第閑-1話 フレアの秘密/獣人の思惑

 クレス・フォンテインが【獣人】を捕える監守に連行されてから三日が経過していた。

 いつものように、変わらぬ生活を送っていたフレアが帰宅すると、使用人の1人から王が呼んでいると伝言を受けた。


 父からの呼び出しは珍しい。

 恐らくアウラとフォンテイン家についてだろう。

 フレアは予想しながら部屋に入った。


「お呼びでしょうか? 父上」


 腕を後ろに組み、背を向ける父。

 表情は見えないが、部屋の熱気で父が怒っていることを察した。ブレイズ家は代々、【火】を司る一族。

 王族の炎は、優れた魔力濃度から、より赤く、紅に燃える。


 振り向いた父の瞳は赤く揺らめく炎を纏っていた。


「フレア。お前がフォンテイン家に何か言ったのか?」


「え……? フォンテイン家になにかあったのですか?」


 全て自分の思惑通りに進んでいる。

 アウラが死に、殺したのはフォンテイン家の人間。自分が描いた通りに話が進んでいる。そう信じて疑わないフレアは、笑いをこらえ、目を丸くして見せた。


「とぼけるな! フォンテイン家の娘2人が姿を消したんだぞ! 寝取られた腹いせに殺したりはしてないだろうな?」


「なっ!!」


 2人が姿を消した?

 アウラでなく、フルムとクレスが?

 想定外の答えに動揺する。


「ついでに、お前が貶していたアウラも姿が見えないらしい」


「……!?」


 三人とも行方をくらました。

 そうなれば考えられることはただ一つ。


 フォンテイン家の姉妹とアウラで駆け落ちをしたのだ。


 名を捨て、身分を捨ててでも一緒にいたいとフルムは思ったことになる。

 裏を返せば、そこまでしてフレアと一緒にはなりたくないと言う強い意思にもなる。その噂が広がれば、フレアは哀れな王子として威厳を無くす。

 父の怒りは当然だった。


「妹も関わらせたくないと言うことらしいな」


「……そんな」


「あれだけの才能を持つ娘に愛想を付かされるとは、我が息子ながら情けない……」


 父からの失望。

 だが、それは間違いだ。

 自分の行動が正しいんだとフレアは訴えた。


「情けなくはない筈です! 俺は、不貞を働いた許嫁を追放したんですよ! 何がそんなにおかしいんですか!? むしろ、褒められるべきです!」


「なにも知らぬくせに偉そうに言うな!」


 鬼のような形相で父は机を叩いた。

 有無を言わさぬ気迫に、フレアは部屋から逃げ出したくなるが、自らの足を殴り、大きく前に踏み出した。


 いずれ自分も王になる男。

 いつまでも親の言いなりではないと主張しているようだ。


「知ってます! 父上は俺が【火】の属性を持たぬことを恥じている。だから、俺の子に期待するのも分かります!」


 フレアの父が持つ属性は【火】。

 母は【火】と【水】。

 2人が【火】を持てば殆んど子に受け継がれるはずだったのに――フレアは【水】だけ。

 ブレイズ家を象徴する【火】を取り戻すことが父の望み。

 しかし――それならば、


「【火】を受け継ぐのであれば、フルムでなくても同じこと。違いますか!!」


「お前は何も分かっていない! だったら、教えてやる。お前は――!!」


 マグアが何か言おうとした時――その身体を深紅の炎が包んだ。

 王族の炎。

 それはつまり、自らの身体を自らが焼いたことになる。


「父上!!」


「……っ!!」


 マグアが胸に手を当て大きく深呼吸をすると、炎が消えていく。

 一体、何が起こったのかフレアには理解できなかった。


「いまのは一体? 何故、自分を燃やす【魔法】を掛けているのですか?」


「……すまない。今はお前と話す気にはなれない。1人に――させてくれないか?」


 マグアはそう言いながら、机に置かれた写真を見る。

 写っているのは美しい女性。

 フレアの母だった。


「……分かりました」


 父の弱気な言葉に、フレアも落ち着きを取り戻したのだろう。

 深く頭を下げて部屋から出ていった。


 自分の部屋に戻ったフレアは考える。


「俺に何か秘密があるのか?」


 だとしたら、それはアウラとフォンテイン家が関係している。

 フレアはそう感じていた。




 崖の上に建てられた城。

 城内。

 赤い絨毯が敷かれた広間の中心に、手、足、頭、胴体。数十人の身体のパーツが、一つも揃うことなく積み上げられていた。

 それはまさに屍で出来た山と言うに相応しい。


 頂きに腰を下ろす男。

 彼だけが唯一生きていた。

 返り血よりも赤い深紅の衣服を纏った男は、自身のたてがみに付いた血を拭い舐める。

 その姿はどこか気高い。


「逆らわなければ、殺しはしないと忠告したのに挑むとは……。まさか、本気で俺に勝てると思ったのか?」


 血にまみれた男は、自らが殺した屍たちに問う。

 当然、返事など帰ってくるはずもない。


 代わりに返事をしたのは、メイド服を着た女性・・だった。入口に立つ彼女は、呆れた表情で扉を閉じると、ゆっくりと屍に近づいていく。


「答えるわけないでしょう? レテオ。自分が殺したんですから。それにここを私たちの拠点にするから、なるべく綺麗にお願いしますって言いましたよね? ああ。こんなに血で汚して……。これなら最初から私が殺してから帰れば良かった」


 屍が発する匂いに顔を顰め、眼鏡の位置を直した。


「悪かったよ、アム・・。だが、お前にはお前で別の任務があった。だから、俺が対応した。違うか?」


「そうですけど……。女装までして頑張っている私の身にもなってくださいよ」


 アムは肩まで伸びた髪を後ろで一つに纏める。すると、黒い毛で覆われた鋭い耳が惜しげもなく晒された。


「しかし、何故、長い時間をかけてまで、彼女を【獣人】にさせる必要があったのでしょうか? 流石に数年も二重生活は面倒でしたよ」


 クレスを【獣人】に変化させること。それがアムに与えられた任務だった。


 そのためにアムはフォンテイン家の侍女として、性別を偽り潜入をしていた。

 理由も分からぬまま、何年も生活することは苦痛でしかなかった。


「さあな。それよりも折角任務が終わったんだ。パーティーと行こうじゃないか」


 山から飛び降りてアムの横に並び立つ。


 レテオが降りた山の中から、「パーティ、どこ!? どこでやるの! これ以上のご馳走があるっていうの!?」と。前髪を一直線に揃えた少女が、死体の山から顔を覗かせた。


 海獣のような牙にヒレ。

 死体の海を泳いで満足した少女の笑顔は輝いていた。


「マーマル。久しぶりですね。あなたも帰っていたのですか?」


「うん! ちょっと前にね。ずっと姿が見えないから、アムは死んじゃったかと思ったよ!」


「……あなたじゃないんです。私がミスをするわけないでしょう?」


「やだなー。私の方がミスはしないよ。だって、私のお陰で【獣人】は増えてるんだからさ!!」


「……そうですけど」


 少女――マーマルの成果を渋々と認める。

 その姿に牙の付いた口を大きく開いて笑う。


「ほら! 私のお陰じゃん」


「いえ、任務という点では同じです。むしろ、長期間の任務をこなす方が難しいです。他にも私はそれ以外にも色々任務はありましたからね。数は圧倒的に私です」


「べーだ。数より質だもん! ね、レテオもそう思うよね?」


 顔を近付けて互いの手柄を主張し合う2人。

 このままでは拉致が明かないと思ったのか、少女――マーマルは見守るレテオに聞いた。


「はっはっは。つもる話はこの馳走を平らげてからだ。久しく3人が揃ったんだ。盛大に祝おうではないか」


 三人の獣人たちは雄たけびの如く笑うのだった。


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