第3-1話 氷漬けの祠

 クレスさんが監守達に連行された後、僕たちは祠へ出向いた。あの赤ん坊ならば力を与えたであろう二人組の情報を知っていると予測してのことだったが、祠が開くことはなく、声すらも聞こえてこなかった。


 翌日。

 僕は開館と共に図書館にやってきていた。目的は、【願いの祠】を知るきっかけとなったあの本。

 あれを読めば何か分かるのではないかと僕は考えたからだった。もう一度、自分の意志で赤ん坊に会えるのではないか……。


「フルムさんは無事だといいんだけど……」


 フルムさんはもう一度、祠に向かっていた。【風・属性限定魔法――飛行】を使えば数時間で移動は可能。

 だが【魔力】の消耗は激しい。

 こないだみたいに未知の力を持った獣に襲われたらどうするのかと心配になるが、


「私は大丈夫。それよりも妹を助けるために二手に分かれましょう」


 と、言い切られた。

 恐らく少しだけでも1人になる時間が欲しかったのだろう。自分を責めるための時間を。僕が畑を守れなかったように……。


 僕は自分に出来ることへ意識を戻す。

 たしか、この辺りにあったよな。

 入口付近の棚。

 ここで僕はこないだ【願いの祠】について記載された赤い本を見つけたんだ。


「あれ……?」


 背表紙を眺めていくが、探している色は見つからない。何度も本棚を往復し、念のために近くにあった棚の中身も確認した。

 やっぱり、どこにもなかった。

 この図書館は本の貸し出しは行っていない。ならば、他に読んでいる人がいるのだろうか?


「人数はそんなにいないよね」


 朝一番ということもあり、図書館にいる人は数人。

 探すことは大変じゃない。

 本を読んでいる子供や老人に話しかけ、確認するがやはり誰も手にしていない。


「位置が変わっているのかな?」


 司書さん【願いの祠】について確認を取るが、帰ってきた返答は想像もしていない内容だった。


「そもそも、そんな本はここには置かれてません」


「そんな……」


 どういうことだろうか?

 僕は確かにあの本を読んだ。

 だから、【願いの祠】に行けたんだ。夢じゃないし実在していた。【放出】だって使えている。


「じゃあ、あの本は誰かが勝手に図書館に置いたってこと?」


 仮にそうだとすると、僕が次に取るべき行動は、勝手に本を置いた持ち主を探すこと。だが、本を探すこと訳が違う。

 下手したら王国全ての人間を訪ねて回ることになる。


「でも、行動しないと!」


 身体を使うのはいつものこと。僕がフルムさんに返せるのはそれくらいしかない。

 図書館から出ると、フルムさんがふわりと空中から舞い降りた。


「フルムさん!!」


 フルムさんも【願いの祠】から帰ってきたようだ。

 たった数時間であの距離を移動できるのだから、流石は【属性限定魔法】だ。ただ、やっぱり疲労はするようで、フルムさんは肩で息をしていた。


「大丈夫ですか?」


「ええ。余裕よ。それより、何かわかったのかしら?」


「それが、こっちの成果はあまり芳しくないです。本が無くなってました……」


 僕は今しがた分かった情報をフルムさんと共有する。

 残念だと表情を曇らせる僕に、軽口を装ってフルムさんも言う。 


「あら、奇遇ね。こっちも【願いの祠】が無くなってたわよ」


「無くなってた。ですか……?」


 困惑する僕に対して、言い過ぎたと訂正するフルムさん。


「失礼。無くなってはいないわね。正確には森全体が氷漬けにされてたわ」


「なっ……!?」


 森自体が氷漬けに……?

 数日前までは普通の森だった。

 それにあの辺りは水が凍るほど寒くない。というか、森全体が氷に覆われるなんて自然現象では起こり得るのだろうか?


「一応、溶けないか【火】の属性を試してみたんだけど、全然駄目ね。溶ける気配が無かったわ」


「そんな……」


 つまり、その氷は自然に発生したわけではないのか……。

 考えられるのはウィンさん達と同じく特殊な力を持った人間。

 糸使いに扉使い。そして今度は氷使いが現れたと考えるのが妥当……。【魔法】を超えた能力を持つ人間が、一体どれだけこの世界にいるというのか。


「まあ、でも、これではっきりしたわね。あの赤ん坊には敵がいる。しかも、人を変化させられる厄介な相手がね」


 そうだ。

 特別な力を持ってるのは3人だけじゃない。

 フルムさんの妹が【獣人】になったのであれば、間違いなく別の誰かが存在する。そして、その人物こそが、情報を抹消している犯人とも考えられる。


 しかし、全ての情報源を絶たれた僕たちに残された望みは一つだけ。


「後は、赤ん坊の声を待つだけ……ですよね」


「ええ。でも、祠も凍ってたから、中も無事かどうか……」


 残された希望も淡い。

 早くも訪れた手詰まりに、僕たちは沈黙する。


「だとしても、自力でクレスを見つけるわ。あの子は可愛い妹だもの」


 しかし、フルムさんはすぐに顔を上げた。

 その時だった。

 僕たちの頭に声が響いたのは。


『いやー。前向きでいいね! その調子で次のミッションもクリアしてくれたら嬉しいな』


「あなた!!」


 声の主は僕たちが探していた赤ん坊だった。

 祠こそ氷漬けにされたが、中は無事だったと言うことか。一先ず安堵するが、今の今まで連絡をよこさなかったのに、態度は陽気だ。

 フルムさんは怒り、姿の見えぬ相手の胸倉を掴むかのように拳を握った。


「何が起こったのよ! 妹は連行されて、おまけに祠は氷漬けじゃないの!!」


『うん。まんまとしてやられたよ。どうやら、君が【願いの祠】を訪れることは、全て仕組まれていたらしいんだ』


 フルムさんの怒りに、淡々と答える。


「仕組まれていたですか……?」


『そう。膨大で濃厚な【魔力】を持った君が現れれば、僕が目を覚ますと考えていたらしい』


 つまり、フルムさんを祠に誘い出すために、クレスさんは利用され、人の姿を捨てた……。

 そんなのあんまりじゃないか……。


「よくも、私の妹を利用したわね……。許さないわ!!」


『まあ、過去に戻って全てを変えれば万事問題ないよね?』


 他人事のようにして、頭に響く声は明るく笑う。


『そういう訳で、ミッション!!』


 やはり、次の【獣人】を倒すためのミッションを告げに来たようだ。

 でも――、


「ちょ、ちょっと待ってください!」


『うん、どうしたんだい? えーと……。ははははっ」


「……」


 フルムさんのことは覚えていても、僕のことは名前すら覚えていないようだ。

 あくまでも僕はおまけに過ぎない。

 こういう扱いにはなれてるから、構わないけど。

 僕は声に質問する。


「ミッションの前に、【獣人】を捕えている監守達について教えて貰えないですか? フルムさんの妹が連行されてしまって」


『……ふん?』


 何も知らない反応に、僕は昨日起こったことを話した。

 クレスさんが【獣人】となり、監守と名乗る2人組の男女が現れたこと。


『うーん。おかしいな。監守のミッションなんて誰にも出してないんだけど』


 なら、あの2人はどうやって僕たちの場所を突き止めたのか。

 役に立たぬ答えにフルムさんが地面を蹴る。


「何でも見透かしたような癖に、肝心な部分は分からないって、一番、迷惑じゃないの」


『それは私の肝心なことが別にあるからだよ』


「ふん。言い訳にもなってないわね。糸と扉を使う2人組に本当に覚えはないのかしら?」


 糸使いと扉使い。

 フルムさんの言葉に赤ん坊は、「うん?」と反応を示した。

 2人に思いあがる節があるのだろう。


『ああ、なるほどね~』


「何か知ってるの? 早く教えなさい!!」


『それがはっきり思い出せなくて……。そうだな~。君たちが次のミッションを行っている最中に思い出せそうなんだけどな~』


 子供でも分かる雑な餌。

 怒るフルムさんだが、怒りをぶつけようにも相手は声だけだ。

 

「あなたねぇ……!!」


『そんなに怒らないでよ。君は過去に戻るために協力する。僕からすれば、君にその2人組の情報を教える義理はないんだからさ』


「……」


 あくまでも上に立つのは赤ん坊。

 僕たちは未知の力を持つ相手に縋っているだけ。

 改めて立場を痛感して黙る僕らに、赤ん坊は嬉々として告げる。

 

『ということで、次のミッション!! デネボラ村に【獣人】が入るみたいだから、向かってくれるかな?』


 その言葉を最後に声が聞こえなくなった。


「デネボラ村……」


 そこには、僕も行ったことある。

 ブレイズ王国と友好を結んでいるネディア国の中間にある村で、互いを往来する商者達が休憩地点として利用し、発展している宿場の村だ。

 叔父さんの友達がいるから、良く行っていたっけ。


「あの場所にも【獣人】が……」


 僕はフルムさんを見る。

 何も得ることがなく、次のミッションを言い渡されたことで、気を落としているのではないか。

 しかし、その心配は杞憂だった。

 彼女は僅かな会話を手掛かりに、新たな可能性に辿り着いていた。


「仕組まれていた……。なら、私に【願いの祠】を教えた相手が敵なのよ――!!」


 フルムさんの言葉で、彼女が何を言いたいのか理解した。

 そうか!

 流石、フルムさん!!

 フルムさんに【願いの祠】の存在を教えた人間が、今、最も秘密に近い人間だ!


「誰が、フルムさんに【願いの祠】を教えてくれたんですか?」


 フルムさんはその存在の名を口にした。


「アムよ! 侍女のアムが私に教えてくれたのよ!!」


 僕たちはアムがいる屋敷へ向かう。

 屋敷に付いたフルムさんは、使用人の一人にアムの居場所を聞くが、彼女は既に使用人を辞め、どこかに消えた後だった。

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