第2-2話 フレア・ブレイズ

 翌朝。

 畑が蘇ったことは、夢なのではないかと不安になった僕は、日の出よりも早く目が覚め、駆け出すようにして畑に向かった。


「良かった……。夢じゃなかったんだ……」

 

 青々とした緑の葉を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 本当に元に戻ったんだ。これで――叔父さんの迷惑にならない。

 収穫間近の野菜たちを手に取り、掌の感覚でも嬉しさを味わう。


「そうだ。折角なら、ちょっと収穫をしてフルムさんにも食べて貰おう!」


 1個か2個、朝食用に収穫しようと思っただけなんだけど、嬉しさから普通に収穫作業を始めてしまった。

 せっせと仕事に励んでいると、いつのまにが太陽が昇っていた。

 僕の背に置かれたカゴには、こんもりと野菜が積まれていた。


 ふぅと、息を吐いて休息をする。眩しい朝日が、冷えた僕の手足を温めた。


「ああん? なんだよ、なんで元に戻ってんだよ!!」


 寒さの和らぎと共に、そんな声が聞こえてきた。

 温まった身体が一気に冷える。

 この声は――、


「……フレア!!」


 畑を滅茶苦茶にした張本人フレアだった。

 後ろには今日も大勢のギャラリーを連れていた。彼らはひそひそ顔を見合わせ、「あれ? 畑を壊した証拠見せてくれるんじゃないの?」と、困惑の声を漏らしていた。


 なるほど。

 こないだの仲間とは別に、新たな自慢する相手を連れてきたわけだ。


「てめぇ! 一体、なにしやがった!? あれだけやったのに、なんで全部が元通りなんだよ! どんな【魔法】を使いやがった!?」


 ずかずかと畑に足を踏み入れ、一直線に僕の元へ迫る。地面に植えられた野菜には目をくれないフレアは、何個か葉を踏みつぶした。


「その……折角、元に戻ったから踏んだりしないで欲しい。僕はどれだけ殴られても構わないから」


「お前が俺に命令すんなよ!!」


 フレアは僕の言葉に怒りを露にして、【水】の【魔法】を詠唱する。


「行け! 【ウォーターウェーブ!!】」


 フレアの頭上に、畑を覆うほどの巨大な波が生み出された。また、畑を滅茶苦茶にさせるつもりだ。


「……っ!!」


 僕は咄嗟に意識を集中する。

 これまでのような【弾丸バレット】じゃ波は防げない。僕はこれまで憧れで調べていた【魔法】の知識を使い、詠唱をする。


「【シールド】!!!」


 言葉と共に僕の目の前に大きく開く盾が現れた。畑を守る様に広がる盾は、荒ぶる波を受け流し、畑の脇に水を流していく。


 フレアの【魔法】を正面から耐え凌いだ僕に、周囲の騒めきが大きくなる。


「正面から受けきった? まさか、あいつの【魔力】は王族並みだっていうのかよ!!」


「そんなことより、あれ、何の【属性】だよ!?」


 まあ、驚くよね……。世界には4つの属性しかないのに、僕が使うのは【魔力】。いつもは、どんなことでも驚かずに、堂々としているフレアも、この時ばかりは、魚のように口を動かして僕に言う。


「お前、なんだよ……、今の……。俺の【魔法】を受け止めただけでなく、【属性】もない? なんだよ、それ!?」


 自身の【魔法】が防がれたことに驚きを隠せないフレア。


「えっと、僕も良く分からなくて」


 僕の答えが気に入らなかったのか、群がるギャラリーに声を出す。


「ふざけんな! おい! お前ら!」


 フレアの呼びかけに2人の少年が前に出てきた。

 1人は身体の太い少年。もう1人は小柄で眼鏡を掛けた少年。この2人は、いつもフレアと一緒にいる取り巻き達だった。


「お前ら、いくぞ!!」


 3人は一斉に【魔法】を発動する。

 フレアの【水】。

 太い身体の少年は属性【土】。小柄な少年の属性は【風】。

 3方から放たれる【バレット】。


 どうやって防げばいいのだろうか? さっきみたいな【シールド】では1つしか防げない。

 全方位の防御が可能な型はあっただろうか?

 僕は考えるが焦りからか、思い出すことが出来なかった。アカデミーに通っていれば【魔法】を使った模擬戦とかで経験を積めただろうに……。


 悩んだ末、僕は正面に立つフレアの【魔法】のみを防ぐ決断をした。残り2つは身体で受けるしかない!

 歯を食いしばり覚悟を決めた僕の直前で――3つの【魔法】が全て消えた。


「あらあら。複数で1人を虐めるなんて――感心しないわね」


「フルムさん!!」


 現れたのはフルムさん。

 彼女は飛来する【弾】に、それぞれ優位となる【魔法】をぶつけ相殺したのだ。


 火は風に強い。

 風は土に強い。

 土は水に強い。


 本来であれば、違う属性を同時に使うと威力が下がるのが常識。よほど、【魔法】の鍛錬に励んだ人間でしか、組み合わせることができない。


 だが、全て優位な属性を持っていれば違う。フルムさんは、あの状況で瞬時に相手の属性を見抜き、動く【魔法】に寸分たがわず【魔法】をぶつけて見せたのだ。


 その才能にこの場にいる誰もが感嘆し、見惚れてしまう。


「あら? ひょっとして、皆、私の美貌に見惚れているのかしら? なら、存分に見るといいわ!!」


 バン!!

 彼女は胸を張ってギャラリーの前を歩く。

 ……。

 果たして、これは何の時間なんだろう?


 不思議な時間を破壊したのはフレアだった。


「フ、フルム!? なんで、お前がここにいる!?」


「なんでって……。どうやら、私、昨日、この子の家に泊まったみたいなのよね」


 赤らめた頬を両手で押さえて腰を振るう。

 なぜ、ぶりっ子する?


「な……。男女が共に一夜を……? なにも、なにもなかったのか?」


「それが、私、よく覚えていなくて。でも、気が付いたら下着だったわね」


「は!?」


 今度は僕が驚く番だった。僕が起きた時、フルムさんは毛布にくるまっていた。その内側が下着だったのかどうか――事実を知るのはフルムさんだけ。


 でも、だからって、ここで言わなくてもいいじゃないか!!

 だって、フルムさんとフレアは許嫁で――!


「……そうかよ。だったら、このことは父上に報告させてもらう。そうなったら、お前も貴族から転落だ! 楽しみにしとけよ!?」


 フレアは大声を上げながら、逃げるようにして走り去っていった。

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