第閑-2話 フレアの苛立ち

「アウラ! アウラはいるか!!」


 父からの説教を受けたフレアは、王国の片隅にある畑を訪れた。

 自身にまつわる秘密にアウラが関係しているのであれば、本人に聞いた方が早い。


「……おい! 聞こえているんだろう! 何故、誰も姿を見せない!」


 家の前に立ち乱暴に扉を叩くが、一向に人が現れる気配はない。

 ただですら苛立っているフレアは、【魔法】によって家そのものを破壊しようとする。意識を集中し、【魔力】を呼び起こす。


「【ウォーター――】!」


 フレアが詠唱を終えようとしたところで、


「フレア様!! 何かあったでしょうか?」


 アウラの叔父であるフィールが姿を見せた。

 走り回っていたのか全身汗まみれ。常に泥を弄っているからか、手も爪も黒みを帯びており、余計汚らしい姿になっているとフレアは蔑む。

 こんな年をいった老人より、自分の方が偉い。

 次期国王である自分とは身分が違うのだと。その優越感がフレアを冷静にさせる。


「なに。父たちは俺に秘密を隠しているらしくてな。秘密のヒントがアウラにあると俺は考えているんだが……お前は何か知っているか?」


「わ、儂は……」


 フレアの問いに瞳に影を作る。

 その表情は肯定。

 何か知っているんだろうと、フレアは問い詰める。


「お前が知っていることを、全て俺に教えろ!!」


「そういう訳には――いかないのです」


「父上の炎か」


「何故、それを!!」


「今しがた、目の前で見てきたからな。あの父が自らの身体に【魔法】を掛けていたのだ。他に知っている者がいれば当然だ」


 対象者が口にすることで発動する【魔法】。

 そんな【魔法】をフレアは聞いたこともなかったが。国王として民の上に立つ人間。誰もが知らぬ【魔法】を扱えても不思議はない。

 いずれ、自分のモノになるのだから。


「しかし、これで確定したか。秘密はやはりアウラが絡んでいるわけだ」


「……」


「俺とアイツに一体、何の秘密があるというのだ? まさか、アウラが王の子供とでもいうのか?」


「……」


 何度聞いてもフィールは口を開かない。

 頑固な老人にフレアは両手を上げる。


「ふん。何も答えないか。なら、お前を拷問にでもかけて聞き出してもいいんだぞ?」


 王族の権力を使えば、それぐらい訳がない。

 無い罪を作り上げて、牢で監禁することだってできる。

 フレアの脅しに対して、ゆっくりと口を開いた。


「フレア様は――」


「ようやく話す気になったか。最初からそうして置けばいいのにな」


「フレア様は、アウラがどこに行ったか知りませぬでしょうか?」


「なんだと?」


 聞いた質問から大きく外れた言葉に、フレアは耳を疑う。


「なんで俺が薄汚れた馬鹿の居場所を知らなきゃいけないんだ! いいから、俺の質問に答えろ!!」


「その、フルム様と一緒ではないかと思いまして……。婚約を結んでいるフレア様なら居場所を知っているのかと――」


「俺は知らん! フルムなんて尻軽女のこともな!! 妹とアウラと三人で仲良く国をでたんじゃないのか?」


 婚約者であるフルムもアウラを選んだ。

 全てがアウラ、アウラ、アウラ。

 なんで無能ばかりが、特別扱いされるのか。

 フレアは理解できぬ苛立ちに、近くにあったテーブルを蹴る。


「そんな奴らのことはどうでもいいんだよ! 俺の、俺のことについて聞いてるんだ!! お前が何か知ってるなら、さっさと吐け!!」


 フレアは両手を合わせて【魔法】を発動する。


「【ウォーターウェーブ】!!」


 空中を滑るようにして波が生み出される。

 白波が先陣を気ってフィールを飲み込もうとするが、


「……【ウォーターウェーブ】!」


 フィールも同じ【魔法】で応じた。

 波と波がぶつかり飛沫が上がる。

 同じ【魔法】。

 勝敗を決めるのは個人が持つ濃度。そして、もっとも優れた血筋は――王族。


「馬鹿が! 俺は王族だぞ! お前みたいな農家が俺に【魔力】の質で勝てる訳ないだろうがぁ!!」


 だが、威勢のいい言葉すらも飲み込むようにして、フィールの波は勢いが衰えない。

 完全に――互角だった。


「ば、馬鹿な!! 俺は王族だぞ!!」


「……あなたは知らないでしょうが、私もまた――」


 フィールが言葉を告げようとした瞬間。

 右腕から赤き炎が現れた。


「これは、父上の!!」


「グっ!!」


 発動していた【魔法】を止め、燃える右腕に【水】属性の【魔法】を打ちかけた。

 煙が上がり勢いが弱まっていく。

 だが、その炎が消えることはない。

 腕を焼く炎に歯を食いしばり、フィールは言う。


「私もまた、王族の血筋が1人なのですよ」


「なに!?」


「真実を知りたければ、【黒い医者】を探しなさい。彼には王の【魔法】は付いてませんから」


「……そいつは、どこにいる!」


「残念ながら、私が話せるのはここまでです……。【ウォーターソード】」


 フェールは詠唱と共に言葉を止めた。

 燃えていない左手に水で作られた剣を握ると、躊躇うことなく右肩に突き刺し、地面に向けて真っ直ぐ落とした。


 だん。


 命から切り裂かれた腕が、重力に負けて床に落ちた。

 切り落とした傷を塞ぐように、【魔法】で鎖を生み出し、傷口を縛る。


「お、お前、なにを……」


 自らの腕を切り落としたフェールの迫力に負けたのか、数歩後ろに下がるフレア。


「こうしなければ、命は助からなかったので……」


「だとしたら、なんでお前はそんなことをッ!!」


「フレア様。あなたは常に苛立っておられる。それを解消するために弱い人を見つけては傷付ける。そんな生き方が可哀そうだと――思ったのですよ」


「か、可哀そうだと!? ふざけるな!! 俺はお前如き農家に同情をされるほど、低俗な人間ではない! 俺はフレア・ブレイズだぞ!!」


 王としての誇りを込めてフレアが叫ぶが――その声は虚しく轟くだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る