第2-4話 恩返しの決意
日中、僕が狙われていることを知って、フルムさんが会いに来るかと思ったが、結局、彼女が姿を見せることはなかった。
それもそうか。
こんな王国の隅にある農家の情報など、貴族たちが住む街までは届かないだろう。
それならそれで好都合だ。
「ごめんね、叔父さん」
一日中、傍にいると言っていた叔父さんは、机に突っ伏して眠っていた。本当に目を離そうとしなかったから、僕が夕飯にお酒を少し混ぜておいたんだ。
叔父さんはお酒は好きだけど、飲むと直ぐに眠くなる。
だから、よほど嬉しい事が無ければ飲まないから、スープに混ぜておいたのだった。
そのおかげでぐっすり眠っている。
「来るなら、来い……!!」
僕は家を出て、畑の前で待つ。
松明に灯した炎が僕の震えに呼応するかのように揺れる。
大丈夫。
狙われるくらい強い力――【放出】を手に入れたんだ。戦って勝ってみせる!
絶対に勝つと自分に言い聞かせ、絞り出した勇気を
「ぐルぅぅぅ」
獣の呻き声が吹き飛ばした。
足音もなく【獣人】は姿を現した。
「これが――【獣人】?」
森で戦ったオオカミのような姿を想像していたけど、現れた【獣人】は少し違っていた。
オオカミが【獣】が人に近づいた姿だとすれば、今、僕の前にいる存在は【人】が獣になったと言うべき姿だ。
基本の造形は人に近いが、耳が大きく尖がり、腕からは羽が生えていた。
その姿はコウモリのようでもあり、人のようでもあった。
まさに【獣人】だ。
「アウラ……」
僕の顔を見た【獣人】は名を呼んだ。どうやら、人の言葉を話せるらしい。
でも、それならなんで僕を最初から狙わなかったんだろうか?
恐怖を悟られぬように、精一杯の虚勢で大声で聞く。
「そうだよ! 僕を狙ってるなら、なんで他の人を襲ったんだ――」
言葉が通じるからと言って会話をするとは限らない。僕が言い終わらぬうちに、獣人】は翼を広げ、詠唱を行った。
「【
広げた翼から、【水】で作られた湾曲する
真っ直ぐに僕を目掛けて飛ぶ。
「シ、【
【魔力】を盾のように変化させ防御する。
カァン!
乾いた音と共に盾に刃は弾かれ、飛沫となって消えた。
姿は異質でも、【魔法】を使うのであれば、僕の【放出】の方が優位だ!
「……って、消えた?」
僕が【魔法】について思考していた一瞬の隙に、先ほどまで前に立っていた【獣人】の姿がどこにもいない。
いつでも【
「……に、逃げたのかな?」
【放出】の力を見て、去ったのかと思った矢先、
想定外の方向からの斬撃。
水の刃は、僕の太ももを引き裂いた。
「があッ!!」
痛みで自然に叫びが漏れる。
【
そうか……!
相手は【獣】の特性を生かせるんだ。
コウモリが持つ飛行能力。
【魔法】ですら、空を飛ぶことは特別視されていたはず。
まさか、こんな方法で飛行することが出来るなんて――。
それに加え【魔力】を消費していないために、【魔法】も普通に扱える。
【魔法】と【獣】
二つの力が組み合わさった【獣人】は強かった。
「……くそ!」
【放出】を手に入れ完全に調子に乗っていた。
ついこないだまで【無能】だった奴が、何もしないで手に入れた【力】が通用するわけないだろう!
悔やんでも悔やみきれない。
ひたすら【
――僕は殺される。
ガシッと首を掴み持ち上げる【獣人】。
じわじわと腕に力を込め締め上げていく。
気道が狭まり、肺と脳に送られる酸素が不足し、意識が遠のいていく。
「私がいないとてんで駄目ね」
朧な意識の中でフルムさんの声が聞こえてくる。
その通りです。
やっぱり、僕みたいな無能な農家は、【獣人】を倒すことは――
ヒュン。
僕の懺悔を切り裂くように、鞭が【獣人】を襲った。
首に掛けられていた手が外れた。
僕は、一気に酸素を取り込む。
「はぁ、はぁ……。ゴホっ……。こ、これは――フルムさん?」
鞭の【魔法】。
それに、さっきの声。
まさか、フルムさんが!?
僕の声に、
「そう、私よ」
フルムさんは闇の中からゆっくりと歩いてきた。
「全く、1人でなに格好つけてるのよ」
僕の太ももに手を当てて【陽】の属性で傷を癒していく。みるみる痛みが消えた。
「さてと。問題はこの【獣人】よね」
フルムさんのことを警戒したのか、再び空に舞い闇夜に紛れる。
こうなっては、手出しができない。
いつ、頭上から水の刃が降り注ぐのか。
やっぱり、守りに専念し様子をみるしか……。
「……なるほど。空を飛ぶ相手ね。手がないことはないわ」
フルムさんは空を見上げ不敵に笑った。
「なにか、いい案があるんですか?」
「当たり前でしょう。私は貴方みたいに手に入れた力に浮かれて、1人で馬鹿する愚かな人間とは違うのよ」
「……」
返す言葉もございません。
項垂れた僕を引き裂くように首元に刃が放たれた。僕が【盾】を発動するよりも先に、フルムさんが【
水に強い属性は土。
でも、【魔法】の軌道に合わせて鞭を振るうなんて、相性云々を除いても凄すぎる。
水の刃が通じないと分かり、【獣人】は攻撃の手を緩めた。
水の刃が【魔法】であれば、【魔力】に限度がある。無駄な力を使わず温存する知能が【獣人】にはあった。
次の攻撃に備え、身を屈めながらフルムさんが言った。
「相手が空を飛ぶなら――こっちも飛べばいい。それだけのことよ」
「それって、まさか――!?」
「そう。【属性限定魔法】よ。へえ、貴方でも知ってるのね。ちょっとだけ見直したわ」
「それは、もう……。【属性限定魔法】は誰でも憧れる【魔法】ですから」
【属性限定魔法】はその名の通り、限られた属性でしか発動することが出来ない、特別な【魔法】だ。
そして、何よりも膨大な【魔力】を消費するために、扱える人間が少ない。
まさか、フルムさんは扱えるのか!?
僕に見せつけるかのようにフルムさんは詠唱する。
「【風・属性限定魔法――飛行】」
詠唱が終わると同時に、「ふわり」とフルムさんの身体が宙に浮いた。
8の字を描くようにして空を飛び、感覚を確認する。
「ほ、本当に発動してる……。す、凄い……」
フルムさんの才能に、自然と口が開いてしまう。
「まあ、発動には凄い苦労と集中が必要なんだけどね。これは、私くらいの天才でないと使えないわね」
フルムさんは頭上を睨む。
姿の見えぬ【獣人】に向かって飛翔した。フルムさんの姿もやがて闇夜に消えて見えなくなる。
「フルムさんは本当に天才だ……」
一体、今、このブレイズ王国に【属性限定魔法】を扱える人間がどれほどいるのだろうか。恐らく、数えるほどしかいないのではないか?
なんだって、あの強気なフルムさんが苦労と集中力が必要だって言うんだから――。
そこまで考えた所で、僕は少し引っ掛かりを覚えた。
うん?
ちょっと待って?
今までのフルムさんの言動から考えるに、そんなことを言う性格だったか?
この数日間で僕が知ったフルムさんは、苦労を自ら口にするような人間ではない。むしろ、他人に努力や苦労を知られたくないはず。
だって、彼女は優しいから心配を掛けまいとしたんだから。
嫌な予感を抱きながら頭上を見る。
僕にはそれしかできなかった。
「あ、フルムさん!!」
しばらく、眺めていると、勢いよくフルムさんが下降してきた。
地面に足を付けて呼吸を整える。
怪我は――していないみたいだけど、星々が照らす僅かな灯りでも、顔が白くなっているのが分かる。
「あの【獣人】――中々やるわね。でも、次で確実に倒すから見てなさい!!」
僅かな休息の後に、もう一度、空中に向けて跳躍をするが――。
ガシッ。
僕は彼女の足首を掴んだ。
空中に飛び出せずに、その場で固まるフルムさん。
「なにするのかしら? 文字通り足を引っ張ろうと言うのであれば、容赦なくあなたの意識を奪うわよ?」
そうか。
僕の意識を奪うのか。
「なら……やってみてください」
「……」
「意識を奪うために【魔法】を使ってみてくださいって言ってるんです。どうしたんですか? できないんですか?」
フルムさんは僕から逃げるように視線を逸らした。
「やっぱり。【属性限定魔法】を扱っている間、他の【魔法】は使えないんですね」
僕の思った通りだ。
あのフルムさんが弱音を口にするほど。
ならば、なにかしら制限があるに違いないという予想は的中していた。
「なんで【魔法】を使えないあなたが、それに気付いたのかしら?」
「だって、フルムさんが「苦労」なんて言うの似合わないなと思って」
「……そんなこと、ないわよ」
フルムさんは諦めて地面に足を付ける。僕に事実がバレて、力が抜けたのだろう。そのままガクリと膝から倒れ込んだ。
恐らく、フルムさんは上空で【獣人】に襲われ、怪我を負った。
傷を隠すために【風・属性限定魔法】を解除し、【陽】属性で回復。その後、地面に触れる直前に再び飛行を開始した。
体力と【魔力】を消耗したフルムさんを1人で戦わせるなんて――御免だ。
「……その【属性限定魔法】を僕に使うことできませんか?」
「でも、あなたを巻き込むわけには――」
この期に及んでも、僕の身を案ずるフルムさん。
今はそんなこと言ってる状況ではないし、なにより、僕は――、
「僕はフルムさんに巻き込まれたいんです。あなたが、僕を助けてくれたから――!!」
助けてくれたから【放出】を手に入れることが出来た。だから、この力はフルムさんの力だ。
頭上から無数の水の刃が降り注ぐ。消耗していることを【獣人】を見抜き、攻撃の手を増やしたようだ。
僕は頭上に向けて【
ド、ド、ド、ド、ド、ド。
フルムさんみたいにピンポイントで打ち落とせない。
だから、僕は【
刃と弾が激突して飛沫を上げて消えていく。
雫が雨のように畑を濡らした。
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