第3-7話 【放出】の想像
「す、凄い……。別の属性で、しかも型まで違うのに、同時に――!?」
少し前に、フルムさんはフレア達から、僕を助けるために3つの属性を同時に発動したことがあった。
その時は3つの属性を同じ型――【
難易度は段違いだと、記憶しているんだけど――。
「それだけじゃなく、【獣人】の動きを予想して……」
フルムさんは、目で追えぬ相手に対して、予測のみで反撃をしてみせた。
どれだけ、早く動こうと、どこに向かっているのか分かれば、先回りできる。理論は分かるけど、実戦で、別の属性を使いながらとなると――もはや、才能だけのレベルじゃないぞ?
驚く僕と違いフルムさんは冷静だった。
吹き飛ばした【獣人】の動きを注視する。
「……ま、これじゃあ、倒れてはくれないわよね」
空中でクルクルと勢いを殺して、近くにあった宿屋の屋根に着地する。
普通の人間であれば――今の【魔法】で意識は奪えただろうが、相手は強靭な肉体を持つ【獣人】。
倒すには威力が足りなかったようだ。
「……フルムさん!!」
フルムさんの鼻から「ツーっ」と血が流れ、瞳が赤く染まる。
【回復】と【風】の使用に脳と身体が追い付かず、膨大な負荷がフルムさんを襲った。一度に膨大の魔力を消費することで起こる症状。今、フルムさんは頭痛や吐き気に襲われていることだろう。
心配する僕の顔に対し、フルムさんは強気に笑う。
「そんな顔しなくても大丈夫よ……。何があろうと、この人は絶対に治すから」
「……」
僕が心配しているのは――フルムさんです。【獣人】を倒せるかどうかなんて、二の次です。早く休んでください!!
僕は口に出して叫びたかったが、その言葉を飲み込んだ。
「今、僕に出来るのは叫ぶことじゃない……」
これは戦いだ。休みたいから休むなんてことが出来る状況じゃない。フルムさんにはそれが分かっているんだ。
僕はいつまで、【魔法】が使えない傍観者のつもりでいるんだよ。自分の位置をはき違えるな。
自分に言い聞かせ、建物の屋上へと着地した【獣人】を睨んだ。
だが、【獣人】にとって、僕など眼中にないようで、血走った眼でフルムさんを見下ろす。
「こ、このクソアマ~!!」
逆上した【獣人】は、先ほどよりも早く、複雑な軌道を描きながら高速移動を繰りだした。
目で追うことすら出来ない速さ。
僕がどれだけ戦う決意をしても、その場で急に強くなるなんてことは――ない。
現実はいつだって非情だ。
「……くっ!!」
最初に引き裂いたのはフルムさんの背中。
服が破れ詰め痕がくっきりと身体に刻まれる。
「あ~ん? さっきの【魔法】使えないのか? まあ、身体に症状が現れるほどの負荷だ。本当はその良く分かんねぇ【魔法】も、今すぐにでも解除したいんだろぉ?」
負荷が掛かった状態でも、マルコさんに発動する【
【魔力】よりも先に【身体】が壊れてしまう。
「……」
歯を食いしばり痛みの叫びを押し殺すフルムさん。
それが今できる抵抗だとでも言いたいのか。
「おいおい、もっと泣いてくれないと盛り上がんねぇだろ? 大声で泣くまで。この地獄は続いちゃうぞ~?」
その言葉の通り、僕たちの肌を切り裂きはするが、致命傷は避けていた。
いつでも殺せるのに遊んでいた。
これが本当に人だった者が成せる業なのか?
姿の見えぬ【獣人】に僕は叫んだ。
「なんでこんなことするんだ! 元は普通の人間だったんでしょ?」
同じ人間であれば、非情な行為を選択する意味はないはずだ。
僕の問いに【獣人】は足を止めることなく答えた。
「ああ、そうだ。確かに見た目は変わっちまったが、この力は最高だ。俺を落ちこぼれだの、鈍くさいだの笑ってた奴らを殺し、楽して金も手に入れられたんだからなぁ!!」
「……っ!!」
この【獣人】は――僕と同じだ。
力を手に入れて変わったんだ。【放出】の代わりに【獣】を手に入れた。そして、力を手に入れ、浮かれていたことも……。
だから、もしかしたら、僕もこうなっていたかも知れない。
でも、僕は【力】で人を傷つけようと思わない。
だって、フルムさんは最初から僕を助けてくれたのだから――。
「僕はフルムさんのために、この力を使いたい……」
隣にフルムさんがいた。【獣人】と僕の違いはその程度の差しか無かったのかもしれない。
でも、その差は途轍もなく大きいのだと――僕は信じている。
「考えろ。今の僕に何ができる?」
【放出】はこれまでの【魔法】の常識から逸脱している。
「詠唱も消費魔力も決められていないんだ」
ならば、全ては僕のイメージだ。
想像すればするほど、僕の力は広がっていく――!!
「うおおおおお!」
僕は自分の【魔力】を、爪ほどの小さな玉として辺りに【放出】した。
【
しかも、弾のように勢いを持たせるのではなく、宙に浮かべるだけ。
さながら、ホタルが宙を舞っているかの光景だ。
「よし、一つ一つの【魔力】が少ない分、数を増加させることが出来た!」
この玉に触れるのは危険だと判断したのか、【獣人】は自分の元に玉が届くより早く、足を止めた。
「ま~た、奇妙なモンを。これに触れたらどうなるんだ?」
僕が浮かべる玉は、周辺の宿すらも囲っている。宙に浮いているのに足の踏み場もないほどに。
動けば必ず触れるだろう。
それが僕の狙いだった。
【獣人】もそれは理解しているのか、爪で自身の腰についていた装飾品を剥すと、
ポンッ。
指先だけで放り投げた。
装飾品は玉に当たる。
玉に触れた装飾品は、爆発することも、衝撃で飛ばされることもなく地面に落ちた。
「なんだこれ? 威力なんもないみたいじゃないか~? ハッタリかよ!!」
威力がないことを確認した【獣人】は、今度は爪で玉を突く。
触れると玉は「パチっ」と可愛い音を立てて消える。
身体で触れても問題はない。
そのことが分かった【獣人】が、無意味な技を繰り出す僕を笑った。
「はーはっは。なんだよ、これ。静電気の方が痛ぇじゃんか。とにかく、俺に攻撃を当てたい気持ちは分かるが、こんな威力じゃ意味ないだろ。いくら動いたって痛くも痒くもないぜ!!」
僕の【放出】は怖くないと判断したのか、イヌの脚力を使った高速移動で姿を眩ます。
パパパパパパ。
【放出】の玉が【獣人】の身体に触れ、消えていく。次々と消える玉を埋めるようにして、僕は【魔力】が持つ限り延々と続ける。
諦めぬ僕に苛立ったのか、
「だから、意味ねぇって言ってんだろ!!」
【獣人】が、
――そう『ジグザグ』にだ。
さっきまで見えてなかった軌道が見える。
これならば、予測することは簡単だ。
「がぁッ!!?」
僕の喉元目掛けて走っていた【獣人】は、【土】で作られた【
自身の素早さを一身で受け止める。
いくら、獣の身体が丈夫でも、耐えきれる衝撃ではない。壁に顔からぶつかった【獣人】は背中から倒れていく。
「お前、私のこと完全に忘れてただろ?」
【獣人】の軌道に【魔法】を放ったのは――ユエさんだった。
鎖を首に繋がれたままのユエさんが、してやったりと笑う。
「畑と宿を壊した分は、これでチャラにしてやるよ」
ユエさんはそう言って僕に笑った。
白目を向いて倒れた【獣人】。
一先ず、これで安心だろう。
「よくやったわ」
マルコさんの治療を終えたフルムさんが、落ちていた廃材を支えに歩く。
ゆっくりと僕に近づき――そのまま通り過ぎた。
目指す場所は倒れた【獣人】。
「え、あの、フルムさん……?」
フルムさんは【獣人】の頭の上に立つと、
「今の私じゃ、一回分の【魔力】しか残ってないわね」
言い終わるや否や、手にしていた廃材に、【土】の属性を【付与】する。
岩の棍棒と化した廃材をフルムさんは、思い切り叩き落とした。
「これで、私を起こした罪もチャラにしてあげるわね」
目から、鼻から血を流したフルムさんが、とても怖く感じた。
ユエさんも同じだったのか、「この人……ヤバいな」と小さく呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
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