第5−2話 従者の思い

「【エアー付与エンチャント】!!」


 槍の先端に風が吹きすさぶ。肉眼で出来る小さな竜巻。

 風を纏った槍を迷うことなく僕に突き出した。


「なっ!」


 彼女の動きは、【獣人】より遅い。

 だが、無駄がなく、洗練された動作に僕は反応が遅れた。

 まるで、僕の呼吸に合わせて動いたかのようだ。

 いつの間にか懐へ入り込まれた。

 この距離では【盾】も間に合わない。

 なら、一瞬だけ、全身から魔力を放出して攻撃を防ぐんだ。

 僕が【魔力】を放出し全身を防御した瞬間、


「おい! 何やってんだよ。仲間割れしてんなら、私の見えないところでやってくれよな」


 ユエさんの【魔法】が僕と金髪の少女を吹き飛ばした。

 馬車の影から姿を見せたユエさんが呟く。


「たくよ。二人そろって勝手に付いてきて、勝手に暴れるなんて……」


 金髪の少女は、【魔法】で吹き飛ばされた後、すぐ受け身を取ったのか、寝そべった僕とは違い、既に立ち上がり槍の先端をユエさんに向けた。


「……だったら、放っておけばいいだけです。違いますか?」


「いや、違わないけどさ、そういう訳にもいかないじゃんか。少なくともアウラは知らない仲じゃないんだから」


「なるほど。つまり、この男を連れて帰りたければ、あなたを倒してからにしろ。という訳ですね?」


「いや、そういうつもりじゃないだけど!?」


 どうやったら、そんな勘違いをするのか。

 戦うべき相手を僕からユエさんに変えた。


「問答無用で行きます」


「だから、ちょっと待っててば!!」


 ユエさんが叫んだ。

 僕は咄嗟に【魔力】を鞭状に変化させて金髪少女の身体を掴んだ。僕から伸びる【魔力】を槍で突き刺すが、強度は僕の【ウィップ】の方が強いからか槍が弾かれた。

 よ、良かった……。強度を保つために、かなり、【魔力】を消費してるからね……。濃度を補うには消費量を増やす。フルムさんの教えだ。

 僕は少女の前に立った。


「その、僕はフルムさんを助けたいだけなんだ。君だって、フルムさんを慕ってるんだよね?」


 今だってフルムさんからの命令を実行しようとしただけ。

 その必死さから、フルムさんを大事に思っていることが伝わってくる。僕の言葉に迷うことなく頷いた。


「当たり前です」


「だったら、なおさら、僕を行かせて欲しいんだけど……?」


「ですから、それが出来ないと言っているんです。私は……私はフルム様に命じられているのですから」


 少女は、心の奥底にある何かを嚙み潰すかのように唇を噛んだ。

 やっぱり、彼女も本当はフルムさんが心配なんだ。


「このままフルムさんが【獣人】と戦い続けるのを、黙ってみてるだけでいいの? デネボラ村を見たでしょ?」


「……」


 一夜にして村が滅んだ悲惨な光景。

 容赦なく傷付けられた村人たち。

 そして、【獣】の力を持つ人間離れした超人。

【獣人】との戦いの前線に、フルムさんは僕たちを置いて1人で向かったのだ。置いてかれたからと、黙って見てるなんて僕には出来なかった。

 それは、従者である彼女も同じだった。


「当たり前です! 私はどこへでも従うつもりだった。なのに、フルム様は、私を置いて行ってしまった!!」


 例え向かう先が危険地帯だろうと、【獣人】との戦いだろうと、共に進むつもりだった。

 でも、フルムさんが命じたことは違った。

 僕を連れて国へ戻れというモノだった。

 自分の意思で決めた僕と違い、彼女は命令と自分の思いで揺れていたのか。

 誰に言うでもなく苦しんだのだろう。

 彼女は武器を落として泣き崩れた。


「フルム様はあなたを畑へと連れ戻せといった。でも、本当は私を気遣って、一緒に帰れと暗に命じていたんです。彼女は優しすぎます」


「……知ってるよ」


 彼女の優しさを僕は痛いほど知っていた。

 そして、そのために自分を犠牲にすることも。


「だから、一緒にフルムさんを助けようよ」



 蹲った少女に僕は手を差し伸べた。


「……命令を破っても、フルム様は怒らないでしょうか?」


「それは大丈夫。彼女は何をしても怒るさ」


 守っても守らなくても、フルムさんはきっと、照れ隠しに毒の一つや二つを吐くだろうな。でも、それだけだ。

 従者である少女も容易に想像が付いたのか、涙を拭って僕の手を取った。


「それは――確かにそうですね」


 こんな素敵な従者を置いていくなんて、フルムさんはなんて罪な人なんだ。

 今度会ったら、文句を絶対に言ってやる。

 落ち着いた僕たちの姿に、ユエさんが大きなため息を吐く。


「おい! 結局、話は解決したのかよ! 私、いらなかったじゃんか!!」


 早く行くぞと、手を振り上げて歩き始めるユエさんに、従者は深々と頭を下げて言う。


「私はレイナと申します。不甲斐ないとは思いますが、よろしくお願いします」


「結局、ついてくるの!?」


 平原にユエさんの声が響いた。

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