第4−3話 アド・ルード

 扉を潜ると、その先は洞窟の中だった。

 ゴツゴツとした岩肌に突き刺された松明が内部を照らす。どうやら、洞窟はアリの巣状に広がっているようだ。

 地に足を付けた僕に、助けてくれた男は笑顔を向ける。


「良かった~、間に合って。村人を避難させてたら遅くなっちった。ごめんね~」


「……いえ、こちらこそありがとうございます」


 相手はクレスさんを連行した監守、警戒をしなければいけないのだろうが、この洞窟には僕達だけじゃなく、デネボラ村に住んでいた人々がいた。

 扉の力を使い、村からこの場所の避難させてくれたのだろう。

 ほとんどの村人が傷を負っており、少しでも動ける者は介抱に追われていた。


「礼を言われるほどのことじゃないよ~。困ったときはお互い様っしょ!」


 馴れ馴れしく話しかける男。

 しかし、僕の視線はある人を探すために動き続けていた。

 いない……。

 フルムさんがこの場にいないのだ。


 大群に襲われどうなったのか。助けに戻らねばと男に詰めかけた時、全身を包帯で巻かれた人を見つけた。包帯だけでは止血できないのか、白い帯を血液が赤く染めている。

 顔も怪我をしているのか、包帯で顔の全ては見えないが――、


「マルコさん!!」


 怪我をしていたのはマルコさんだった。

 僕の声に目を開いて上体を起こした。


「アウラか……。悪いな、折角、怪我を治して貰ったのに、また傷だらけになっちまって」


 擦れた声で冗談めかして笑う。

 だが、話すだけでも怪我は痛むのだろう。腹部を抑えて呻いた。


「今は話さないで、ゆっくり休んでください」


「そういう訳にいくか。あいつらは――」


 マルコさんが怪我の痛みに耐えて、僕たちに何か伝えようとした

 だが、その間に両手を広げて派手髪の男が間に入った。


「ちょっと待った~!ここからは俺が説明するから、あんたは寝てなよ」


 マルコさんの肩を付き飛ばし、強引に寝かせた。

 怪我人に対して乱雑な扱いだった。


「よし!」


「……何が「よし」なのよ。怪我人は大事にしなさいな。そして、一番あんたが邪魔よ」


「フルムさん!? 良かった無事だったんですか?」


 僕の背後からフルムさんが現れる。

 大きな怪我もしていないようだ。


「ええ。ちょっと、傷の酷い人達の治療を行っていてね。次はマルコさんよ。……にしても、私がこんな男に命を救われるなんて、人生の汚点ね」


「くぅ~相変わらずキツい性格だねぇ。そう言えばさ、助けに来た俺、どうだった? かっこ良かったっしょ?」


 先ほど見せた乱雑さは何処に消えたのか。

 優しく、ふわりとフルムさんの腰に手をまわした。どこから取り出したのか、薔薇の花束を差し出して言う。


「そう言えば、自己紹介まだだったね。俺はアド・ルード。好きな女の子はタイプは、言っちゃおうかな~。今はフルムちゃん。よろしくね」


 薔薇をフルムさんの胸元に差し込み、頬と頬が触れ合う距離まで顔を近付ける。


「……【ファイアボルテクス】」


 炎の渦を生み出し、近付くアドさんを吹き飛ばした。


「うわ、熱っ! もしかして、この熱が俺への思いってことか?」


 燃える衣服を叩きながらも、ポジティブな思考を続けるアドさん。

 フルムさんは視界から完全にアドさんを外すとマルコさんに近付き、【陽】属性での回復を始める。

 辺りにはマルコさん意外にも怪我をしている人達が多数だ。

 無駄な時間はないと背中が語っていた。


「ちぇー。折角ピンチになるまで待ってたのに、意味ないじゃんね。でも、そんな優しいフルムちゃんも好きだよ~!!」


 アドさんは何故か僕に笑いかけて言う。

 ……あれ?

 さっき、村人を助けてたから遅れたって言ってませんでした?

 そっちが本当のことですよね?


 僕の冷ややかな視線も笑顔で受け取るアドさん。

 根負けした僕は話題を変えた。


「あの、それより、アドさん。なんで、あんなに【獣人】がデネボラ村に……?」


「俺も詳しくはないけど、あの【獣人】達は、ネディア王国を縄張りにしてるギルドらしいんだ」


「ネディア王国のギルド……」


 ギルド。

 それは金銭と引き換えに様々な業務をこなす集まりのこと。

 主に獣の討伐や未知の遺跡の発掘など、内容は様々だ。


「そ。ギルドって言っても闇ギルドだけどね」


 本来、ギルドが人を襲うことはご法度。

 だから、今回の一件は正式な届けをしていない闇ギルドが関わっているとアドさん。


「なんて、全部、ウィンちゃんの受け売りなんだけどね~。1人の女の子を狙ってるって」


「女の子……」


 その言葉に僕は1人の少女が洞窟にいないか探す。

 同じ年頃の少女は数名いるが、僕が探している顔はなかった。

 まさか……、狙っている少女って――。


「アドさん。その女の子というのは、ユエさんですか?」


「正解! ユエ・ホーリィって可愛い女の子だよ。あの子、将来、絶対美人になるよね~」


 今の内から目を付けておこうかなと、暢気に話すアドさんに詰め寄った僕は、ユエさんの安否を聞く。


「ユエさんは! ユエさんは今どこにいるんですか!? 無事なんですよね!?」


「落ち着きなさい。もし、連れて行かれたのだとしたら、【獣人】が村に残っていた説明が付かないわ。恐らく、彼女は無事よ」


「フルムさん……」


 僕の問いかけに答えたのはフルムさんだった。

 マルコさんの治療を終え、立ち上がると隣に居た怪我人を治し始めた。


「く~。冷静なところも堪らないね~。そ、彼女は今、ウィンちゃんと一緒にいるよ~。あっちで2人きりで話してるんだ」


 アドさんは洞穴の奥にある、分岐した穴の一つを指差した。

 どうやらそこにユエさんはいるらしい。


「アウラくん。……あなたは先に1人で行っていなさい」


「え?」


「私は皆の怪我を治すことを優先するわ」


 回復させる手は緩めないままにアドさんを睨む。

 そうだ。

 助けて貰ったとはいえ、この二人はクレスさんを監禁していることに違いない。治療に専念すると言うが、そのことについてフルムさんも話があるのだろう。


「わ、分かりました」


 僕は頷き、ユエさんがいるという穴に向かった。

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