第3-3話 宿屋【マルコ&エース】
「ここに来るのも久しぶりだな~。一年ぶりくらいだ」
僕が訪れたのは村に集まる宿屋の一つ――【マルコ&エース】
外観は他の宿屋に比べて派手さはないが、美味しい手料理で商人の胃袋を掴んで繁盛している宿屋だった。
「でも、1人で来るのは初めてだから、なんか緊張するな……」
僕は店の前で固まっていた。冷静になると僕は1人でここに来たことがなかった。いつも叔父さんと一緒。
フルムさんに知り合いがいるとか言っておきながら、名前すら憶えて貰えていなかったら、恥ずかしいな……。
そんなことを考えながら扉を開ける。
中は誰もいなかった。
いつもならば、誰かしらがロビーで話しているんだけど……。
「お、お久しぶりです!」
僕は店の奥に向かって声を出した。
すると、バタバタとした音と共に返事があった。
「はーい、ちょっと待ってくださいね~!」
ハキハキとした声を上げながら、奥から1人の少女がやってくる。
エプロンで手を拭きながら、受付のカウンターに座った。
「お待たせしました~。て、アウラじゃん! 一年ぶりだな……。うん、あれ? まだ、時期が早い気がするんだけど、なんでかな?」
僕の顔を見るなり、自分のこめかみに人差し指を当てて考える少女。
僕たちがこの宿を訪れるのはネディア王国で開催される収穫祭の時だけ。だから、一年経過したと少女は思ったようだ。実際はまだ、半年しか経過していない。
でも、良かった。
僕のことを覚えていてくれたんだ。
「お久しぶりです、ユエさん」
緑の髪を、大きなボンボンが付いたカチューシャにエプロン姿。
勝気な性格を表面に現わしたかのような瞳。
彼女はユエ・ホーリィ。
この宿屋の看板娘だった。
僕よりも確か3つ下だから――14才だっけ。
「今日は叔父さんは一緒じゃないのかな? 珍しいじゃん」
受付から出て僕に近づいて言った。
「その、ちょっと、色々とありまして……」
どこから、説明をすべきかと悩む。
いきなり、【獣人】など伝えても、普通の人に通じるのだろうか?
言葉を詰まらせた僕に対して、ユエさんは言う。
「そっか。そうだ! アウラの家で採れた野菜は持ってきてないのか? 凄い美味しいって評判なんだよ!」
「本当ですか!?」
貰って一番嬉しい言葉に、僕の悩みが吹き飛んだ。
野菜たちが綺麗に大きく育ってくれるだけで嬉しいけど、やっぱり直で「美味しい」と聞くともっと嬉しい。
こんな嬉しい言葉が聞けるならば、畑から野菜持ってくれば良かった……。
「ごめんなさい。今日は持ってきてなくて……。また、叔父さんが来ると思うので、その時はよろしくお願いします」
僕の言葉にユエさんは、重い感情に視線を落とした。
そんなに楽しみにしてくれていたんだ……。
なんか、申し訳ないな。
だが、ユエさんの表情を曇らせた理由は、別のところにあると、次に彼女が発した言葉で知る。
「まあ、その時があればなんだけどさ」
その時があれば?
叔父さんが来る機会がなくなるということか? 収穫祭は何十年も前から続いている行事。中止になるとすれば、もっと騒ぎになる。
どういう意味かと聞いた僕に、ユエさんが言う。
「もう、この村は終わりだよ。【獣人】とやらがやってきてさ、皆、避難して、殆んどの店閉めちまってるんだ!」
「【獣人】!?」
僕が知りたい情報が、思いがけず手に入った。
あまりに不意な言葉に、身を乗り出して叫んだ僕に、
「なんだよ、その反応! アウラは【獣人】について、なにか知ってるのか!?」
ユエさんもまた身を乗り出した。
「まあ……。詳しくはないですけど、知ってはいます」
「そっか。だったら、お前も早く逃げた方が良い。あれは人じゃないんだ。欲望に忠実な獣だよ」
ユエさんは、すぐに村から逃げるように僕に進めた。
この村に【獣人】がやってきたのは、一週間前。いきなり村に現れた【獣人】は金品を求めた。
村に住む人間だって生活がある。従えないと村人たちは歯向かい、【魔法】を用いて勝負を挑んだとユエさんは言う。
「結果は――惨敗だったよ。数十人の村人がさ、全く歯が絶たなかったんだ。【魔力】の前に、身体能力に差があり過ぎる」
獣の身体。
その強さを僕も身をもって知っていた。
クレスさんが手に入れた羽根と同じように、この村にいる【獣人】も、それに等しい力を持っているというわけだ。
「でも、皆が避難しているなら、ユエさんも避難した方がいいんじゃないですか?」
そんな非常事態で宿を経営している場合ではない。
早く逃げた方がいいと僕は言った。
「そういう訳にはいかねぇよ。マルコがここに残って店を開くって行ってんだ。だったら、私も残らない訳にいかねぇだろうが!」
ユエさんが拳を握り、一歩大きく前に出た。彼女の声は奥にある厨房にまで届いたのか、
「……俺は避難しろって言ってるけどな?」
暖簾を片手で持ち上げ、1人の男性が顔を出した。
「マルコさん!!」
厨房から出てきたのは、顎に無精髭を生やした初老の男――マルコさんだった。
年齢は叔父さんと同じで、身体は細く、白いコック服を来ていた。
「久しぶりだな、アウラ。少し大きくなったんじゃないか?」
厨房から出てきて、優しい微笑みと共に頭を撫でてくれる。
昔から、マルコさんは優しくて、僕が宿に来るたびに、こっそり、新作のお菓子を振舞ってくれていた。
僕が挨拶を返すよりも先に、ユエさんがその場で足を踏み鳴らして意を唱えた。
「いや、だから、私はマルコが一緒に行くなら避難するって言ってんだってば。1人でここに残るなんて危険すぎるだろうが!」
「心配するなって言ってるだろ? 【獣人】には売り上げを全部渡す代わりに、村には手を出さないように話が付いている。賛同してくれた仲間たちも残ってるんだ。俺だけ逃げるわけいかないだろ?」
そう言えば、襲われたにしては、デネボラ村は綺麗だった。
どうやら、【獣人】と契約を交わし、売り上げを献上する代わりに、命を助けて貰っている状況らしい。
人が居なかったのはそれが理由か。
でも……。【獣人】と話は付けたとマルコさんは言っているが、【獣人】しか得がない内容ではないか?
その思いはユエさんも同じだった。
「だから! それだといずれやってけなくなる! だったら、何もしないで相手が去るのを待つべきだって」
皆で避難すれば、いずれ、得るモノは無くなる。目先の金品を奪って終わりだ。
そうすれば、【獣人】は街から出ていくだろうとユエさん。
確かに、それが唯一で最も安全な選択だと、僕も思う。
しかし、マルコさんは首を縦には振らなかった。
「それじゃあ、駄目だ。奴が暴れて村を壊すかもしれん」
「村が壊れてもいい! 人が居れば復興できる。それに、宿が全部やってなければ、商人が異変に気付いてくれるはず!! 王国から助けが――」
村を、宿を捨てて避難しようと説得するフルムさんに、
ダンッ!!
マルコさんが、拳で壁を殴った。
「お前に何が分かるんだ!!」
食いしばった口から絞り出す声は、どこか悲しげだった。
「この店は――俺に取って大事な店なんだ……。見捨てることなんて出来ない。それが
エースさん。
それは確か、この宿をマルコさんと一緒に立ち上げた友人だと言っていた。そして、今は既に亡くなっているとも……。
マルコさんの言葉に、ユエさんは、背を向け言う。
「そんなことエースは望まないって言ってるだろ!!!」
ユエさんは、その言葉を残して、宿から飛び出していった。
その場で無言で話を聞いていた僕に、気まずそうに頬を掻くマルコさん。
「すまない。折角来てくれたのに、みっともない所を見せてしまったね。君も疲れてるだろう。部屋は空いてるから案内するよ」
僕を部屋に案内しよう先導してくれるが、村に【獣人】がいるのであれば、ユエさんが心配だ。
「あ、あの! 【獣人】がいるなら、外は危ないと思うので、ユエさんを呼んできますよ」
僕の提案にマルコさんが驚いた。
そして、すぎに「ありがとう」と優しく笑う。なんだかんだ言っても、彼女のことが可愛いし心配なのだろう。
「でも、言葉は嬉しいが、アウラは【魔法】が――」
「大丈夫です!」
マルコさんが言い終わらぬ内に、僕は外に向けて走り出た。
閉まる扉の隙間から言う。
「僕は力を手に入れましたから!」
◇
「さて、格好付けて出てきた手前、ユエさんが居そうな場所を聞きに戻るのが恥ずかしくなってしまった……」
普通に探しに向かえば良かったと後悔する。
何故、僕は格好つけてしまったのだろうか……。
「力を手に入れたからって調子に乗っちゃったのかな?」
でも、ユエさんが行きそうな場所は一つ心当たりがある。
そこに行ってみて居なかったら、宿に戻ってマルコさんに聞こう。
僕がユエさんを探して訪れたのは、村の外れにある花畑だった。
紫色の背丈の小さな花が、辺り一面に植えられていた。
花の中心。
膝を地面に着けて、ユエさんは座っていた。
太陽の光を受けた姿は美しい。
見惚れていると、僕の存在に気付いたようだ。
「アウラ……。よく、ここが分かったな」
「毎年、僕が来るたびに連れてきてくれたから、もしかしてと思いまして。ここ、エースさんがユエさんの為に作ってくれた花畑……なんだよね」
毎年、ユエさんはそう言って僕に、咲いた花を見せてくれた。
いつもよりも、時期が早いからか、まだ、花弁は小さかった。
「うん。私の属性が【土】だから、花畑を一緒に作ろうって言ってくれたんだ!」
ユエさんはそっと紫の花弁に触れた。
「ここにくればさ。エースが何を本当に望んでいるのか分かる気がして……」
もし、エースさんが生きていれば、今の状況で何をするのか。
その答えを知るため、彼が作った花畑に来たユエさん。
「でも、教えてくれないんだ。自分で考えろってことなのかな?」
「ユエさん……」
「私は、マルコに危険を犯して欲しくない。エースみたいに無理して死んで欲しくないんだ。無理して死ぬより、辛くても皆で笑ってたい。私はそう思うんだ。」
彼女は立ち上がり、グッと顔を天に向けた。
「……。アウラはさ、なんでエースが死んだが知ってるか?」
「いえ、そこまでは……」
僕はエースさんが死んでしまったことは知っていたけど、その理由までは聞いていなかった。
死んだ人に対する思いは、関係を持った人にしか分からない。
それを無神経に聞けるほど、僕の肝は座っていなかった。
彼女は自嘲するように言う。
「エースはさ、私のために死んだんだ。私を拾わなければ、きっと生きてたんだ」
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