神を殺す日


 恐怖の大王に向かって、殻器ガラキは指で銃のジェスチャーを示す。そしてその意を酌んだクサレが少年に銃を投げる。受け取る殻器。それに氷の欠片を込める。白雪しらゆきの置き土産。もういない少女の面影を弾丸に重ねて、撃ち放つ。天空に放たれた。

 雪の軌跡は虹を描く。天空に映る恐怖の大王を撃ち貫く。巨大な髑髏は消え去った。

 終わった後、世界は明るく照らされた。


「……白雪?」


 殻器から金色の瞳の輝きは消え去る。未来は見えない。平温に戻った世界で白雪の姿を探す。


「白雪! 白雪!」


 九尾に喰われ、殺された白雪はもういない。それでも分からない。きっと生きているはずだ。化けて出る。なんて言葉がある。白雪だってきっと。そんな一縷の望みに縋る。だけど、どこにも見当たらない。

 見渡す限りの平凡な景色、雪の色はどこにもなかった。地獄は消え、天には明かり。そう明かりが灯っていた。空に流星が走る。東京タワーを月が照らす。世界に明かりが戻って来た。


「やったなおい! 九尾どころか恐怖の大王まで倒しやがって!」

「……拳銃、ありがとうございました」

「ん、ああ、いいって事よ……どうした」

「なんでもないです」


 一人、涙を隠して。その場を去ろうとする殻器。だけど確かに聞こえた――


 ――また会おうね。


「白雪ッ」


 振り返ってもいるのは腐だけだ。そんな奇蹟ある訳がない。九尾に喰われ、弱点を晒し、白雪は死んだ。殻器が殺した。狐狗狸の短刀を見る。


「……刃こぼれしてやがる」


 もう使い物にはならないだろう。これで本格的に境殺けいさつとしてお役御免だ。殻器はただ一歩一歩、帰るべき道へ進んだ。


「また来るよ、白雪」


 そう言い残して殻器は東京の喧噪に紛れて消えた。腐はそれを追いかけなかった。


「――以上が今回の『炎尾えんび暴走事件』の顛末です」


 後日、腐が特務機関にて事後報告を済ませる。上層部は今回の事件を特別視していた。


「その殻器という少年は実に惜しいな、このまま失うのは実に惜しい、その狐狗狸の牙、こちらで調達するが?」

「いえ、本人が殺害許可証の返還を申し出ていますから」

「しかしだね君――」

「では私はこれで」

「あっ、待ちたまえ!」


 腐はその場を後にする。元から上とはあまり仲良くしてはいない。利用できるものは利用し尽くすその魂胆が気に入らなかったのだった。


「さてと……次の仕事行きますか。嫌だけど」


 通信網が繋がって第一弾の放送は今日の天気だった。


「本日は晴天なり、繰り返す、本日は晴天なり――」


 つまらないニュースにブーイングが飛ぶと共に、家族や友人と声で連絡が取れる生活が戻って来た事に歓喜する人々。その合間を行く少年が一人。


「また来たよ、白雪」


 白い菊を持って東京タワーの袂に来る殻器と呼ばれていた少年。その懐には狐狗狸の短刀があった。少しでもあの頃の思い出を残しておきたくかったのだろう。


「短い時間だったな、すごい短かった。もっと遊んでやればよかった」


 まるで幼い子供を失った父親だ。殻器と呼ばれていた少年は誰にも見えないような木陰に花を供える。堂々と東京タワーの足元に置くわけにもいかないからだ。

 すると――


 ――また会えた。


 幻聴だろう。そう断定する少年。彼はその器に新たなものを満たしていかなくてはならない。だけど笑う白い少女の幻影は消えてはくれない。

 これは呪いか、はたして祝福か。神の送るものなど得てして人の身には過ぎたるものになる事が多い。

 果たして雪の神の恩寵は少年になにをもたらすのか。それこそ神のみぞ知るところであろう。

 少年は木陰を去る。その時、確かに冷たい手が少年の右手に触れた。


「こわがらせちゃったかな」

「怖いもんかよ、俺は神殺しだ」


 振り返って殻器は白雪を抱きしめたのだった。

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