第閑-3話 黒い医者
「アム、アムはいないのか? 俺が暇をしている。相手をしてくれないか?」
貴族が暮らしていた城。
骨を固めて作った玉座に座る男が言った。
雄々しい
「レテオー! アムならさっき、新しい任務で出てっちゃったよ!」
「……そうか。相も変わらずアムは忙しいんだな。俺には任務など一切こないというのに」
アムがクレス・フォンテインを【獣人】にするという任務を終え、城に帰ってから3日間。アムは既に新たな任務へ向かったようだ。
対するレテオは任務など数年間こなしていなかった。
「そりゃ、レテオが暴れたら国が滅びかねないからじゃない? アムは【獣人】の癖にその辺はちゃんとしてるからさー」
「何を言う。俺だって加減くらい分かるさ。それよりマーマル。お前はこんなところで遊んでいて良いのか? 【
地面から這い上がった少女――マーマルは、ぶんぶんと頭を振る。
「私はちゃんと仕事してるよー。ちょうど、沢山の【
「そうか。俺だけ……暇なんだな」
「ほらほら。そんな悲し気な顔しないで。私で良かったら相手になるよ~!」
「本当か!?」
「うん。その代わり、両手は使わないでよね。片手だけでも私じゃレテオには勝てないんだから」
「ああ。それでいい。俺の渇きを癒してくれ!!」
玉座から飛び降り、丈の長いコートを翻し構える。
いざ、戦いが始まろうとした時だった。
バン!
勢いよく扉が開かれた。
そこに立っていたのは黒く染まった白衣を身に着け、深く帽子を被った男。年齢は20代半ば。
浮かべる笑みは酷く醜く歪んでいた。
「おや、おや。ここが獣が巣食う城ですか」
鼻を抑えながら、【獣人】たちに怯むことなく城内へ足を踏み入れた。
「ちょ、ちょっと! 人間が土足で入らないでよね! 入っていいのは死ぬときだけだよ!」
マーマルが牙をむきだして叫ぶ。
「死ぬのは勘弁して欲しいですね。私はあなた達に悪くない話を持ってきたのですから」
「……そうか。だが、まず名乗れ。お前は誰だ?」
レテオは玉座に座り肘をつく。
優雅でありながら、威圧感を持つ所作はまさに王と呼ぶに相応しい。
男は生唾を飲み、頭を下げて敬意を示す。
「私はしがない流れの医者ですよ。名は――今はなんという名だったか忘れてしまいましたが」
「医者が何の用なんだよー! 【獣人】は風邪引かないもんね! だから、帰った、帰った」
マーマルがずかずかと男に近づき顔を覗き込む。
少女の剥き出しの敵意を笑顔で躱し、レテオへと視線を合わせる。
「さて、私の話というのは商売についてです」
「おい! 私を無視すんなよー! 殺すぞ?」
マーテルは、自身の口から牙を抜くと、男に向かって投擲した。男の肩を牙が裂く。だが、男は怯むことなく笑顔を浮かべていた。
「まあ、待て、マーマル。人間が我々に商売を持ちかけるなど――面白いではないか」
「あーあ。出たよ、レテオの悪い癖。さっさと殺せばいいのに」
「俺は暇なんだ。楽しいことを提案してくれるのであれば生かしておこう。つまらない提案だったら殺す。それでいい」
「そんな面倒なことしないで殺しちゃえばいいのに」
もう一度、今度は威嚇ではなく本気で殺そうと手にしていた牙。
マーマルは、「ぽい」と捨てると詰まらなそうにレテオの横に座った。
「はっはっは。マーマルは賢いな」
「……賢い要素は何処にも無かった気がするのですがねぇ。まあ、気を取り直して」
医者と名乗る男は小さな咳払いと共に商談を進める。
「あなた方は人を【獣人】に変える方法を持っている。ただ、数が多くないことと成功率が低い……と、私は睨んでいるのですが、どうでしょうか?」
「……」
マーマルが何故それを知っているのかと、目を見開くが直ぐに表情を押し殺す。
沈黙と取り繕う表情。
男は浮かべていた笑みをより、醜く歪めた。
「それは肯定と捕えてよろしいでしょうか? そこのお嬢さんと違って、王となるあなたは話が分かるし、動揺もしないとは……流石です」
動揺したマーマルと違い、レテオは眉の一つも動かさなかった。
褒められたレテオは笑う。
「……そうだったのか? それは初めて知ったな」
「あなた、知らなかったんですか?」
顎を掴むようにしてなぞるレテオ。
まさか、知らないとは医者も思っていなかったようだ。
レテオに代わり少女が答えた。
「レテオみみっちいことする男じゃないんだもん! ただ、お前が言ったことは全部正しいよ」
自らの思考通りの回答に、「にちゃり」とネバつくような笑みを浮かべる。
「……でしょう。そして、私ならその成功率を高めることが出来ると思うんですよ」
「何故、そう言い切れる?」
「そうだ!! 根拠もないのに何言ってんだよ、馬鹿じゃないの!!」
「根拠は私の【魔法】ですかねぇ。実は私、――【陰】属性を生まれながらにして持ってるんですよ」
【陰】属性という言葉に【獣人】達の表情が険しくなる。
「……なるほどな。それが本当ならば信じてやってもいいか」
パチン。
レテオは指を鳴らした。
指の鳴らす音に合わせて、赤い衝撃が生み出され――男を吹き飛ばした。閉じられた扉にぶつかり、身体の形に合わせてめり込んだ。
「ガ、ッガぁ……。い、いきなり……なにを、するんだ、この獣風情が!!」
「なに。本当に成功率が高くなるのか、お前の身体で確かめて見ようと思ってな。マーマル!!」
横に立つマーマルに指示を出した。
後ろで手を組み、にこやかに笑い軽やかに近づく。
獣風情と乏した態度に、マーマルが男の頬を叩く。
「あーあ。やっぱり、それが本性なんじゃん。駄目だよ、私たち【獣人】を舐めたらさ~」
いつの間に手にしていたのか、マーマルは赤い血液が入った小瓶を握っていた。
蓋を開けて医者の口元へ添える。
「な、馬鹿な! 私なら成功率を上げられるんだぞ? 利用価値があるんだぞ? 金さえくれればやってみせる!! 死のリスクを背負う必要はないぞ!!」
【獣人】になれなければ死ぬ。医者として異形になり替わる途中で死んだ人間を何度も見てきた。そこから、【獣人】達の存在に気付いたのだ。
もし、失敗すれば人の形を保てぬまま死ぬ。
恐怖から必死に叫びを上げるが、【獣人】は聞く耳を持たない。
「お前、俺の話を聞いてなかったのか? つまらなければ殺すと言っただろう? 先のことなど知ったことか。俺は今が楽しければそれでいいんだ。」
だから、俺の為にリスクを味わえ。
無邪気であり、傲慢なレテオは――笑った。
「だから!! 私は命を賭けなくても、あなたを楽しませると言っているんですよ!!」
「そうか。そうか。マーマル。俺のためにやってくれ」
「はいはーい!」
マーマルは「ガシッ」と男の口を開くと、蓋を開けた瓶ごと男の口に放り込んだ。開いた口を閉じるように、無理矢理力で租借させる。
バリ、ガリ。
ガラスが口の中で弾ける。
大量の血液を吐き出そうと、頬を膨らませて顔を赤めるが、
「駄目だよ~。ちゃんと飲んでよね? あーあ。可哀そうに。【獣血清】はこの生き物しか残ってなかったんだよね~。アムが弱いし汚いから要らないってさ。可愛いのに~」
アムに対する不満を口にする前で、
「が、ガっがっガ~~!」
メキメキと音を立てて、医者の姿が変わっていく。
人と獣が合わさる――新たなる存在へと。
「ようこそ、新たなる進化へ」
玉座から立ち上がったレテオが両手を広げ、新たなる【獣人】の誕生を祝った。
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