第4−1話 二度目の危険

 デネボラ村を出た僕たちは、馬車に乗って移動していた。


 当たり前のように乗せて貰っていたけど、個人専用の馬車と従者を持つとは、流石フォンテイン家である。


 因みにフルムさんに従っているのは、ユエさんと同い年くらいの少女。

 金色の髪と冷めた視線が特徴的だ。

 自分からは決して人と話そうとはしない寡黙な少女だった。


 折角、一緒に旅をしているのだから、もっと仲良くなりたいと思う僕だけど、フルムさんからは、


「この子は仕事として一緒にいるの。余計なことを言って危険に巻き込まないでね」


 と、釘を指されている。

【獣人】との戦いに余計な人を巻き込みたくないようだ。フルムさんはやはり、皆に優しかった。


 そんなことを思いながら馬車に揺れていると、例の如くフルムさんが唐突に話題を切り出した。


「それにしても、よく【魔力】の玉で軌道を見切ろうと思ったわね。中々やるじゃないの」


【獣人】で見せた僕のアイデアを褒めてくれた。


「デネボラ村に着く前にフルムさんから【放出】は自由だと話を聞いてたので、試してみたら出来ました」


 あの話が無ければ全く思い付かなかった。

 今回は偶々たまたま、乗り切れた。

 だから、本当は僕に助言できるフルムさんが、【放出】を持つべきだと思うが、力の譲渡は出来ない。

 僕が頑張らないと。


 褒められた僕は気を緩めないように、自分の頬を貼る。

 すると、フルムさんが、僕の手を掴み、「ムギュ」と頬を押した。


「でも、あの玉一つ一つに威力を持たせれば、倒せたと思わない? ちょっと褒めたら軌道を見切っただけで得意気になっちゃって。今の聞いた?「試してみたら、出来ました」って。格好つけ過ぎよ」


 僕の真似して喋るフルムさん。

 いや、そこまで得意気な雰囲気は出してなかったと思うんですけど……。誇張するの辞めて貰っていいですか?


「……ごめんなさい。ま、魔力が足りなくて、あれが限界だったんです、精進します」


 どうやら、褒めようとしたのではなく、【獣人】を倒して慢心しない様にと釘を刺したようだ。

 フルムさんが僕の頬から手を離した。


「ま、分かればいいのよ。なんて、私も人のことを言えないんだけどね。【陽】属性とその他の属性を同時に使うのがあれほど負担になるなんて……」


 他人に厳しいが自分にはもっと厳しいフルムさん。

 何もできなかった自分を悔やんでいるようだ。


「……冷静になると【陽】属性も謎が多いですよね」


 現在、【陽】属性は、回復が出来るということしか分かっていない。加えて、あの赤ん坊から詠唱は【回復キュア】しか教わっていない。

 むしろ、フルムさんだからこそ、あそこまで対応できたと僕は思うのだけど……。

 フルムさんは、更に力を手に入れようと、気合を入れるフルムさん。


「ええ。今度、あの声が聞こえたら問い詰めてやるわ!」


 両手をこめかみに当てて目を瞑る。

 うわー。

 意気込んでる割にそのポーズは、なんか笑ってしまう。


「ふふっ」


「何笑ってんのよ」


 堪えきれずに笑みを零した僕に、


 ザンッ。


 容赦なく【魔法】の刃が飛んできた。

 馬車の壁を切り裂いて外に消えていく。僕たちがいる場所は草原なのか。緑の爽やかな風が馬車に流れてくる。

 しかし、自然豊かな香りもフルムさんの殺気を薄めてはくれないようだ。


「なんでもありません。笑ってません」


「嘘をつくな」


 バン、バン。

【風】と【土】。

 二つの刃が飛んできた。

 僕の首の脇をスレスレと通り過ぎ、壁に穴を開ける。吹き出た冷汗が風を浴びて更に冷たさを僕に与える。

 な、なんとかしないと――僕、ここで死ぬかもしれない!!


「い、いや~。で、でも、フルムさん、【回復キュア】を使っていなければ、あの【獣人】倒せたんじゃないですか? ――って、え、ちょっと!!」


 僕としては、本当の気持ちを言ったつもりだったのだけど、フルムさんには違う意味で聞こえたようだ。


「見え透いたおべっか言えるなんて、やっぱり、【獣人】を倒したから、調子に乗ってるのかしら!?」


 フルムさんは、怒りの熱を高める。

アースソード】と【エアーソード】を唱え、僕の首を挟むように突き出した。

 余程、怒っているのだろう。

 さっきからピンポイントで首を斬り落とそうとしていた。


「あなたの目は節穴なのかしら? あの一撃ははっきり言って、【獣人】があなたと同じで馬鹿だったから当たっただけ。正面からの戦いになったら、普通に負けてたわよ」


「そんなこと……ないと思いますけど」


「……事実よ。【獣人】は、あの身体能力を基礎としてもってる。どれだけ【魔法】の種類が豊富でも、その上を行くわよ」


「……そう言われるとそうですけど」


 僕たちがこれまでに戦った【獣人】は2人。

 コウモリの力を持ったクレスさん。

 そして、デネボラ村で戦ったイヌの力を持つ【獣人】だ。

 コウモリは飛行能力を、イヌは俊敏性と嗅覚を強化した。


 飛行能力に対抗するために【属性限定魔法】を使用し、俊敏性を見切るために【魔力】の常時放出を使った。

 どちらも、僕とフルムさんの全力。

 全力を出してようやく対応出来たのだ。


「クレスはともかく、あの馬鹿【獣人】は、強化された肉体だけで挑んできていた。少しでも【魔法】を使えば、負けてたのは私たちよ」 


 爪や牙に属性を【付与】すれば、それだけで脅威だ。

 今回の相手はその戦法を使わなかった。獣の力を過信していたから……。だから、僕たちは勝てたのかも知れない。

 今回の勝利は偶然でしかない。


 もしも、仮に【属性限定魔法】を扱う【獣人】や、放出のように特別な力を持つ【獣人】が現れたらどうするのか。

 フルムさんがその道を僕に示した。


「今後、戦いが厳しくなるのは間違いないわ。だから、あなたは早くブレイズ王国に帰って、美味しい野菜を作りなさい。あなたにはそっちの方が向いているわ」


 僕に実力が足りないから、帰れとフルムさんは言いたかったのか。

 僕を危険に合わせないために。

 でも、危険なのはフルムさんだって同じことじゃないか! フルムさんは命を賭けて僕を助けてくれた。

 ならば、僕だって自分の命を賭けて恩返しをしたい!!


「ですから、僕はフルムさんに――!!」


 僕の思いを遮るように――頭の中に声が響いた。


『ちょっと!! 大変なことになってるよ! また、あの村に【獣人】がいるみたいなんだ!』




 前触れもなく聞こえてきた赤ん坊の声。

 いつもは人を小ばかにしたような口調なのだが、今回は明らかに慌てているようだった。

 日々の仕返しとばかりにフルムさんが、お返しとばかりに意地悪く言う。


「あなたねぇ。そりゃ、あの【獣人】を置いてきてるんだから、いるに決まってるでしょう。久しぶりに出てきて無駄な時間を使わなせないでくれるかしら? 頭まで凍ってるんじゃないの?」


 デネボラ村に【獣人】がいる。

 冷静になって聞けば当然のことだった。何故なら、僕たちが倒したイヌの【獣人】を、村に置いてきているのだから。


 そのことは赤ん坊も承知のはず。

 村に置いていき、その間に監守を名乗るあの二人に連絡を取る手はずではなかったか?


 そんなことまで忘れてしまったのか……?

 前から思っていたけど、この赤ん坊は全知全能感を醸し出しているが、基本的には抜けた・・・性格だと最近気付き始めた。

 まあ、だって、最初から能力を渡し間違えているしね。


『ちょっと、私まで馬鹿にするのは辞めて貰えないかな? そこにいるアウラくんだけで充分だろう!』


 赤ん坊が言う。

 そんな。

 まさか、なんてことを――。


「……名前、覚えてくれたんですか!!」


 今まで僕が話しかけなきゃ話しかけてくれなかったから、フルムさんのオマケと考えられてるのかと思ったけど、名前を覚えてくれていたとは!


「馬鹿ばっかりなの、ここは!!」


 フルムさんが馬車を叩いた。

 強い衝撃に、揺れる揺れる。


『と、こんなこと話している場合じゃなかった。勿論、僕が言っているのは君たちが倒した【獣人】じゃない。新しい【獣人】の気配だよ。それも一つじゃない……』


「……それはどういうことかしら?」


『だから、そのまんまの意味だよ。デネボラ村に【獣人】がいる。これは完全に計算外だよ。だから、ミッション変更!! この原因を突き止めて排除するんだ』


 どうやら、赤ん坊は自分の言ったことも忘れていたわけじゃなかった。

 僕の名前も憶えていてくれたのに、疑って申し訳ない気持ちになるが、それどころじゃない。

 別の【獣人】がデネボラ村に?

 僕たちが村を出て半日。

 引き返せばそれと同じだけの時間が必要になる。


「だとしたら、もっと早く言って欲しいわね。それに、私たちが向かわなくても、あの監守達が行くんじゃなかったかしら?」


 引き返さなくても、監守達が行く約束。

 ならば、あの二人に任せればいいとフルムさんは言うが――。


『ああ。でも、手が足りない可能性がある。だから、頼んだよ!』


 監守達でも人手が足りない。

 それがどれだけのことなのか、僕とフルムさんは直ぐに察した。

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