進んだ時は戻らない 参


 九体の炎尾えんびが、亡骸含めて揃った。東京タワーを望む公園の広場。燃え盛り誰も近寄らない。通信網があったならばヘリの一つや二つ飛んでいただろうに。業炎は公園の木々を燃やし尽くして荒廃させた。世界の終わりが凝縮されたような地獄に笑い声が響く。


「ククッ! クククッ! よもや人間も我らが九体揃うとは思うまいよ」

「……これで『恐怖の大王』が降臨する前準備は整った」

「おいおい! 俺らはメインディッシュじゃねぇって言うのかよ!」

「もう既に死んでいる者がいるが?」

「『死人に口なし』と人間たちは言うらしいぞ?」


 炎尾同士が楽し気に会話している。楽しさの炎尾は死骸になっているというのに。


「ククッ、おい悲しみ、お前はもう死んだはずではないのか?」

「ぐすん、ごめんなさい、生きてて、ごめんなさい……」

「まあ責めるな、こうして九尾とまた成れる日が来たのだ。喜ぼうではないか!」


 喜びの炎尾が喝采を上げる。世界が炎に包まれる。九体の炎尾は炎の中に消える。最後に嘲りの笑い声だけが響いた。


 東京タワーの袂。暗いくらい、『境界』の狭間。


「夜明け前が一番暗いって言ったの誰でしたっけ」

「さあな、慣用句だろ」


 クサレならもしかして知ってるのかもしれないと思い聞いてみたがダメだった。殻器ガラキは此処に来るであろう九尾を迎え撃つために狐狗狸こっくりの短刀を握りしめる。


「狐狗狸さん、狐狗狸さん」


 そこに見えたのは九本の火柱を生やした化け物。九つの眼を持ってしてこちらを睨みつけ、そして炎に包まれた――これが未来視で見えた世界。


「ここに攻撃が来ます!」

「……蟲毒は」

「早く避けないと!」

「蟲毒はどうした!?」


 九尾が現れ火柱が上がる。噴火の如く。それはまるで炎の間欠泉だった。東京タワーが焼け爛れる。それほど巨大な火柱。一睨みでその威力。本気を振るわれたらどうなるのか。


「あいつの体内には今蟲毒が入っているはずだ! どうして効いてない!?」

「いいから構えろ先輩! 九尾が境界を広げに来る!」


 境界に大妖魔だいようまとなったとらわれが辿り着いたら、その境界は拡大され世界は暗く冥、闇に落ちる。そして恐怖の大王が降臨する。そう言われている。国がそう伝えている。機関がそう言って境界越境者殺害許可証を配って周った歴史がある。

 

 今まさに危機の再現が行われようとしていた。境界が炎の明るさと反比例して暗さを増す。そして九尾からあの笑い声が聞こえた。


「ククッ! 蟲毒ってのは、こいつの事かい?」


 一匹の羽虫、そう言ってしまえば最後だが、確かにそれは蟲毒の最後に残った一匹だった巨大な手でそれを器用につまむ九尾は嗤っている。


「嘲り……!」

「クククッ! また会ったな小僧! 今度はもうお前なんぞに劣る事も無い!」

「さがれ殻器、此処は俺が引き留める、応援呼んで来い!」

「あいつは俺が殺す!」

「あっ!? 馬鹿!!」


 飛び出す殻器、炎の間欠泉を未来視でかわしながら先へと進む、巨大な九尾の喉元へと短刀を突き立てるために。逆手に短刀を持ち帰る、腕を交差させ斬りかかる前の動作を取る。走る走る走る――


 ――九尾は辺り一面を火の海にした。


 それはあの日の再現だった。目の前で家族を奪っていったあの日の。だから足を止めない。未来が真っ赤に染まっても、まだやれると一歩を踏み出す。炎を乗り越える。踏破する。世界を塗り替える。世界が塗り替わる。真っ白に。


 ――雪景色、だった。


「このことわりは!」

「ククッ! 厄介だねぇ」


 白雪が金色こんじきの瞳を伴って舞い降りる、氷の角も顕現している。


「がらきはころさせない」

「クククッ! 混血風情が神様気取りかい!?」


 炎と氷がぶつかり合い水蒸気爆発が起こる。吹き飛ばされかける殻器は地面に這いつくばって短刀を地面に突き立てた。

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