第4−5話 限定魔法、再現します

 ウィンさんと協力を結んだ僕は、穴から移動するとすぐにフルムさんに話をした。

 治療を一段落させたのか。

 洞窟の壁に寄り掛かるフルムさん。表情はかなり疲れているようだけど、僕の言葉に対して力強く首を振り否定の意を示す。

 当然だ。

 フルムさんからすれば、どんな理由があれ妹を連れ去った相手。

 そう簡単に手を組もうと言う気にはなれないようだ。


「協力する前に前提条件があるわ。本当に私の可愛い妹、クレスが無事なのか。それが確認できたら、今回だけは特別に力を貸してあげてもいいわ」


 フルムさんが出した条件。

 それは妹の無事を確認することだった。本当にウィンさん達が【獣人】を投獄しているのかも知りたいのだろう。


「ふむ。もちろんだ。私の思考に一点の曇りがないことを、是非とも君たちには知ってもらうべきだ」


 ウィンさんはフルムさんの条件を迷わず受け入れた。

 もう少し揉めるかと思ったが以外にすんなりと話が進み、安心する。

 だが、唯一不満を口にする人間がいた。


「え、ちょっと! 俺、ずっと働いてばっかりなんだけど!? ちょっとくらい休ませてくれてもいいじゃん! ねえ、ウィンちゃん。お願いだよ!!」


 それは【扉】を作って自在に移動が出来るアドさんだった。

 どうやら、【扉】を作るのも体力、魔力を消耗するらしい。


「俺はちょっと、休むからね!!」


 ドカッ。

 洞窟の冷たい岩肌に背を付け瞼を閉じる。俺はもう働かないと強い意志を示していた。

 ……。


 ムギュ。


 その顔をフルムさんが踏みつけた。

 途端に恍惚の表情を浮かべるアドさん。この人、こうなること分かってて、わざと不満を口にしたでしょ?


「あ~。もう、こうなったら、俺、頑張っちゃおうかな?」


 途端にやる気を出したアドさんは、洞窟の中に【扉】を作る。

 この先に――【獣人】達が捕えられているのか。

 僕はゆっくりと扉に足を踏み入れる。


「何回通っても、不思議な空間だ」


 全体が靄かかった空間。

 前には光が見える。

 あれが――出口だ。

 光に足を踏み出す。

 すると、周囲が一気に暗くなる。


「ここが――【獣人】達が捕えられている場所」


 煉瓦で作られた壁。

 鉄格子が部屋を区切る様に並べられていた。その中には――。


「【獣人】!?」


 何重にも鎖を巻き付けられ、首輪で行動を制限されていた。

 口には詠唱させないためだろうか。

 マウスボールを咥えさせられていた。


「本当はここまでしたくないんだが、あいつらの力は凄まじいからな」


 先頭を歩くウィンさんが、僕たちを見ることなく言った。

 彼女もこんな人を人とも思わぬ拘束をしたくはないのだろう。何個目かの部屋を進み、より奥に進んでいく。


「奥に行くほど、危険なんだよ~」


 アドさんが場にそぐわぬ明るさで笑った。

 いや、重苦しい空間。

 むしろ、これくらい明るくしてもらった方がいいか。あのフルムさんですら表情が固くなっているのだから。


「付いたぞ」


 ウィンさんが足を止めた。

 鉄格子の中。

 コウモリの姿をしたクレスさんが――いた。

 他の獣人たちと同じく、鎖で巻かれ、口も塞がれている。だが、それでも、僕たちの――フルムさんの姿を視認すると、ガンガンと身体を揺らす。


「ウウウゥ~!! ウウウウウウゥ!!」


 言葉にならぬ呻き声。

 それでも明確に伝わってくる。

 ――殺意だ。

 純粋で凶悪な殺意をただ一人、フルムさんに向けていた。





「……今回ばかりは、あなた達に協力しても良いわよ」


 洞穴に戻ってくるなり、フルムさんはそう言った。

 誰に聞かれるでもなく、自分の意思で。


「フルムさん……」


「なによ、その目は。私を哀れみたいのね。ええ、笑うがいいわよ。妹をあんな姿にさせた、愚かな姉をね!!」


 フルムさんは言いながら、洞穴から出て行ってしまった。その背を追おうと僕は駆け出すが、肩を掴まれた。

 振り返るとアドさんが僕を止めていた。


「駄目駄目~。こういう時は1人にさせて上げないと。空気は読んでこその男だよ?」


「……はい」


 僕はフルムさんが消えていった方向を見る。

 確かに今、僕が行ったとして何ができるのだろうか?

 動きを止めた僕にウィンさんが頷く。


「では、これからどうするのか。君に伝えておこう。まずは村人たちの治療と新たな監獄を作る必要がある」


 洞窟にいる村人たち。

 そして、彼らを襲った多量の【獣人】。現状では捕えたとしても、監視する場所がないとウィンさんが言った。


「そのために、二手に分かれようと思う。君たちには村人の治療を。私たちは監獄の増設だ」


「……分かりました」


 ウィンさんの提案通り、僕たちは翌日から二手に分かれて行動を開始した。

 僕とフルムさんは村人の治療を。

 ウィンさんとアドさんが監獄の増設を。

 ウィンさんが増設に必要だと告げた期間は5日間。


「……この時間は大事に使わないと駄目だ」


 そう考えた僕は、翌日、一人洞穴から離れた場所にいた。

 洞窟の外は森に囲まれており、姿を隠すにはちょうどいい。

 ここはアドさん曰く、ネディア王国とデネボラ村の間にある森林。狂暴な獣たちは少なく、観光名所にもなっている場所だとか。

 それにしても、一瞬にして何十キロも離れた地点に移動できる【扉】の力は凄い便利だな……。


 僕も【放出】でなくそっちが良かったな……。


「なんて、元々、フルムさんの力なんだけど」


 放出はもとよりフルムさんのための力で、フルムさんならば、この力を使いこなせた。

 でも、僕は……。 


「いや、だからこそ、頑張らないと」


 僕が一人で外にいる理由。

 それは【放出】の力を鍛えるためだった。

 ウィンさんには、治療を任されたけど、生まれてから農作業にしか携わったことがない僕だ。包帯も巻けない。

 そのことをフルムさんも知っているからか、「無理せずに回復に努めなさい」と言ってくれた。


「でも、僕だけそういう訳には行かない。思いついたらとにかく挑戦だ」


 僕が放出で挑戦したいこと。

 それは【属性限定魔法】を再現できるのではないかということだった。


シールド

バレット

チェーン


 実際に存在する【魔法】は【放出】でも使えている。ならば、【属性限定魔法】も可能なのではないか。

 それが僕が思いついたことだった。

 僕は【風属性限定魔法――飛行】を試してみる。幸い、フルムさんから【魔法】を受けた経験があるので、感覚は分かる。


「空を飛んでいた時は、こう……風に包まれた感じがあったような」


 感覚を思い出しながら、慎重に【放出】していく。

 手の平から【魔力】が湧きだし、球体を作るように蠢く。ゆっくりと、身体を包もうと動かすが、頭を包んだあたりで僕の【魔力】が途切れてしまった。


「はぁ……。はぁ……。こんなに難しいなんて……」


 これまでにもイメージで魔力の形を変えていた。

 だが、今回は違う。

 身体を包むほどの膨大な魔力を放出し続け、身体を覆う様に変形させねばならない。

 言うなれば――全力疾走をしながら文字を書けと言われているモノだ。

 そんな状態で上手く書ける訳がない。


「どうすればいいんだろう? 詠唱……してみるか?」


 詠唱はイメージを省略する手段。

 それが出来れば、かなり楽になるのではないかと試してみるが、やはり、【属性限定魔法】というだけあり、【魔力】では反応しなかった。


 どうやら、これまで、僕が詠唱していたのは、自分が知っている【魔法】を詠唱することで無意識に形を作り上げていたようだ。

 見本があるものは作れても、見本がないものは作れない……。

 そういうことか……。


「それはある意味、収穫ではあるんだけど……」


 放出も万能ではない。

 改めて知れたことは収穫だ。できないことを知れば、いざというときの選択肢を消せる。

 選択を間違えずに済む。


「でも……全然、進歩ないな」


 一日、ひたすら修練に励んだ僕だったが空を飛ぶどころか、浮くことすらなかった。成果も出ぬまま、【魔力】だけを失った僕は、洞穴に入り、自身の寝床に倒れ込んだ。


「どう? 私の言いつけを無視したあなたは、一体、何を得たのかしらね」


 倒れ込んだ僕の枕もとにやってきたフルムさん。

 僕はフルムさんの顔を見ることが出来ずに、うつ伏せになったまま答えた。


「……残念ながら、なにも」


「それだけ疲労するって、一体、何を試しているのかしら?」


「……」


 本当は自分だけの力で、成果を上げたかった。

 けど、このままでは戦いに間に合わない。プライドも大事だけど、今は優先すべきではない。

 僕は【属性限定魔法】を再現しようとしているとフルムさんに告げた。


「……あなたにしては良く思い付いたじゃない」


「へ?」


 てっきり、無謀だとか、僕じゃ上手く出来るわけないとか、フルムさんに責められると思っていたのだけど、むしろ、褒められた。


「いや~。私が馬車でヒントを言っていたお陰ね。よく、辿り着いたわね」


「……」



 馬車でヒント……?

 そんなこと言われていたか? 

 僕はデネボラ村を出てからの会話を思い出すけど、そんな素振りは全くなかった。

 時間が立ったことと、【獣人】の襲撃のインパクトを利用して、過去を変えようとしていた。

 そう簡単に過去が変わらないから、こうして【獣人】と戦っているんでしょうって。


「……」


「なによ、その目は。分かった、分かったわよ。特別に「また」ヒントをあげるわよ」


「またって一度も貰って――」


 僕の主張を無視して、フルムさんがアドバイスを告げる。


「あなたのことだから、掌からのみ【魔力】を出せると思ってるんじゃないかしら?   私だったらどこから【魔力】を放出できるのか。それを真っ先に調べるわね」


「――っ!?」


 それは――考えもしなかった。

 そう言えば、僕は手の平でしか、放出をしたことがない。フルムさんの言う通り、身体のどこからでも放出できるのであれば――。

 僕は立ち上がり、試しに足の裏に力を込めて【放出】する。

 一瞬、ふわりと身体が浮く感覚が。

 だが、放出は手の平より難しく、直ぐに【魔力】が途切れ、地面に着いてしまった。

 でも、確かに僕は浮いた。

 ――これは大きな一歩だ。


「フルムさん! 浮きました!! 浮きましたよ!?」


「……全然、浮いているようには見えなかったけど?」


「そんな、浮いてますって! もう一回、やるので見ててください!」


 僕は再び足の裏から【放出】をする。

 先ほどよりも【魔力】を込めたからか、高くなった気がする。


「はぁ、はぁ……。どうですか!?」


 数センチ浮くだけでこの疲労。

 でも、これならフルムさんにも見えただろう。僕はフルムさんに期待の眼差しを向ける。

 フルムさんがにっこりと笑みを浮かべた。


「だから、全然浮いてないわよ!!」

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