第2-6話 クレス・フォンテインと監守者
フルムさんの手に握られていた【
今、この【獣人】はなんと言った?
僕の聞き間違いでなければ、お姉ちゃんと――そう言ったのか?
四肢を拘束されたままの【獣人】をフルムさんは睨みつけた。
「……あなたが私の妹な訳ないでしょう? 私の妹はとっても可愛いのよ?」
顔は黒い毛で覆われ、人間の素肌は見えない。声だって低く擦れており、相手が女性かさえも疑わしい。
確かにフルムさんが言う通り、妹にはどう足掻いても見えなかった。
それでも、【獣人】は主張の声を出し続ける。
「その可愛さを捨てても、私はフレア様の役に立ちたかったんだ! 他の男と遊んでるあんたとは違うんだよ!!」
「やれやれ。少しばかり知能があると思ったけど、所詮は【獣】ね。嘘をつくならもっとマシな嘘を付きなさいな」
止めていた手を大きく振り上げる。
だが、次に【獣人】が発した言葉で、フルムさんの動きは再び止まった。
「嘘じゃない! 私は正真正銘のクレス・フォンテインだ!! 何を言えば信じる? 出生日か? それとも、お前とフレア様の婚約が決まった時の父の喜びようか!?」
【獣人】はその時の父親の喜びを詳細に語って見せた。嬉しさのあまり、酒に酔い潰れ、服を脱いで裸で踊りだしたのだと。
「……」
それは家族しか知り得ない情報。
判断できるのはフルムさんだけだ。
そして、答えは動きを止めたフルムさんが物語っていた。この【獣人】が言っていることは本当に起こった出来事なんだ……。
どことなく、嘘で会って欲しいと思う気もするんだけど……。
「なんで、それを知ってるのかしら?。あの時の父は娘が見てもぶん殴りたいほど浮かれていたことを」
「……」
ってことは、本当にこの【獣人】は、クレスさんなんだ……。
でも、なんでこんな姿に……?
そして、何故、僕を殺しに来たのだろうか?
僕が問いかけるよりも先に、フルムさんが【獣人】に――妹に言った。
「でも、もし本人であれば、早く元の姿に戻りなさい。もう、その姿でいる必要はないでしょう……?」
戦闘での勝敗も着いた。
正体も分かった。
いつまでも、獣の姿でいる必要はない。
フルムさんの問いかけに妹は吠える。
「戻れないんだよ!!」
「え……?」
「力を手に入れるために、私は自分の身体を捨てた。私はそれくらいフレア様のことを愛していた! なのに、お前は!!」
ガン! ガン!
繋がれた手足を動かし拘束を解こうとする。
牙を剥き出し唾を散らして喚く。
その姿は獣そのものだ。
「他の男と一夜を共にして、フレア様を傷付けた!! だから、私はお前達を絶対に許さない!!」
クレスさんが僕を殺しに来た理由だった。
実の姉の強さを知っているからこそ、先に僕を襲おうとしたんだ。
じゃあ、昨日、襲われた人は僕の居場所を知るためだけに……?
「そんな……」
まさか――。
僕がフルムさんを家に泊めたことで、こんなことになるなんて……。
「私は、私はお前らを殺すんだ!! そして、フレア様の横に立つんだー!!」
静かなる闇夜に【獣人】の咆哮がこだまする。
◇クレス・フォンテイン
私、クレス・フォンテインは姉のことが好きだった。
【魔法】の才能に溢れ、容姿も美しい。それに性格だって優しくて、いつも妹である私を可愛がってくれていた。
そんなある日のことだった。
私たち姉妹は父と共にとある城に案内された。左右非対称に作られていながらも、どこか完成された美しさを持つ外観。
私たちが暮らすブレイズ王国。
その王たちが暮らす城だった。
「いいかい? これは私たちフォンテイン家にとって最高のチャンスなんだ。いつも通り、いい子にしてくれてればいいからね、フルム」
「はい、父上」
父上は優しい笑顔で姉に言った。
私も姉もこんな大きな城に入れるのは楽しみだった。
だから、姉にばかり言葉を掛ける父が、少し嫌だった。
「私はどうすればいいの、父上?」
「……。お前は、そうだな。帰ってもいいぞ? まだ、幼いから……。いや、まあ、一応、保険として連れておいた方が良いのか?」
帰ってもいいと言ったそばから、ぶつぶつと何かを呟く父上。
その態度に頬を膨らませる私を、
「折角の可愛い顔が台無しよ」
姉が優しくほっぺを引っ張った。
いつもなら、それだけで嬉しいのに、何故だか今日は寂しくて少し姉を困らせたくなった。
「でも、皆、お姉ちゃんのほうが可愛いって言ってるじゃない」
「そんなことないわよ。私よりクレスの方がずっと可愛い。でも、笑顔じゃないとちょっと、私の方が勝っちゃうかな~?」
姉の言葉に私は自然と笑っていた。
「お待たせしました」
使用人に案内されて私は中に入る。
流石は王が暮らす城だ。
私たち一人一人に使用人が付いてくれた。そのことが嬉しくて私は挨拶をする。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
黒髪に眼鏡をかけた女の人が、暖かな笑みで返してくれた。
ギラリと歯が光る。
思わず見とれていると、
「ごめんなさい。はしたないですよね」
彼女は口元を抑えた。
その動作もお淑やかな感じがして綺麗だった。
「クレス! お前は余計なことを言うな。失礼だろう」
父が私を大声で注意すると、すぐに深々と頭を下げて謝った。
なにもそこまで怒らなくてもいいのに。
「……申し訳ないが、やはり、この子は帰してあげたいのだが、よろしいだろうか?」
「……構いませんが」
父は自分についていた白髪の老人に私を帰すように伝えた。
「ちょっと、待ってよ。別に帰さなくてもいいじゃない。クレスが帰るなら私も帰るわ!」
姉が父に対して不満を口にしているようだ。騒ぎ立てる姉に困ったような顔をする。
こうなっては姉は決して引かない。
引くとすれば――。
父上が私を睨んだ。
そう。
私が自分から帰るというしかない。このまま残っても姉の迷惑になるだけだ。
「いいの、お姉ちゃん。私は中を少し見たかっただけだから」
私は隣に立っていた黒髪の使用人さんに、連れられて私は来た道を戻る。
城の外に出た私に深々と頭を下げ、使用人は門を閉じた。
「これで、いいんだよね」
自分は家族のために正しいことをした。
それは分かっているんだけど、虚しさに涙が出た。姉と比べて何の取りえもない私を誰も必要とはしないんだ。
涙を浮かべ立っていると、門が開いた。
誰が城の人が出てくるかもしれない。泣いているところを見られぬように顔を伏せ、背を向ける。
「どこの家族も同じだな。親は望みが叶わないと分かれば、すぐに代わりを考える。それじゃあ、俺達が不要って言ってるようなもんじゃんか」
私の背に掛けられた声。
そっと振り向くと、そこには目つきの赤髪の男の子がいた。
年は姉と同じ年くらいだろうか。
「だから、お前たちの父親は気に入らない。俺がもっと大きくなったら、絶対に貴族の座から落としてやる。その時は、まあ、お前は助けてやるよ」
「へ?」
いきなり、規模の大きなことを言う少年。
私は訳が分からずポカンとしていると、城の中から先ほどの黒髪の使用人が姿を見せた。
「フレア王子! 一人で外に出てはいけないと言っているでしょう。今日は見合いの日。大人しくしていてください」
「分かっている!! ……じゃあな、クレス・フォンテイン。お前も頑張れよ」
少年――フレアは背中越しに手を振って城の中に入っていった。
この時、私の中で心臓が大きく動いた。
◇
クレスさんの咆哮に誘われるようにして、空間に扉が現れた。
母屋も何もない場所に生み出された扉は、教会にでも使用されていそうなデザインだ。
開いた扉から足を踏み出したのは、男性と女性の二人組だった。
「お、いたいた~! 【獣人】ちゃん発見ー! 相変わらずあのお子ちゃまの言うことは正確だね~。じゃ、さっさと捕えちゃってよ、ウィンちゃん!」
「お前に言われなくても分かっている。黙っていろ」
男は、金髪をベースに無数の色が混ざった奇抜な髪型。全身が派手で整った顔立ちをしている。服装と顔立ち、そして喋り方から、夜な夜な女性と遊びまわっているような印象を受ける。
そしてもう1人の女性。男からはウィンちゃんと呼ばれていた。
腰まで伸びた長い髪を一つに纏めていた。
全体的に黒を好んでいるのか、唯一色が付いているのは髪を縛っている紐の赤だけだった。
鋭い視線で僕たちを睨む。
「かー、久々あったのに超クール!! でも、そう言うところも大好きだよ、ウィンちゃん!」
男は僕たちには目もくれず、隣に立つウィンさんの肩に手を回した。
鋭い目つきが、剣呑に光る。
「まずは、お前からのようだな」
彼女は腰に付けた鞄から、手袋を取り出し身に着ける。動きを確認するように手を開いて閉じてを繰り返す。
「それも悪くないかもー。だって、ほら、もう、拘束されてるみたいだし~!!」
「だからと言って、お前が喜ばせる必要はない。さっさとミッションを片付けるぞ」
男たちの背後に浮かんでいた扉が消えた。
彼女は指先を「クッ」と振るう。
指の動きに連動するように、「ひゅんひゅん」と風を切る音が聞こえた。
次の瞬間には、クレスさんが細い糸で繭のように包まれていた。
「糸を……操っている?」
獣のように喚いていたクレスさんの声が聞こえなくなる。どうやら、音が漏れないほど外と内の空間を遮断しているようだ。
これも【魔法】の一種なのか?
属性は――ないように見えるけど……。
相手の能力を考える僕の横で、
「クレスを離しなさい!!」
フルムさんが手に持っていた【
狙いは糸を使っているウィンさん。
鞭は弧を描くようにして空を走るが、
「とう、あぶなーい!!」
派手髪の男に止められた。
バシッ。
両手で白刃取りをするつもりだったのだろうが、鞭は手をすり抜け顔面に当たった。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
流石に、正面からフルムさんの【
心配し声を掛けるが、
「くぅ~。大丈夫! 美女からの攻撃は最高のご褒美だね!」
僕に向けて満面の笑みを返してきた。
顔にはくっきりと鞭の跡が着いているのだが、まあ、本人が大丈夫というのだから、大丈夫だろうけど……。
ただ、この人もヤバい人ということは分かった。
だが、それ以上にヤバい人は僕の隣にいた。
僕はそっとフルムさんを見る。
笑みを返す男の人に、何度も無言で鞭を振るって次々と痕を生み出していく。
糸を操る無表情の女性。
笑顔で鞭を受ける男。
無言で男を痛めつけるフルムさん。
今、この場で危険じゃないのは僕だけなのでは……?
場を整理するためにも、僕はウィンさん達に質問を投げた。
「あ、あの。お二人はなんでここに? ひょっとして、【願いの祠】に……?」
未知の能力。
ミッション。
その言葉から容易に想像できる。そして、僕の質問は的を得ていたようで、男が鞭を受けたまま、答えた。
「そうそう。正解、正解~! 俺ら、願いと引き換えに働いてるんだよね~。くぅ~、俺達って働き者だよね!!」
やはり、あの黒い渦とクレスさんを拘束する糸は、【放出】と同じく赤ん坊から与えられた力。【獣人】と戦うのは僕達だけじゃないと言う訳か。
「じゃあ、あなた達も【獣人】を――クレスさんを倒しに来たんですか?」
「いーや。俺達の目的は【獣人】を捕えることだよ。暴れる獣を捕えて、管理するのが俺達の目的。格好良く言えば監守って奴かな?」
監守?
それって、悪い人たちを監視して牢獄とかに閉じ込めておく人だよね?
僕達が【獣人】を倒して、彼らが捕える。
そういう仕組みを赤ん坊が構築しているということか……。
話している僕達に対し、しばらく黙っていたウィンさんが言った。
「アド。喋り過ぎだ。早く【獣人】を回収して帰るぞ。あまり、この場に居たくはない」
ウィンさんの言葉に、チャラけた表情を消して、繭となったクレスさんを持ち上げた。
「ごめんね、ウィンちゃん」
「そう思うなら、早く【ドア】を開け」
「はいよ!」
男が手を前にかざすと、何もなかった場所に再び扉が現れる。
来た時と同じであれば、あそこから帰るつもりだ!
このままでは、クレスさんが連れて行かれてしまう。監守かも知れないけど、まだ、彼らを完全に信じることはできない。
「待ちなさい――ッ!?」
フルムさんが【魔法】を発動しようと息を吸い込む。
僕もフルムさんと同じく【放出】を試みるが――、
「なっ!?」
僕たちの身体が見えない何かで縛られたかのように動かなくなる。
いや、何かじゃない――糸だ!!
クレスさんを拘束したあの糸だ!! しかし、分かったところで、動けなければ何も出来ない。
渦に足を踏み入れる直前、ウィンさんは、僕たちを見て敬礼をした。
「では、互いの願いのために【獣人】狩りに励もうではないか」
「そそ、じゃ~ね~! また、俺をしばいてね。可愛い子ちゃん!」
律儀な態度で去っていく2人。
僕たちは扉が消えるのを、黙って見ていることしか出来なかった。
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