第4−2話 大群

 馬車を走らせること半日。

 日は既に沈み、辺りは真っ暗になっていた。馬車の中を蝋燭の火が揺れる。不安になる僕たちを笑うかのようだ。

 僕は前に座るフルムさんを見た。


「なによ」


「い、いえ、別に……」


 フルムさんは余程、デネボラ村のことが心配なのだろう。抱えた膝をトントンと叩く。

 馬車での移動では限界がある。

 だから、フルムさんは【風属性限定魔法――飛行】で先を急ごうとしたのだが、その先には【獣人】がいる。

【魔力】を温存するべきだと言う僕の意見を受け入れてくれた。


 ようやく村に戻ってきた。


「そんな……」


 僕たちが見た光景は、壊滅した街だった。

 殆んどの建物は崩れるか燃やされており、残っているのは残骸と残り火のみ。

 人々が命がけで守った村は、見るも無残に滅ぼされていた。


「折角、あの【獣人】から解放されたっていうのに――」


 何故――この村ばかりこんな目に合うのか。理不尽な現象に拳を握り怒りに叫びたくなる。

 ……駄目だ、冷静になれ。

 今、やらなければ行けないのは村の人を守ること。

 皆は何処にいるのだろうか?


 僕は村に入り、「大丈夫ですか!?」と大声で駆けまわる。

 だが、返事をする人はいない。

 まさか、全員、殺されてしまったのではないか。

 胸の内を不安がよぎる。

 その時だった。


「危ない!!」


 フルムさんが、【風】を生み出し、僕の背中を付き飛ばした。


 バシュン。


 衣服を僅かに破り、針が地面に突き刺さる。

 フルムさんの反応が遅ければ、僕を脳から貫いていただろう。身体が一気に冷えるのを感じた。


「あ、ありがとう……ございます」


「礼は後よ。さっそく――【獣人】が現れたわね。この責任はきっちり取って貰わないといけないわね」


 フルムさんは、僕と目を合わせることなく、針が飛んできた方向を睨んだ。積み上げられた宿の残骸。

 その上に背中が針で覆われた【獣人】が立っていた。


「あらあら、無意味に尖っちゃって。恥ずかしいわね。ていうか、動き辛くない?」


 フルムさんの挑発にも【獣人】は冷静だった。

 両手を背に回して針を引き抜くと、槍投げのように、僕たち目掛けて投擲とうてきした。


 僕たちがいる場所まで約10メートル強。

 普通の人間であれば、人を殺せるほどの正確さと殺傷性を持って投擲するなど不可能だ。

 しかし、相手は獣の力を持つ【獣人】。

 人間離れした腕力は、真っ直ぐにフルムさんの頭蓋を目指す。


「フルムさん!!」


「やーね。でも、こんな針で私を倒せると思わないで欲しいわね。【アースシールド】」


 フルムさんから数メートル離れた場所に、岩の壁が現れた。

 盾というよりも小さな山のようだ。

 針は山を貫き先端を覗かせて――制止した。


「あら。【シールド】の中で一番の強度を誇る【土】を貫くなんて、意外にやるじゃないの」


 土の壁が針と共に崩れていく。

 一本の針ではフルムさんは殺せない。そのことに気付いた【獣人】は、一本で無理ならば、無数を投げれば防御を打ち破れる。

 そう言わんばかりに、背から次々と針を抜いては、僕たちに向けて投げ付ける。


 針の投擲。

 僕は厄介だと思っていたのだけど、フルムさんは違った。


「ふん。というか、そんなことしなくても、普通に【魔法】の方が速くないかしら? 【エアーバレット】」


 風で作られた弾丸を、相手が投げる針よりも多く早く放っていく。

 弾と針は互いにぶつかり、弾けるように勢いを失い地面に落ちていく。


「流石、フルムさん。凄い正確性だ」


「まあね。詠唱するだけだから、こういったことも出来るのよ」


 そうか。

 詠唱は全自動で【魔法】の効力が決まる。だから、照準合わせに専念することも出来るのか。

 一概に自由度が高い【放出】のほうが有利とは言い切れないのか。

 納得する僕に、フルムさんが付け足した。


「あ、でも言っておくけど、これは私だからできることよ」


「……」


 元も子もなかった。

 僕の考えを読み取ったフルムさんが、得意気に僕の足元に【バレット】を打ち込んだ。まあ、飛んでる物体を打ち込むなんて、そうでしょうね。

 フルムさんは、【獣人】を前にして余裕だった。


「……ちっ!」


 このまま遠距離での攻撃を続ける意味がないと【獣人】は悟ったのか。

 針を投げることをやめて、握ったまま瓦礫の上から飛び降りた。どうやら、剣の代わりに使うらしい。


「接近戦がお望みかしら。でも、残念。私はあなたに付き合うつもりはないのよ」


 地面に着地するよりも先に、両手から別々の属性を持つ【ウェーブ】を生み出す。


【風】と【火】


 二つの属性が空中で混じり、勢いを増した炎の波となって【獣人】を襲う。 


「2つの属性を同時にだと!!?」


 フルムさんの才能に驚く【獣人】。咄嗟に回避を試みるが相手に翼はない。

 避けられないならばと、【獣人】は、身体を丸めて全身を針で覆った。

 防御態勢という訳か。

 炎の波に流されながらも、身は守れているようだ。

 2つの属性の混じった【魔法】を受けきれる防御力。それは確かに厄介ではあるが、身体を丸めているからか動けないようだ。

 ならば、僕が相手の動きをそのまま封じてしまえばいい。


「【チェーン!】」


「【アースチェーン!】


 フルムさんも僕と同じことを思ったのか。【波】を止めて新たな詠唱を行った。

 僕とフルムさんは【鎖】を作り出し、身体を丸めた【獣人】を絡め拘束する。


「やった!!」


【獣人】の人間離れした身体能力を使われれば、当てることは困難。だが、この【獣人】は俊敏性を捨て、防御に徹してくれた。

 動かぬ的にならば、僕だって当てられる。


 拘束された【獣人】は、身体を丸めたまま叫んだ。


「くそ! 話がちげぇじゃねぇか! 人間を捨てる代わりに強くなるって――」


 それは誰への恨み言なのだろう。

 

 ヒュン。

 ザス。


【獣人】の言葉が終わらぬ内に、丸まった球体を真っ二つに、土の刃が切り裂いた。

 容赦のない一撃に、呆気なく【獣人】の命が尽きた……。

 何が――起こったんだ?



 二つに引き裂かれた肉体から、体内に収められていた臓器が溢れる。【獣人】になっても血液は赤いのか。

 先ほどまで敵対していた獣の命が消えた。

 その事実を目の当たりにした僕は、暢気にもそんなことを考えていた。


「アウラ!!」


 フルムさんが僕を呼んだ。

 凛とした声で現実に引き戻される。


「どこから攻撃されたか分からないのよ。油断しないで周りを見なさい!!」


「は、はい!」


 ……そうだ。

 目の前にいる【獣人】がやられたんだ。

 僕たちを狙うことだって出来るはず。フルムさんと背中を合わせるようにして辺りを見渡す。


「なによ……、こいつら……」

 

 僕たちを囲むようにして白い毛を持った【獣人】が、ゆっくり、ゆっくりと近付いてきた。全員が同じ容姿で赤く染まった目が虚ろに光る。

 意思がないのか、足取りが覚束ない。ゆらゆらと動く姿は不気味以外の何物でもなかった。


「これ、全部……【獣人】!?」


 圧倒的な物量。

 逃げ場のない僕らに近付いた【獣人】は、それまでの鈍さが嘘のように、一斉に素早く動き出した。


「ちっ!! 早い!!」


 数の多さもさることながら、一匹一匹が持つ速さが厄介だ。

 この村で倒したイヌの【獣人】よりも遅いが、それでも人間よりも速いことには変わりがない。


 単体で相手してはキリがない。

 フルムさんも僕と同じことを思ったのだろう。飛び掛かってきた【獣人】を吹き飛ばすようにして、【ボルテクス】を詠唱する。


 僕たちの周りに砂が渦巻き、迫る【獣人】たちを弾いていく。


「動きは速いけど、対して強くは無さそうね」


 数と速さは脅威。

 しかし、逆に言えばそれ以外は大したことがなかった。【魔法】で生み出された【渦】に挑んでは弾かれを繰り返している。

 知能もそこまで高くないようだ。


「でも、いつまでも、このままじゃ、キリがないですよ!」


「やーね。こいつら学習能力はないみたいじゃないの。だったら、正面から戦わなければいいだけのこと。何でもかんでも相手の土俵で戦おうだなんて、素直過ぎて可哀そうになってくるわ」


 フルムさんは僕に毒を吐いた後に、【ボルテクス】を解除し、別の【魔法】に切り替える。

 ふわりと僕の身体を包む浮遊感。


「【風属性限定魔法――飛行】!!」


 数が多く意思の疎通も取れない獣と戦うだけ無駄。一度、策を立てるために撤退を選択したようだ。

 宙へ浮き、馬車に戻ろうと動き出した所で――。


「逃~がす訳ないだろうが、ば~かが!」


 下卑た笑い声を響かせ、瓦礫を駆ける一匹の獣がいた。

 垂れた頬が特徴的なイヌの【獣人】――僕たちが倒した相手だ。


「なんで!?」


 いや、理由など聞くまでもない! 他の【獣人】の手で解放されたに決まっている。

 浮かんだ僕たちを引き落とそうと、手を伸ばす。

 大丈夫。

 既に僕たちは高さ数十メートル。これだけ離れていれば、獣の脚力をもってしても届かないはずだ。

 だが、【獣人】は、駆ける勢いのままジャンプし、くうを裂くように爪を振るった。


 ブシュッ!!


 肉の切り裂かれる音。

 僕は背後を振り返る。

 フルムさんの腹部から血が吹き出した。


「こいつ――【魔法】を!!」


 よく目を凝らしてみれば、【獣人】の爪は【風】を纏っていた。届かない分の長さを【魔法】によって補ったようだ。

 傷によるダメージにバランスを崩したフルムさんが落下していく。そんな状態でも、僕だけは空中に留める。

 自分だけが犠牲になるつもりなのか。

 地面に落下したフルムさんを待ち焦がれていたのか、赤い目が一斉に飛び掛かる。


「フルムさん!!」


 フルムさんの身体が白い獣に覆われ姿が消える。


「恨みはきっちり晴らして貰うぜ~!! 骨も残さないぞ~?」


 このままじゃ、フルムさんがやられる!!

 どうすればいい?

 これだけの数を纏めて倒すには――?


「一か八か……全ての【魔力】を一気に放出する!!」


 広範囲で尚且つ、【獣人】の屈強な肉体を吹き飛ばす方法を、僕はそれしか思いつかなかった。

 フルムさんならば、他に効率のいい【魔法】を知っているのかもしれないが……。


「……怖いよ」

 

 恐らく、全ての【魔力】を使用すれば、僕は動けなくなる。

 失敗すれば待っているのは死。

 僕の脳裏に切り裂かれたハリネズミの【獣人】が浮かぶ。次は自分がそうなるかもしれない。

 死ぬのは――怖い。


「でも、フルムさんを助けるって決めたんだ!! フルムさんを失うことに比べれば自分の命なんて――!!」


 意識を集中し、全ての【魔力】を解き放とうとする。

 その瞬間。

 何もない空中に【扉】が現れた。

 

「お~い、こっちこっち。俺ってば最高のタイミングじゃな~い?」


 扉から顔を覗かせたのは派手な多色の髪をした男。

 クレスさんを連行した監守の一人だった。

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