち崩れたはずのクサレが現れる。


「逆鱗は確かに九尾を穿った。もう一発ある。これが最後のチャンスだ」

「上等!」


 二人して九尾の巨体を駆け上がる。九尾の眉間に逆鱗の弾丸を撃ち込む。頭が弾け血飛沫が噴水のように湧き出す。動きが一瞬止まる。九尾の首が再生しきる前に九尾の胸の中心にたどり着く。

 短刀を突き立てる。心の臓まで刃を突き込む、腕を深くまで突っ込んで、巨体の心臓を抉る。九尾が雄叫びを上げて、巨腕で殻器を叩き落そうとする。その打撃を身体をひねってかわす。

 さらに九尾が必死に繰り出した、炎が何かに弾かれる。それは腐の弾丸だった。龍の鱗を加工した弾丸は炎や水を操る事に長けている。

 さらに殻器は腕を突き込んで行く、心臓まで短刀が届く、脈動が殻器の腕に伝わる。


「死ね――」


 腕を捻って短刀で心臓を抉り出す。炎と氷が噴き出る。漏れ出る。溢れ出る。零れ落ちる。

 九尾は最期の力を振り絞り、その巨体を東京タワーの袂に引きずって迫る。境界を広げる。そのために。

 暗いくらい、境界の底、その身を落とす。天空に輝きが増す。巨大な髑髏が天空に映し出される。


「恐怖の大王……!」


 九尾が力尽きる。境界は芝公園を包み込んで、百鬼夜行が湧き出て来る。とらわれが多勢に無勢にやってくる。恐怖の大王の降臨を待ちわびていたかのように、境界を超える者たち。通信網が封じられた今、この騒動を知るのは此処に居る者たちだけだ。

 恐怖の大王が語り掛ける。


「我、降臨セリ、我、降臨セリ」


 我の無い人形のように繰り返す夜空の大髑髏。金色の瞳はそれに未来を映し出す。


「なるほど、あれは降りて来ない……か」


 殻器は天空を見上げ指を差す。

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