第5−3話 飯屋と子供

「付いた、付いたぞ! アウラ、レイナ!!」


 波の音と潮の香りが風に運ばれ吹き抜けていく。

 ここは港街――テグミン。

 港では今日の成果を競い合うかのように、捕えた魚たちが並び、活気ある競りの声が響いていた。


 目的の街に付いた僕たちは、街の入口付近で馬車を降りた。固まった身体を伸ばし、僕はレイナさんに感謝を述べる。


「レイナさん、ありがとうございます」


 僕の声に応じることなくレイナさんがため息を付いた。

 デネボラ村を出てから、三日間。この三日間でだいぶ疲労が溜まっているようだ。

 ……おかしいな。

 彼女が僕達三人の中では一番、遠征に慣れているはず。それなのに、何故、こんなに疲れているのだろうか?

 僕は心配になる。どこか体調が悪かったのだろうか?


「大丈夫ですか?」


「ええ。ただ、フルム様の有難さが身に染みて分かりました」


「えっと、フルムさんの有難さ?」


「はい。あの方は1人で何でも出来ますから。あんな野宿……初めてです」


 レイナさんは言う。

 フルムさんと旅をすると、彼女が決まって何でもしてくれるのだと。

 野宿するときは、【土】の属性で簡易的な壁を作り、【火】が必要ならば【魔法】で生み出す。雨風を凌げ、温かい空間で夜を明かせる。

 だが、僕たちの場合はそうはいかなかった。

 僕は属性を持たないないし、レイナさんは【風】。

 唯一、ユエさんの【土】が宿つくりに役に立ちそうなのだけど、フルムさんが使っていた【魔法】を知らない。詠唱しなければ使えない。

【魔法】には知識も必要だけど――。

 僕はユエさんを見る。

 彼女は僕と同じでアカデミー通ってないから、知識がなくても仕方がない。


「ふん? アウラ、お前今、滅茶苦茶失礼なことを考えてるだろ?」


「そんなことないよ?」


「嘘つけ! 宿屋の娘の癖に料理も出来なきゃ、役に立つ【魔法】の一つも使えない、馬鹿だと思っただろ!!」


 うん、本当にそこまでは思ってないよ、ユエさん。

 しかし、誰がなんと言おうと罪の意識を感じているのは本人。ユエさんはこうして自分を責めているのだろう。

 言い合う僕たちを見かねたレイナさんが言う。


「と、取り敢えず、旅に必要そうなものをこの街で買ってきます。日が沈んだらこの場所に集合しましょう」


「わ、分かりました」


 レイナさん馬車を連れて、フラフラとした足取りで街に消えていった。フルムさん、本当に誰にでも優しいんだな。


「さてと……」


 旅の準備はレイナさんに任せるとして、僕とユエさんがやるべきことは、水の王国――アクラブへ行く方法を見つけることだ

 まあ、漁師さんに頼めば船を出してくれるとは思うけど……。


「じゃあ、ユエさん、早速、漁師さんの所へ行こうか?」


「いや、駄目だ。その前にやることがある」


 ユエさんは僕の提案を否定した。

 やること?

 他に何かあっただろうか?


「メシだー!! ようやく美味いメシが食えるぞー!!」


 ユエさんは僕の手を握ると、迷うことなく街の中へ飛び込んだ。迷いのない足取りから、僕はユエさんに、目当ての食事屋があるのかと思っていたが違った。

 鼻を頼りに良い匂いのする場所を探しているようだ。

 ヒクヒクと鼻を動かし匂いを追う。

 いや、……【獣人】みたいなことしないでよ。


 クネクネと角を曲がっては走りを繰り返すユエさん。どうやらユエさんの鼻に見合う食事屋は中々見つからないようだ。

 日頃からユエさんが当たり前のように食べているのはマルコさんの手料理。マルコさんの手料理は、そこらの食事処とは比べ物にならないと、いつも叔父さんが言っていた。

 そのレベルの料理を出す店がそうあるとは思えない。

 走り回っていると気付けば街を抜け、海へと出てきた。

 海の音と香りがより強くなる。

 思えば、僕、海を見るの何年振りだろう。子供のころ、砂浜に絵を描いて遊んでいたっけ。ふと、なつかしさに襲われる僕の視線に、ある光景が飛び込んできた。


「……あ、ちょっと、待って」


 僕はユエさんの肩を叩いて足を止める。僕が気になった光景。それは砂浜に集まった少年達だった。子供たちが砂浜で遊ぶ。港街であれば日常の光景だろう。

 だが、それは日常ではないと僕には直ぐに分かった。似たような光景を当事者となって見てきたのだから。少年たちは1人と対立するように並ぶ。見るからに構図は一対多数。それどころか、彼らは砂浜に流れ着いた流木を拾うと、一斉に1人の少年に振るい始めた。

 マズイ。

 直ぐに止めないと。

 僕は砂浜に駆けだそうとするが、ユエさんが手を掴んで止めた。


「なんで――」


 戸惑う僕にユエさんは言う。


「ここのメシ屋は、良い匂いがしないってば。絶対マズいから辞めとこうぜ?」


 その言葉に僕はようやく気付いた。

 砂浜の反対側。街の側面に一件の食事屋があるということを。どうやら、ユエさんは僕がこのお店を進めていると勘違いしたようだ。

 ……言われるまで、気付かなかったよ。

 ていうか、匂いなんて全然してないんだけど。


「じゃなくて、あそこ」


 僕が少年たちを指差す。

 空腹で食事にしか目が向いていなかったユエさんも、少年たちを見て、何が起こっているのか理解したようだ。

 流れていた涎を拭き、「ズッ」と前に出た。


「しゃーねーな」


 目指す場所を食事屋から少年達に移すユエさん。

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