第2-5話 ミッションクリア

「僕はフルムさんを助けたいんです」


 全て自分に任せてくれ。そう言えたら格好いいのだろうけど、僕にそんな力はない。

 だから、せめて、一緒に戦わせてほしい。

 助けさせて欲しい。


「フルムさんが一緒に居てくれたら、僕は心強いです」


【獣人】の攻撃を全て防ぎ、宣言をした僕に――、


「ふふ、ふふふ」


 フルムさんは笑った。

 こんな状況なのにお腹を抱え、目には涙まで溜めて笑う。

 瞳の雫を指先で拭うフルムさん。


「そんなに笑うほど、変なこと言いました?」


「ええ。素直でいいなと思っただけよ。格好つけるだけの男よりも共感が持てるわ。いいわ、協力をしましょう。私と一緒に――あの【獣人】を倒しましょうか?」


「はい!!」


 フルムさんは濡れた瞳で僕を見ると、赤く潤う唇を震わせた。

 

「【風・属性限定魔法――飛行】」


 彼女の言葉に合わせて、


 ふわり。


 僕の身体が浮かぶ。

 重力から解放された不思議な感覚だ……。


「凄い、僕は今、空を飛んでます!」


「……浮かんでるだけよ。残念ながら動かせるのは私。だから、細かな飛行は出来ないと思いなさい」


「わ、分かりました……」


 それはそうか。あくまでも【魔法】を発動しているのはフルムさん。

 でも、その代わり、僕は【放出】を使えるはず。試しに【バレット】を上空に放つ。青白く光る魔力の弾丸は真っ直ぐ打ちあがった。


 よし、発動する。

 これなら――戦える。


「フルムさん。お願いします!」


 僕の言葉にフルムさんは深く頷き、


「ええ、この私に任せなさい!!」


 フルムさんが大きく手を頭上に向けて振るった。

 

 ビュン!!


 先ほど僕が撃った弾丸のように、勢いよく上空に飛んだ。

 まさか、自分が【バレット】にされようとは。


「え、ちょっ……。は、はや、速い!!」


 僕が思っていた何倍もの速度で飛行する。自分で動けないことが、更に恐怖を増長させる。唯一の救いは現在が夜だったこと。

 灯りのない畑の周りは暗く、眼下の色は黒一色だった。もしも、地面が見えていたら高さで気を失っていたかも……。

 僕、高いの苦手だし……。


「ガアアァ!!」


 初めての飛行に震える僕に、【獣人】が牙を向けて襲い掛かってきた。僕のことをフルムさんだと勘違いしているのか、【魔法】は発動していない。

 相手も【魔力】の消費は避けているのだろう。人としての戦い方が身についていた。


「――っ!!」


 僕は手の平から【魔力】を放出させ、迎撃する。手の平から放たれた【弾】が、【獣人】の腹部に当たり、煙を上げる。


「ガァっ!!」


 痛みに【獣人】が叫びと共に距離を取る。その音が合図となって、フルムさんは僕を制止させた。

 動きを止めた僕に、【獣人】は距離を保ったまま、【ウォーターカッター】を使う。


「【シールド】!!」


 僕は眼前に盾を張った。

 どうやら、【カッター】が【獣人】の中で最も強力な魔法のようだ。鋭さを増すが、言ってしまえば切れるだけの【バレット】。

シールド】で容易に防げることは既に経験済みだ。

 

 だが、僕の考えは甘かった。

 ここは空中で、自由に動けぬ僕と、自在に飛行する【獣人】。地上と違いその差があることを――忘れていた。

 前方の攻撃に集中させ、【獣人】が僕の背後へ移動する。


 背後に回ってしまえば【魔法】なんて必要ない。その鋭い爪で僕を切り裂けばいいだけのこと。


 ズボッ。


 そんなふざけた音と共に、僕の腹部から腕が伸びた。鋭く伸びた爪が肉を抉り、血が滴り落ちる。

 痛みが熱を持ったかのように身体を焼く。


「あ、ああああ!」


 苦しむ僕を嘲笑うかのように、ぐりぐりと腕を回す。

 この【獣人】もフルムさんに負けず劣らず気の強い性格のようだ。だが、その動作が痛みで支配された僕の脳を覚ました。


 残念ながら、僕はフルムさんで耐性が出来てるんだよ!


 意地と事実で痛みを押し殺した僕は、詠唱する。


「ガ、ガホッ……」


 声にならない声に反応した【魔力】が、形状を変えながら放出される。

 空中から現れた鎖が螺旋を描きながら、僕と【獣人】を密着させるかのように拘束する。


 僕が詠唱した型は【チェーン】。

 相手を拘束する【魔法】だ。

 僕から離れようと必死に暴れるが、密着し、縛られた力ではそう簡単に解けない。 


 後は合図を出すだけ……。

 残された意識で腕を動かし、【魔力】を地面に向かって放った。


 僕の合図が届いたのか、身体が急激に落下していく。夜風を切り裂くようにして落ちる。

 冷たい風が刃物のようだ。

 頬を刺す冷たさが傷だらけの僕には心地いい。

 落下の抵抗で悪くなる視界の中で、フルムさんを見つけた。僕の姿を見てフルムさんが叫ぶ。


「ちょっと、あなた、何してるのよ!!」


 まさか、固定した状態で落下してくると思わなかったのだろう。落ちる速度を緩めようとする。

 やっぱり、フルムさんは優しいな。

 僕は自由に動く首を使って、速度は緩めないでと否定する。


 それだけで、僕の考えを理解してくれたのか。


「そういう……ことね!」


 緩めた速度よりも落下する勢いを強める。

 うん。

 流石、フルムさん。容赦ないスピードだ。

 目の前に地面が迫る。


「……!!」


 地面に触れる直前、「がくん」と、僕の身体が止まった。

 それと同時に【チェーン】を解除する。【魔法】で動く僕と――肉体で動く【獣人】。

 その差は明確だった。

 【獣人】は勢いを殺せずに、勢いそのままに、頭から地面に激突した。

 轟音と共に土煙が巻き起こる。


 さしもの【獣人』も無傷ではいられないはずだ。


 地面に足を付けると同時に、僕もまた崩れ落ちる。

 フルムさんがそんな僕の元へ歩み寄った。


「無茶するわね……。そんな怪我までして……」


 直ぐに【陽】属性で治療を始める。

 目に見て癒えていく傷口。

 喋れるようになった僕は言う。


「フルムさんがいるから、少しくらい大丈夫かなって。そうでもしないと倒せなかったでしょうし……」


 僕はまだ、完全に力を使いこなしているわけではない。

 才能がないならば、身体を使え。

 生まれて17年。

【魔法】のない僕はそうやって生きてきた。

 なにより、フルムさんが身体を張ってるんだ。

 僕が張らずにどうするんだ。


「……だからって」


「それに、フルムさんが治してくれるって信じてますから」


 傷を負ってもフルムさんがいる。

 そう言い切った僕に、フルムさんは呆れながら顔を逸らして、【獣人】に焦点を合わせた。


「さてと。残った【魔力】で、アレをなんとかしなくちゃね……」


 落下した衝撃で意識を失っているのか。動かぬ【獣人】にフルムさんは、【アースチェーン】で四肢を固定した。


 大の字を描くようにして、地面に縫い付けられた【獣人】に、フルムさんはゆっくり近づくと、露になった腹部に足を置いた。


「さてと。私を傷付けた分、お返しをさしてもらおうかしら……?」


 フルムさんの手には既に【魔法】で作られた鞭が握られていた。


「え、いや、別にそこまでしなくても……」


 こういう時のフルムさんは、本当に生き生きしているな……。

 どうやって痛めつけようかと、品定めするフルムさんに、【獣人】が声を発した。


「こんな姿になっても、お前に――お姉ちゃんには勝てないの!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る