第3-2話 魔力量と魔力濃度

「あなた、【魔力】が2つから成り立ってるって、知ってるわよね?」


 デネボラ村に向かう馬車の中。

 ずっと無言だったフルムさんが、何の前触れもなく言った。


「え? 【魔力】が、えっと……2つ?」


 幼い時から畑作業のみを行っていた僕は、【魔力】についての知識は殆んど持っていなかった。

【魔力】は【魔力】。

 それ以外に何があるのだろうか?

 常識を知らぬ僕にフルムさんが驚く。


「う、うそでしょ? 馬鹿だ、馬鹿だと思ってはいたけど、まさか、【魔力】の基本も知らないなんて……。あなた、一体なに学んでいたの?」


「僕はアカデミーには通ってなかったんですよ。言ってませんでしたっけ?」


「あら、そうなの。でも、それにしては【魔法】知ってるじゃないの」


 これまでの戦闘で僕はいくつかの詠唱を口に出していた。

 その知識から、【魔法】は使えなくともアカデミーで知識を学んでいると、フルムさんは思っていたようだが、そんなことはなかった。


「それは、その昔……、【魔法】が諦めきれなくて本を買ったんですよ。魔法辞典を。なけなしのお小遣いで……」


【魔法】はこの世に多く存在する。誰でも扱えるレベルの【魔法】から、戦闘に使用される【魔法】まで。

 その中から一つ位は使えるはずと考えていた昔の僕は、魔法辞典に記載されている詠唱を片っ端から試した。

 が、結局【魔法】は発動しなかった。

 今になって思えば【変換器官】がないのだから、当然だ。


「……聞かなければ良かったわ、ごめんなさい。まさか、基本も分かってないのに、いきなり応用から試そうだなんて、典型的なダメ人間の思考を実践するおバカさんがいるとは思わなくて……」


「謝った直後にそういうこと言わないでくださいよ。全然、お詫びの気持ちが伝わってきませんから」


「だって、思ってないもの。【アースソード】」


 思ってないのか。

 だったら、それこそ言わないで下さいよ……。 

 呆れる僕の前で、フルムさんは【魔法】を発動させる。

 腕に握られるのは、岩で作られた剣だった。ゴツゴツとしているからか、剣と言うよりは鈍器に近い。

 まさか、それで僕を殴る気じゃ――!


 身構えたが、フルムさんは、無骨な武器を馬車の壁に押し当て、文字を描いていく。

 壁に掛かれた文字は、


 魔力量+魔力濃度=【魔力】


 フルムさんは剣で、書いた文字を叩いて教えてくれた。


「いい? 私たちが一概に【魔力】と名付けている力は、この2つから成り立っているのよ? まずは、分かりやすい量から説明していくわね」


 量と書かれた文字から矢印を引っ張り、新たなスペースに文字を刻む。


 フルム・フォンテイン

 魔力量 100


「私の魔力の最大が100と仮定しましょう。本当はもっとあるんだけど、分かりやすくそうしておきましょうか」


「わ、分かりました!」


 唐突に始まった授業。

 しかし、思えば、こうして学ぶのは初めてだ。

 正座に座りなおし、集中して話を聞く。


「【魔法】は種類によって消費量が決まっているのよ。こっちも仮だけど――」


 バレット――消費量 5

 ウィップ――消費量 8

 ソード ――消費量 10


「さて、ここで問題。今、私は【ソード】を使ってるわよね? なら、私の魔力量の残りは、いくつでしょうか?」


 フルムさんは「ビっ」と切っ先を向けた。

 えっと、フルムさんは今、【ソード】を使用しているわけだから――


「120位ですか?」


 僕の答えにフルムさんは握った剣を落としそうになる。


「なんでなのよ……」


「だって、100より多いっていったじゃないですか」


 一番初めにフルムさんが言った言葉を、僕は忘れていなかった。

 だとしたら、残量が100を超えていないと可笑しいじゃないか!

 真顔な僕の主張に、フルムさんの表情は更に硬くなる。


「……素直なのか馬鹿なのか、多分、後者ね。全く、仮って言ったじゃないの。正解は90よ。つまり、9回、【ソード】を使ったら、魔力が空になるってわけね」


「なるほど。【魔力】が空になる仕組みはそういう事でしたか」


 簡単に言えば魔力量によって、使える【魔法】の回数や難易度が変わってくるわけだ。人によって使える【魔法】が限られてくるのは、この消費量が関係しているわけだ。


 まてよ?

 だとしたら、【属性限定魔法】はどれくらい消費するのだろう。殆んど、使える人がいないんだから――。


 僕の考えを見通したフルムさん。

 

「【属性限定魔法】は100を超えてると思ったほうがいいわ。これが使用できる人が少ない理由ね」


 自分の【魔力】の量を超えているのだから、使えない。仮に使えたとしても直ぐに燃料が切れて動けなくなる。

 原理は普通の【魔法】と同じか……。


「なるほど」


 頷く僕にフルムさんは次の項目へ話を移した。


「そして、恐らくなんだけども、あなたの【放出】には、もう一つの方が深く関係していると思うわ」


「濃度……ですか」


「そう。こっちは試しにやってみましょうか。貴方、確か【バレット】を使ってたわよね? それを私と撃ち合いましょう」


「でも……」


 同じ【バレット】ならば、効率が悪い【魔法】の方が威力が低いのではないか。

 心配になる僕に、


「いいから、やりなさい」


 と、剣先で頬を突っつく。

 ちょっと、揺れる馬車の中でそう言うことしないで欲しい。少しでも揺れ動いたら、頬に穴が空くことになる。


 フルムさんから逃げるように離れ、僕はフルムさんに【バレット】を放つ。

 それと同時にフルムさんも【エアーバレット】を放ちぶつける。

 僕は自分が勝つと思ったが、衝突で馬車を揺らし消えていた。

 相殺されたのだ。


「さて、今ので何が分かるかしら?」


 えっと……。

 変換され、効率が落ちているはずのフルムさんの【魔法】と互角。

 つまり――。


「……効率が良くても勝てる訳じゃない?」


「へぇ。珍しく正解ね。毎回外すなら外す方が面白いのに」


「当てても文句言われるんですね」


 しかし、この事実は知っておくべき内容だった。

 僕は【放出】が無敵だと考えていたのだから、教えて貰えて助かった。


「これが、濃度の差。ですか……」


 変換しても魔力の濃度が高い相手だったら、【放出】の優位性は――ない。

 だからこそ、赤ん坊はフルムさんに、この力を与えようとしたんだ。フルムさんが手にしていれば、思い描く通りの無敵さを誇っていただろう。


「……」


 唇を噛みしめ悔やむ僕にフルムさんは言った。


「でも、そんなに悲観することはないわ。いくつか利点があるのは間違いないのだから」


【放出】の利点?

 効率以外にあるのだろうか?

 フルムさんは指を突き出して数えていく。


「まずは1つ。詠唱が必要ないことね」


「……それのどこが利点なのでしょう? と、いうか、僕は普通に詠唱してたんですけど?」


シールド】や【チェーン】は詠唱することで発動した。

 それは【放出】にも詠唱が必要だと言う理由になるのではないか?


「あのね、あなた、オオカミと戦った時、詠唱してなかったじゃない」


「あ……!」


 そう言えばそうだ。

 あの時、僕は【バレット】を連続で放ったけど、詠唱はしていなかった。


「なら、もう、分かったわね」


 ただ、それのどこが優位になるのだろうか?

 口に出さないから相手に伝わらないとか?


「違うわよ……。やれやれ、仕方がないわね。ここで私の靴を舐めれば教えて上げてもいいわ」


「……」


 なんでだよ。

 人の靴を舐めてまで知りたいかと言われると、はっきり言って知りたくはないなぁ……。

 流れる沈黙を壊すように、フルムさんが言い訳をする。


「……癖よ」


 先にフルムさんが折れてくれた。

 しかし、折角なら少し自分で考えてみるか。

 ふむ。


【魔法】は、詠唱することで発動する。そして、詠唱には消費量が決められており、同じ詠唱ならば、個人の持つ濃度で勝負が決まる。


 濃度は持って生まれた才能。

 そう簡単には変わらない。


 となると、関係しているのは消費量の方か……。

 詠唱をしないってことは、消費量は自分の意思で決めれるってことなのか?

 もしそうなら!! 


「あ!!」


 僕は分かってしまった。


「【放出】は、必要な消費量を調整出来るってことですか!?」


「私の仮定だけどね。確かめるためにも、意識してもう一度、【バレット】を放ってみなさい」


 再度、僕たちは【バレット】をぶつけ合う。

 先ほどよりも大きくイメージして放った。


 すると、今度は【放出】した魔力がフルムさんの【魔法】を貫き、フルムさんに当たる――。

 ことはなかった。

 流石に【シールド】を発動して防御していた。

 で、でも……。


「か、勝てた……」


「これで、はっきりしたんじゃないかしら?」


【魔法】は全てが決められている。

 消費量は詠唱によって。

 濃度は個人の才能によって。


 だが【放出】は、消費量を調整することで、劣っている濃度を埋めることができるのだ。

 消費量が5で勝てなければ10にすればいい。


「ふ、フルムさん~!!」


「分かればいいのよ。【魔力】の量は心と身体を鍛えれば増加していくものよ。まあ、【属性限定魔法】レベルに達するには、よほどの修練をしないと駄目なんだけどね」


 濃度は身体を鍛えてもある程度の上昇しか見込めない。

 だが、消費量は鍛えた肉体と精神に比例していく。鍛えれば鍛えるだけ僕は強くなれるってことだ。

 僕は自然と顔が崩れていくのを感じた。





「着きましたね! デネボラ村!!」


 馬車から降りた僕は、ぐっと伸びをする。

 宿屋が立ち並ぶ村の風景は特に変わってはいなかった。


「でも、なんか静かすぎるような……。やっぱり、【獣人】が関係しているんですかね?」


「……だとしたら、あまり人がいるところで【獣人】と口にしないで貰えるかしら? 相手に私たちの存在がバレる危険性があるでしょう?」


 フルムさんは馬車を先導してくれた御者に視線を向ける。

 もし、彼が【獣人】の使いだったら――。そう言った可能性を考えろと言いたいようだ。

 自分の意識の甘さに頭を下げる。


「ごめんなさい……」


「分かればいいわ。ただ、口が滑る可能性もあるのだから、二度と口がきけないように、舌でも切って置こうかしら?」


 ギロリと睨む。

 全然良くないじゃないか……。

 過激な発現は変わらずではあるが、言っていることは事実。どこに【獣人】がいるか分からないのだから、発言には気を付けなければ。


「ま、癖はさて置いて、私は村長の元へ行ってくるわ。知らぬ中でないしね」


「……流石、貴族!」


 ただの農民である僕は、村長に会ったこともない。


「あなたはどうする? 一緒に来ても良いけど、折角なら少し休んでいても構わないわ。疲れたでしょう?」


「ありがとうございます」


 半日かけた馬車の旅。

 体力的に疲労はないが、ただ、馬車で揺られるのは精神的に疲れただろうと気を使ってくれるフルムさん。

 本当に、そういう所は優しいんだから。


「そうですね……。僕も知り合いがこの村にいるので、会いに行ってみようかと思います」


「あら。あなたみたいな人にも知り合いがいたのね。勝手に知り合いもいないと決め込んでいた自分を殺したいわ。でも、我が身が可愛いから、やっぱりあなたを消すことにしましょう」


 そんな理不尽な理由で殺されたくはない。


「優しいと思った気持ちが、凄い速さで消えていきましたよ!?」


「やだわ。消すのはあなたって言ってるじゃないの。他の対象になすり付けるのは良くないわ」


「この人、怖いよ!!」


 と、茶番を繰り広げた僕たちは分かれ、それぞれの知り合いに会いに行くことにした。

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